第1章:「不良品の嫁はいらない」義母の罵倒と、沈黙する卑怯な夫
義実家のダイニングテーブルには、豪勢な食事が並んでいた。
しかし、私、美咲の胃は鉛を飲んだかのように重く、箸を進めることは到底できなかった。
「……で? 結婚してもう2年にもなるっていうのに、まだ妊娠しないの?」
冷ややかな声が、静かなダイニングに響き渡る。
声の主は、目の前に座る義母の和子だ。彼女の吊り上がった目は、私をまるで路傍の石か何かのように見下している。
「申し訳ありません……」
私が小さく頭を下げると、義母はこれ見よがしに深いため息をついた。
「謝って済む問題じゃないのよ。ウチの健太はね、優秀なの。一流企業に勤めて、顔立ちだって整ってる。その優秀な遺伝子を残すのが、嫁として迎えられたあなたの唯一の義務でしょう? それが果たせないなんて、孫を産めない嫁は不良品と同じよ」
『不良品』。
その言葉が胸に深く突き刺さる。テーブルの下で、私は自分の膝をギュッと握りしめた。爪が手のひらに食い込み、微かな痛みを感じるが、心臓が握り潰されるような痛みに比べれば些細なものだった。
私はすがるような思いで、隣に座る夫の健太を見つめた。
(健太、お願い。何か言って……)
しかし、私の視線に気づいた健太は、私を庇うどころか、呆れたように肩をすくめた。
「母さん、まあ落ち着いてよ。俺からも毎日きつく言ってやってるんだけどさ、こればっかりはどうしようもないっていうか……。ほんと、困ったもんだよな」
健太はあろうことか、義母の横暴な態度に同調し、一緒になってため息をついてみせたのだ。
信じられなかった。
なぜなら、私たちが子供を授かれない本当の理由は、私にあるのではないからだ。
半年ほど前、私たちは夫婦揃って不妊治療のクリニックで検査を受けた。そこで下された診断は、私にとってはもちろん、健太にとっても残酷なものだった。
『無精子症』。
それが、健太の検査結果だったのだ。
あの日の夜、健太は自宅のフローリングに泣き崩れた。プライドが高く、見栄っ張りな彼にとって、自分が「子供を作れない身体」であることは、死ぬほど受け入れがたい現実だったのだろう。
『頼む、美咲! このことが母さんにバレたら俺は終わりだ! 俺に原因があるなんて、絶対に言わないでくれ!』
なりふり構わず土下座して泣きつく夫を見て、私は胸が締め付けられた。彼を愛していたし、傷ついた彼のプライドを守ってあげたいと思ったのだ。
だから私は、義母からの心無い非難の矢面に立ち、「私に原因がある」という嘘を被り続けている。
それなのに。
「母さん、あまり美咲を責めないでやってよ。こいつだって『自分に欠陥がある』って痛感してるんだからさ」
健太の口から飛び出したその言葉に、私は自分の耳を疑った。
(自分に欠陥がある……?)
怒りよりも先に、呆然として言葉を失った。私を守るどころか、自分が「正常」であるかのように振る舞い、あまつさえ私を「欠陥品」呼ばわりするなんて。
沈黙する私を見て、健太は同情を装いながらも、その奥で勝ち誇ったような薄ら笑いを浮かべていた。自己保身のために、私を完全に生贄にしているのだ。
その卑怯な姿に、私の中で張り詰めていた何かが、音を立てて崩れ去っていくのを感じた。
「ほら、美咲。母さんにちゃんと謝りなよ」
健太が急かすように言い放った、その時だった。
テーブルの上に伏せて置かれていた健太のスマートフォンが、ブルッと震えて画面を光らせた。
ロック画面には、メッセージのポップアップ通知がはっきりと表示されている。
『麗奈:昨日は最高だったわ♡ 明日も早く会いたいな』
一瞬の出来事だったが、私の目はその文字をはっきりと捉えていた。




