↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
208/228

【Bar風花】第二章 白きシーツと三色の聖域 〜元陸自の夫は秋の陽だまりで愛のお仕置きを受ける〜

【前書き】


※本作は単体の一話完結エピソードとしてもお楽しみいただけます。

※作中に登場する風花町の日常と、キャラクターたちの穏やかな時間をお届けします。

※秋のやわらかな陽だまりのなかで織りなされる、ささやかで少し甘やかなひととき。


澄み渡る秋空のもと、ひょうたん池の波紋を見つめる穏やかな午後。

櫻庭家の庭の片隅に突如現れたのは、真っ白なシーツが創り出す完璧なブラインド陣地。

防犯調査という名目のもと、白い迷宮へと足を踏み入れた男を待っていたのは——。

どうぞ、そっと陽だまりの迷宮の向こう側を覗いてください。

第1章:陽だまりの鯉と、白き迷宮(ラビリンス)

 

 風花町の午後のひとときは澄み渡る秋空から降り注ぐあたたかな日差しに包まれ穏やかに深まっていた。

 櫻庭家の平屋を囲む広大な庭園。

 その一角にあるひょうたん池の縁で櫻庭天は胡坐をかいていた。

「ほら、お食べ。今日は過ごしやすい陽気だから、みんな元気だな」

 天が木製の小箱から手掴みで蒔いた餌に水面が静かに揺れる。

 緋色や黄金色や漆黒の斑点を纏った立派な錦鯉たちが口をパクパクと開けながら我先にと集まってきた。

 水面を叩く小さな水音と爽やかな秋風が紅葉の梢を揺らす音が心地よい重奏となって耳に届く。

 平和だ。

 世界平和というものがもし形をとるならば間違いなくこの風花町の庭先に漂う秋の空気のことだろう。

 天は深く息を吐き出し穏やかな表情で池の波紋を見つめていた。

 ——だが。

 長年全国の泥臭い現場を歩き回りかつて陸上自衛隊の野外演習で鍛え上げられた観察眼とルポライターとしての感性がわずかな違和感を捉えた。

(……ん?)

 天は無意識に目を細め庭の南東の角へ視線を向けた。

 日当たりの良い芝生エリアの片隅。

 そこに不自然な白い壁が存在していた。

 それは洗濯されたばかりの真っ白なシーツだった。

 物干し竿を巧みに組み合わせ四方をぐるりと囲むように設置されている。

 風が吹くたびに大きなシーツがゆらりと揺れるがその陣立てがあまりにも完璧すぎるため中の様子が外部から一切うかがえない。

(……なんだ、あれは?)

 天の脳内で無駄に高度なミリタリー的感性が高速回転を始める。

(庭のただ中で全方位からの視線を遮断する完璧なブラインド陣地……。風通しと日当たりを考慮した洗濯物の干し方にしてはあまりにも密閉性が高すぎる。まるで『この中に重要機密が秘匿されている』と告白しているようなものではないか)

 単にシーツを干しているだけだ。

 頭ではそう分かっている。

 だが男という生き物は隠された空間や密室を見るとどうしてもその向こう側を確認したくなる性分を背負っているのだ。

 天は手にしていた木製の小箱に蓋をすると膝を払って立ち上がった。

 足音を極限まで殺し白いシーツの迷宮へと接近していく。

(……確認だ。これはあくまで櫻庭家の敷地内における『安全保障上の定期巡回』に過ぎない。決してやましい気持ちなど存在しない)

 胸中で自分に対する完璧な言い訳を構築しながら天の手が風に揺れるシーツの端へと伸びた。



 

第2章:花に誘われる虫、あるいは不可抗力の境界

 

 サワと綿シーツの乾いた布地が音を立てる。

 天は慎重に数センチだけ布の隙間を開け片目でその内部を覗き込んだ。

 直後天の呼吸が止まった。

「……ッ!?」

 そこに広がっていたのはまさに聖域であり花園だった。

 シーツで囲まれた四角い遮蔽空間の内側。

 そこに張られた数本のロープには櫻庭家の女性陣の下着類が秋の柔らかな陽光を浴びて色鮮やかに干されていたのだ。

 天の目が吸い寄せられるようにその三色のグラデーションを捉える。

 まず目に飛び込んできたのは妻・美和のものだった。

 光を透かす繊細な最高級シルクに深みのあるワインレッドとアンバーの刺繍が施されたランジェリー。

 凛としたプロのバーテンダーとしての気品と自分だけに見せる艶やかな女性らしさが同居する息を呑むほど贅沢で華やかな品だった。

 その隣にはメイドである千草の下着が並んでいる。

 一見すると黒を基調としたシンプルで隙のないデザインに見える。

 だがレースの裁断や細いストラップの滑らかな曲線に隠しきれない大人のセクシーさと洗練された美意識が滲み出ていた。

 そして一番端には義妹の深雪のもの。

 無駄な装飾を一切削ぎ落とした機能的でスポーティな白のスポーツブラとシンプルなボクサーショーツ。

 白梟としてのしなやかな肉体を支えるためのそれには彼女らしい無垢で健康的な佇まいがそのまま現れていた。

 ふわりと秋の澄んだ風が抜けた。

 お日様の匂いと洗剤の清々しさに混ざり美和が纏う微かな和柑橘と桜の甘い香気が鼻腔をくすぐる。

(あ、あかん……! これは見てはいけない領域だ……! 今すぐ撤退しなければ……!)

 理性が警報を打ち鳴らしていた。

 だが天の脚は地に根が生えたように動かない。

 それどころか花に引き寄せられる昆虫のようにふらふらとシーツの隙間へと身体が吸い込まれていく。

「……不可抗力やでぇ……」

 関西の血など一滴も流れていないはずのルポライターの口から魂の抜けたような呟きが洩れた。

 光を受けて輝く繊細なレースや風になびく布地。

 そして空間を支配する圧倒的な甘い香気。

 三十代後半の分別ある大人の男の理性が秋の陽だまりの中でドロドロに溶けていく。

 天がその三色の輝きに見とれ完全に我を忘れていたまさにその時だった。



 

第3章:完全包囲と、三者の微笑み

 

