23杯目 今夜は特別なシャンパンと、古いメシャムパイプの夜
【Bar風花】今夜は特別なシャンパンと、古いメシャムパイプの夜
※本編とは直接繋がらない、かなり贅沢でゆるい単発エピソードです。
※シャンパン(ルイ・ロデレール クリスタル 2008)・パイプタバコ(G.L.Pease Quiet Nights)・アンティークメシャムパイプ・古い友人との再会が好きな方向け
※戦いも恋愛の進展もありません。ひたすら「いい夜」を味わうだけです。ご注意を。
カウンターに満開の桜のような笑顔を浮かべる美和さん。
古い知り合いの美女・ソーニャが、優雅にシャンパンを傾けている。
今夜のメインは、特別に開けられた2008年ヴィンテージのルイ・ロデレール クリスタル。
透き通る淡いゴールドと、極細の泡が宝石のように輝く一杯。
そして彼の傍らには、1900年代初頭のビクトリア期メシャムパイプと、ダンヒルのローデシアン。
今夜選んだのは、ラタキア主体の深いイングリッシュブレンド「Quiet Nights」。
熟した白桃とブリオッシュのクリスタルが、焚き火のようなスモーキーさとスパイシーなQuiet Nightsと静かに絡み合う。
古い友人たちの懐かしい会話が、煙と泡に溶けていく。
Bar風花のカウンターは、今夜だけ少しだけ華やかで、少しだけ特別。
そんな、贅沢で静かな一夜を、どうぞお楽しみください。
ゆっくり、味わってくださいね。
今夜のBar風花は、いつもより少しだけ華やかだった。
カウンターの中には、トレードマークの真っ白なバーコートをぴしっと着こなした美和さんが、シャンパングラスを片手にニコニコと笑っている。
満開の桜がほのかに灯るような、優しくも儚い美しさ。
その笑顔は、まるで今夜の特別な客を迎えるためにだけ、静かに咲いた花のようだった。
カウンター席には彼ともう一人、白人の美しい女性が優雅にシャンパングラスを口に運んでいる。
彼女の名前はソーニャ。
美和さんの古い知り合いであり、スラヴ系の血を引く、まるで女神のように完璧な容姿の持ち主。
長い金髪をゆるくウェーブさせて肩に流し、深い青緑の瞳は宝石のように澄んでいる。
高級ブランドのブラックのビジネススーツをビシッと着こなし、美しい金髪が照明の光を受けてしっとりと光る。
彼女がグラスを傾けるたび、シャンパンの泡が細かく踊り、店内の空気にほのかな甘い香りを添えていた。
二人はカウンター越しに昔話をしている。
美和さんが「覚えてる? あのときの雪の夜のこと」と笑うと、ソーニャは目を細めて「もちろんよ。あの夜は一生忘れないわ」と返し、二人の笑い声が静かな店内に優しく響く。
楽しそうに話している二人の会話を邪魔するほど野暮ではない彼は、静かに自分の時間を楽しむことにした。
彼等の目の前には、今夜のメインが置かれている。
ルイ・ロデレール クリスタル。
2008年ヴィンテージのボトルが、特別に開けられたものだ。
透き通るような淡いゴールドの色合いが、ペンダントライトの下でキラキラと輝き、グラスの中で立ち続ける極細の泡が、まるで小さな宝石の連なりのように美しく連なっている。
一口含むと、まず熟した白桃と洋梨のような豊かな果実味が広がり、続いてブリオッシュや焼きたてのパンのようなトースト感、そしてミネラル感のあるキレの良い酸味が、喉の奥で静かに響く。
クリスタル特有の「力強さとエレガンスの両立」が、
今夜の彼の心に、ちょうどいい重さと軽さを与えていた。
彼は脇に置いていたパイプポーチから一本のパイプを取り出した。
今夜持参しているのは二本。
一つはダンヒル ローデシアン・ベントの銀巻き。
もう一つは、ビンテージのメシャムパイプだ。
まずメシャムパイプを手に取る。
1900年代初頭のイギリス製。
メシャムの部分は、長い年月を経て美しい琥珀色に色づき、ボウルとステム部分には純銀の銀巻きが施され、その銀細工の上に繊細な彫刻がびっしりと刻まれている。
マウスピースは琥珀を加工したもので、光を当てると透明感のある暖かな橙色に輝く。
まるで美術館の展示品をそのまま持ち出したような一本だ。
彼は銀色の折りたたみ式のパイプスタンドを広げ、メシャムパイプをそっと置く。
その瞬間、カウンターの上で小さな金属音が響き、スタンドの銀とパイプの銀巻きが照明に反射してキラリと光った。
「へ〜、その若さでパイプとは洒落てるわね。しかもメシャムじゃない? ちょっと拝見させて頂いても良いかしら?」
ソーニャさんがパイプを取り出してゴソゴソしている彼の様子を見つめながら、柔らかく話しかけてきた。
シャンパングラスを軽く回しながら、興味深そうに身を乗り出している。
特別断る理由もないので、彼はメシャムパイプを丁寧に手渡した。
ソーニャさんは懐から小さなルーペを取り出し、それを使って真剣な眼差しでパイプの細部を観察し始める。
ボウルの曲線、銀巻きのホールマーク、彫刻の細かさ、マウスピースの琥珀の透明度……一つひとつを時間をかけて確認していく。
「このパイプはイギリス製ね……ホールマークは1893年のバーミンガム製……銀細工も綺麗だわ……そしてマウスピースの琥珀も本物……」
一頻りパイプを弄くり回して気が済んだのか、ゆっくり顔を上げて一息つくと、彼に顔を向けてにっこり微笑む。
「貴方、随分と良い物を普段使いしてるのね?
