第一部エピローグ 陽だまりの執筆
【Bar風花 -kazahana-】第一部エピローグ 陽だまりの執筆
※Bar風花シリーズ・第一部最終話です。
※これまでの全杯をお読みいただいた皆様へ、心を込めてお届けする完結編です。
※静かな春の陽だまり、手作りの甘味、愛おしい日常、穏やかな再出発が好きな方向け。
※派手な展開はありません。ただ、ようやく手に入れた「普通の幸せ」を、ゆっくり味わってください。
ある春の午後。
風花町の神社脇にある小さな平屋。
暖かな日差しが差し込む和室で、天ちゃんはパソコンに向かい、一文字ずつ丁寧に言葉を紡いでいた。
フリーランスのルポライターとして歩み始めた、新しい人生。
背後から漂う柔らかな気配。
「お茶、どうぞ」と微笑む美和さん。
右のワインレッド、左の琥珀——二つの瞳は、もう神話の記号ではなく、ただ一人の男を愛する女性の温もりだけを映している。
庭には満開の桜。
ガレージには愛車たちが静かに並び、迷いの雨はもう降らない。
神話は終わり、愛おしい「日常」という名の奇跡が、今、静かに動き出した。
Bar風花へようこそ。
第一部の、最後のグラスをお注ぎします。
どうぞ、春の陽だまりの中で、ゆっくりとお付き合いください。
(Bar風花・第一部完)
ある春の午後。
風花町の神社の傍らに佇む、小さな平屋。
暖かな日差しが畳に長い影を落とす和室で、天ちゃんはノートパソコンに向かい、一文字ずつ丁寧に言葉を紡いでいた。
かつて組織の論理に縛られていた彼が選んだ、フリーランスのルポライターという新しい人生。
今はただ、自らの魂が突き動かされるままに、真実と想いを言葉に変える日々を送っている。
ふと、背後から衣擦れの音と共に、柔らかな気配が漂った。
「……少し休んだら?」
振り返ると、そこには慈愛に満ちた笑顔を浮かべた美和さんが立っていた。
お盆の上には、湯気を立てる淹れたてのお茶と、淡いピンク色が春を告げる手作りの桜餅が乗っている。
「根を詰めすぎると、せっかくの春が逃げちゃうわよ」
彼女の瞳――右のワインレッドと、左の琥珀――は、今や遠い神話の記号ではない。
目の前の男を愛し、共に生きることを選んだ一人の女性としての、確かな輝きを宿していた。
「ありがとう、美和さん。……ちょうど今、この物語の最後の一行を書き終えたところなんだ」
天ちゃんが視線を向けた窓の外。
庭では一本の桜が誇らしげに満開の花を咲かせ、その足元ではカクテルの彩りとなるレモンやライムの木が、若々しい葉を陽光に透かしている。
視線を移せば、そこには二人の歩みを見守ってきた相棒たちの姿があった。
ガレージの奥、柔らかな光に包まれて眠るのは、美和さんの魂の片割れとも言えるディーノ246GT。
その官能的な曲線は、静止していてもなお、美しい旋律を奏でているようだ。
その隣では、最強の熱量を秘めたNinja H2カーボンと、年月を経てなお色褪せないGPZ900Rが、かつての激闘を労うように静かに呼吸を整えている。
庭先の駐車場には、小柄ながらも奔放な鼓動を刻むアバルト695トリブート・フェラーリと、天ちゃんの新たな一歩を支える質実剛健なTOYOTA GRヤリスが、寄り添うように並んでいた。
どれもが、かつての孤独な旅路を共にし、そして今、二人の「日常」を彩る大切なピース。
もう二人の頭上に、迷いの雨は降らない。
壮大な神話は幕を閉じ、愛おしい日常という名の奇跡が、今、静かに動き出したのだ。
美和さんはお盆を置くと、ふと画面を覗き込むようにして首を傾げた。
「そういえば天ちゃん、ずっと根を詰めて……どんなお話を書いていたの?」
天ちゃんは少し照れくさそうに、しかし誇らしげに微笑んで答えた。
「うん。主人公が偶然訪ねたBarで色々な体験をして、最後はその店のバーテンダーの女神様と結ばれる……そんなお話だよ……」
美和さんは、悪戯っぽく、けれどどこか嬉しそうに笑いながら問いかける。
「ふふ、素敵じゃない。そのお話のタイトル、もう決まっているの?」
「うん……この物語のタイトルは……」
天ちゃんが立ち上がり、美和さんのために椅子を引く。
主が離れ、つけっぱなしになったパソコンの画面上。
カーソルの横で静かに、けれど力強く刻まれていたのは、一つの題名だった。
『Bar風花-kazahana-』〜夜の桜が、カウンターに咲く〜
(Bar風花・第一部 完)
あとがき
第一部エピローグ 陽だまりの執筆、いかがでしたでしょうか。
……とうとう、ここまで来ました。
記憶を失くした朝から、再びBar風花で出会った二人。
数千年の輪廻と忘却、神の約束、そして魂の叫びを経て、ようやく手に入れた「人間の時間」。
天ちゃんと美和さんが、ただの夫婦として、ただの恋人として、陽だまりの中で桜餅を頬張る——そんな当たり前で、奇跡のような日常。
執筆中、わたし自身も何度も胸が熱くなって、キーボードを打つ手が止まりました。
これが、ずっと描きたかったBar風花の「本当の終わり」であり、同時に「本当の始まり」だと思っています。
第一部はここで完結させます。
第二部では、櫻庭 天として婿入りした天ちゃんと、櫻庭 美和として生きる美和さんの、ほんわかとした日常をお届けします。
愛車でドライブしたり、カウンターでグラスを傾けたり、桜の季節を一緒に過ごしたり……。
きっと、もっと身近で、もっと甘くて、もっと温かいお話になるはずです。
ここまで読んでくださったすべての皆様、本当にありがとうございます。
あなたがこの物語に寄り添ってくれた時間こそが、Bar風花にとって最高の「陽だまり」でした。
第二部の扉も、もうすぐ開きます。
どうか、これからも温かく見守っていただけたら幸いです。
それでは——おかえりなさい、天ちゃん。
そして、ようこそ、本当の日常へ。
天照(Bar風花)




