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【Bar風花】 第二章 高瀬さんの1日 ~蒼い静寂と、銀の指先~

前書き


風花町の朝は、柔らかな光と共に始まる。

高瀬美由紀は、銀の指先を持つプロのエステティシャン。

朝は娘・真理亜ちゃんの髪を整え、午前中はサロンで客の肌と静かに対話する。

午後はベスパを走らせ、夕食は家族の団欒。

そして夜——。

Bar風花のカウンターで、美和さんが差し出す『パーフェクト・レディ』を一口。

「天ちゃん。その眉間のシワ、明日の朝にはしっかり取っておきなさいよ」蒼い静寂と銀の指先が織りなす、

何も起こらない、けれど確かに満ちる一日。

どうぞ、ゆっくりと高瀬さんの日常に浸かってください。


 風花町の朝は、静かに、けれど確かな光で始まる。


 午前七時半。

 高瀬美由紀は、二階の居住スペースに差し込む柔らかな朝の光の中で目を覚ました。

 一階のサロンは無機質で研ぎ澄まされた空間だが、ここは生活の温もりが漂う、彼女のもう一つの聖域だった。

 照代おばあちゃんが淹れてくれた紅茶の香りが、部屋に優しく広がっていく。


 「真理亜、ハンカチ持った? 忘れ物はない?」


 娘の髪を丁寧に整える指先は、すでにプロの繊細さを宿している。

 真理亜ちゃんを送り出し、照代さんと短い会話を交わすこの時間が、美由紀にとって一日の最初の安らぎだった。

 朝の光の中で、彼女はゆっくりと着替える。

 シンプルで上質な白いブラウスと動きやすいパンツ。鏡の前に立つと、そこに映るのは「高瀬美由紀」というプロの顔。

 けれど、娘の笑顔を見送る瞬間にだけ、柔らかな母の表情がこぼれた。



 

AM 10:00、『銀の指先』への変身。


 サロンの階段を下りると、そこは彼女の戦場であり聖域だった。

 午前中は、厳選された顧客だけを迎える「美の調律」の時間。

 美由紀は白い施術着に袖を通し、指先にオイルを馴染ませながら、今日も静かに集中する。

 客の肌と対話する。

 緊張を読み取り、老廃物を流し、血流を整える。

 彼女の指先は、まるで銀の刃のように正確で、優しかった。

 一人の客が息を吐き、肩の力が抜ける音が小さく響く。   

 それだけで、美由紀の胸に静かな充足が広がった。



 

PM 16:00、ヴァーティゴ・ブルーとベスパの使い分け。


 午後のひととき、美由紀はベスパに跨って商店街へと向かった。

 ヘルメットから覗くクールな視線。

 石畳を軽快に走るベスパの姿は、風花町の住人にとって午後の風物詩になっていた。

 山崎豆腐店で照代さんに頼まれた豆腐を受け取り、響子ちゃんに声をかける。

 「美由紀さーん、ちゃんとお昼食べたー?」

 響子ちゃんの明るい声に、彼女は少しだけ表情を和らげて手を振った。

 プロの顔の裏にある、風花町の住人としての素顔が、そこにあった。



 

PM 19:30、団欒、そして影の気配。


 真理亜ちゃんと照代さんと囲む夕食の時間。

 今日あった出来事を話す真理亜ちゃんの声を聞きながら、美由紀さんはふと、あの「影の執事」のことを思い浮かべた。

 「……カラスさん、今日はお仕事忙しいのかな」

 真理亜ちゃんの無邪気な問いに、彼女は穏やかに微笑んだ。

 「そうね、きっと美和様をしっかり守っていらっしゃるわ」

 家族の温かな会話の中で、彼女は一日の疲れを静かに溶かしていく。

 箸が止まる瞬間、窓の外に広がる風花町の灯りが、ほんのり胸を温めた。



 

PM 22:00、『Bar 風花』、完璧な淑女の休息。


 家族を眠りにつかせた後、美由紀は静かに家を出た。

 Bar風花へは徒歩で向かう——それが彼女の流儀だった。

 夜の風花町の路地を、ゆっくりと歩く。

 ヴァーティゴ・ブルーのプジョー208はガレージで静かに待っているが、今夜は銀の指先を休めるために、足音だけを響かせて聖域を目指す。

 石畳に響く自分の靴音が、妙に心地よい。

 路地の奥から漏れる橙色の街灯が、彼女の白いブラウスを淡く染める。

 重厚な扉を開けると、そこは彼女にとっての最後の安らぎの場所だった。



 

第6席に座る。

 美和さんが差し出す『パーフェクト・レディ』を一口。

 「……天ちゃん。その眉間のシワ、明日の朝にはしっかり取っておきなさいよ」

 少しだけ意地悪に、けれど確かな信頼を込めて微笑む彼女。

 その瞳には、一日の戦いを終えたプロの矜持と、安らぎが静かに共存していた。


 カウンターの向こうで、美和さんが静かに微笑む。

 天ちゃんが第7席でノートを広げ、時折こちらに視線を向ける。

 響子ちゃんの明るい声が、店内に響く。


 美由紀さんは、グラスを傾けながら思う。

 この町に、こんなBarがあって、こんな人たちがいて、本当に良かった。


 閉店後、美由紀は再び徒歩で帰路についた。

 夜風が頰を撫で、銀の指先を優しく冷ます。

 心は、静かで、けれど確かに満ちていた。

 路地の先に見える自宅の灯りが、今日も彼女を優しく迎え入れる。

 ヴァーティゴ・ブルーの車は、明日も静かに待っていればいい。

 今夜は、ただこの足音と、風花町の夜の息吹に身を任せれば、それで十分だった。

あとがき


高瀬さんの1日を書くのは、なんだかとても静かで心地よかったです。

朝の家族の時間、銀の指先が奏でる仕事の集中、ベスパの風、夜のBar風花……

彼女の日常は派手じゃないけど、全部が美由紀さんらしくて、書いていて胸が温かくなりました。

風花町にこんな人がいて、こんな時間が流れているんだな、と改めて思いました。

短いけど、大切な一日の記録です。

読んでくださってありがとうございました。またいつか、カウンターの向こうで。


天照(Bar風花)


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