これ、ビクトリア期の本物のメシャムパイプよ。
100年以上経つメシャムでこのコンディションを保っているのは珍しいのよ。
これは資料館で大切に展示されてもおかしくない位の品ね。」
そう言ってから、悪戯っぽい笑顔を浮かべて付け加えた。
「もしこのパイプを手放す時は私に言って頂戴。
良い値段で引き取らせて頂くわ。
私のお店のコレクションに加えたいから♪」
そして最後に、優しく、でも少し寂しげな声で「大切にしてあげなさいね♪」と言って、軽くウィンクすると、彼の手に優しくパイプを置いた。
「へ〜、綺麗なパイプだとは思っていたけどそんなに凄いパイプだったんですか〜」
カウンター内で話を聞いていた美和さんも、興味津々で会話に加わってきた。
「それにしてもソーニャさん、貴女本当の古物商みたいでしたよ!」
「失礼ね!『みたい』じゃなくて本当に古物商よ!
ちゃんと古物商許可も持っているわ。
古物商はカバーじゃないわよ。
それに古物商やっていれば色々な曰く付きの品も手に入るから都合が良いのよ♪」
ソーニャさんはシャンパンを一口飲んで、楽しそうに笑った。
美和さんはグラスを磨く手を少し止めて、柔らかく微笑みながら言った。
「ソーニャさんには昔から、良いものを見分ける目があるものね。私もあの頃、よく教えてもらったわ」
ソーニャは懐かしそうに目を細めた。
「あの頃は本当に楽しかったわよね……」
二人は一瞬、遠い記憶を共有するように目を合わせ、
静かに笑い合った。
彼はそんな二人の様子を横目で見ながら、メシャムパイプをスタンドに戻し、今度はダンヒル ローデシアン・ベント 銀巻きを手に取った。
今夜はこちらでいこう。缶から取り出したのはG.L. Pease Quiet Nights。
ラタキア主体の深いイングリッシュブレンド。
缶を開けた瞬間、スモーキーな香りとスパイシーなオリエンタルが静かに広がる。
彼はパイプに丁寧に詰め、ライターで火を付け、ゆっくりと煙を吸い込んだ。
ラタキアの焚き火のような重厚な香りと、オリエンタルのスパイシーさが鼻腔を満たす。
バージニアの控えめな甘みが、後から優しく寄り添う。
一方で、美和さんは彼のグラスに新たにシャンパンを注いだ。
ルイ・ロデレール クリスタルだ。
2008年ヴィンテージのボトルが、特別に開けられたもの。
透き通るような淡いゴールドの色合いが、ペンダントライトの下でキラキラと輝き、グラスの中で立ち続ける極細の泡が、まるで小さな宝石の連なりのように美しく連なっている。
一口含むと、熟した白桃と洋梨のような豊かな果実味が広がり、続いてブリオッシュや焼きたてのパンのようなトースト感、そしてミネラル感のあるキレの良い酸味が、喉の奥で静かに響く。
クリスタル特有の「力強さとエレガンスの両立」が、
今夜の彼の心に、ちょうどいい重さと軽さを与えていた。
彼はパイプをくわえ直し、クリスタルを一口。
クリスタルの白桃のような果実味とトースト感が、Quiet Nightsのバージニアの甘みと優しく重なり合う。
ラタキアのスモーキーさが、泡のキレとミネラル感を引き立て、オリエンタルのスパイシーさが、シャンパンの微かな酵母感と静かに絡み合う。
煙をゆっくり吐き出しながら、彼は小さく息を吐いた。
「……いい組み合わせだ」
美和さんはカウンター越しに、静かに微笑む。
「そうでしょう?今夜のQuiet Nightsとクリスタル、お互いを深く引き立て合っていますね」
ソーニャさんもシャンパンを一口飲んで、楽しそうに言った。
「本当に素敵な夜ね。美和の選ぶお酒と、貴方の選ぶパイプ……この組み合わせを見ているだけで、贅沢な気分になるわ」
彼はパイプをくゆらせ、クリスタルをもう一口。カウンターの上で、煙と淡いゴールドの液体が、静かに、深く、夜を彩っていた。
Bar風花の今夜は、いつもより少しだけ、特別な香りと泡に満ちていた。
今夜のBar風花、いかがでしたか?
クリスタル2008のあの力強さとエレガンス、ラタキアの重厚なスモーキーさ、Quiet Nightsの甘さとスパイスのバランス……本当に、互いを引き立て合う組み合わせでしたね。
書いてて自分でも「これは贅沢すぎる……」と思いながら、でもこういう夜があってもいいよな、って思いました。
ソーニャさんの登場は、ちょっとしたサプライズでした。
美和さんの昔の知り合いとして、彼女の古物商らしい鋭い目と、少し寂しげな優しさがいい味を出してくれた気がします。
メシャムパイプのシーンは、実際にアンティークのパイプを眺めながらイメージを膨らませて書きました。あの100年以上経った琥珀色と銀細工の輝き、本当に美しいんですよね。
こういう「何も起こらないけど、何かが満たされる」夜を、読んでくださった皆さんに少しでも感じてもらえたら嬉しいです。
Bar風花は、いつもカウンターの向こうで、そんな小さな贅沢を用意しています。
今夜もお越しくださって、ありがとうございました。
また、気が向いたときに、こんな特別な夜をお届けできたらいいな。
それでは、またカウンターで。
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天照(Bar風花)