 ふっと天の首筋に温かく湿った吐息がかかった。

「……天ちゃん?」

 耳元を直接揺らす鈴の鳴るような逃れようのない愛する妻の声。

「何をそんなに熱心にご覧になっていらっしゃるの?」

 ヒッと天の喉の奥で情けない悲鳴が跳ねた。

 全身の毛穴が一斉に開き背筋に冷や汗が滝のように流れ落ちる。

 天がロボットのようにぎこちない動作で首だけをゆっくりと振り返ると——。

 そこにはシーツの隙間から自分を覗き込む三人の美女が立っていた。

「——ッ!?」

 美和は右目がワインレッド左目が神秘的なアンバーの異色瞳を妖しく細めた。

 胸の前で両手を組みながらこの世で最も美しくそして危険な笑みを浮かべている。

 そのすぐ隣には千草。

「あらあら、天様♪ 洗濯物の……特に私どもの肌着の『検品作業』をしてくださっていたのですか?」

 ひまわりのような笑顔のまま一切の光を宿さない愉悦の瞳で天を見つめている。

 そして美和の反対側には深雪。

 右手には半分ほど食べた秋限定の焼き芋アイスモナカを持ち無表情のまま黄金色の瞳で天を凝視していた。

「……てんにぃ。……すけべ。……不可視領域侵入罪で、現行犯逮捕」

 ピシッと小さな指が天の鼻先を指さす。

「ち、違うんだ美和さん! 千草さん、深雪ちゃん!」

 天は顔を真っ赤にし血相を変えて猛スピードで弁明を開始した。

「これは決してやましい意図があったわけじゃなくて! 庭に不自然な死角が形成されていたから、防犯上の観点から構造を分析しようと調査していただけであって……!」

「あら。防犯上の『調査』、ですの?」

 美和がしなやかな足取りでシーツの内側へと踏み込んできた。

 逃げようとバックステップを踏んだ天だったが背後は自分を囲んでいたシーツの壁だ。

 完全に退路を断たれた。

「ええ、そうですとも! ルポライターとしての習慣というか、元陸自としての危機管理能力が勝手に働いてしまってだな……!」

「ふふ、相変わらず言い訳がご立派ですわね、天ちゃん」

 美和はクスッと可憐に笑うとちらりと後ろの二人に視線で合図を送った。

「千草、深雪。取り込みの続きをお願いできますかしら?」

「あらあら、かしこまりました♪ 天様、しっかり『調査結果』のご報告をなさってくださいね」

「……てんにぃ、自業自得。……みゆきは……アイスの続き食べる」

 千草と深雪は察しの良い動きでクスクスと笑いながら手際よく下着をカゴへ収めた。

 そして天の逃げ道を塞ぐようにすれ違って脱衣所の方向へと去っていったのだった。



 

第4章:シーツの裏の神域、甘美なるお仕置き

 

 逃げ場のない密室の中で取り残されたふたり。

 四方を白いシーツに囲まれた密室空間にはお日様の匂いと美和自身の甘い体温が満ち満ちていた。

「あ、あの……美和さん……?」

 天が引きつった笑みを浮かべると美和は静かに一歩間合いを詰めた。

 至近距離。

 美和の美しい顔が天の目の前数センチのところまで迫る。

 美和の細く白い手が伸ばされ天の着ているシャツの胸元にそっと置かれた。

 そのままトントンと小さな力で押され天の背中が柔らかいシーツの布地へと押し当てられる。

「……布越しに見るだけで満足されるなんて、勿体ないですわ」

 美和の声のトーンがわずかに低くなった。

 バーテンダーとしてカウンターに立つときの凛とした静謐さではない。

 夫を惑わし甘く狂わせるためだけに仕立てられた濃厚な響きだった。

「え……?」

「本物の私なら……目と鼻の先、こんなにも近くにいますのに」

 美和は天の首に両手を回すと自ら背伸びをして天の耳元にそっと顔を寄せた。

 熱い吐息が耳たぶをかすめ天の背筋にゾクゾクとした快い戦慄が走る。

「……ねぇ、天ちゃん。布地の向こうの『本物』の私を……今からたっぷり、確かめていただきますからね?」

「み、美和さん……っ!」

 天の顔が耳まで一瞬で熟したトマトのように真っ赤に染まった。

 言い訳の言葉は美和の艶やかな笑みによってすべて消し飛ばされた。

 美和は天の首を引き寄せると逃げ場をなくすようにして彼の唇に己のそれを重ねたのだった。

「ん……ッ……」

 濃厚で甘く深い接吻。

 やわらかな秋の日差しが二人の重なるシルエットを透けるシーツに鮮やかに映し出す。

 美和の体温と彼女の纏う微かな和柑橘と桜の甘い香気が天の麻痺しかけた感覚をどこまでも深い甘みへと沈めていった。

 ほんの数分前まで「不可抗力やでぇ」と情けなく焦っていた男は今や妻の圧倒的な愛の深さに飲み込まれていた。

 ただ彼女の細い腰を強く抱き返すことしかできない。

 ふっと唇が離れ美和の異色瞳が熱を帯びて揺れる。

「……どうしますか、天ちゃん? まだ『調査』を続けますか?」

 天は真っ赤になった顔を美和の首筋に埋め降伏の吐息をつきながら小さくしかし確かな力で頷いた。

「……うん。……美和さんだけを、離さない」

「ええ。どうぞ、私だけを離さないでくださいね」

 風花町の澄み渡る秋の午後。

 白いシーツに囲まれた誰にも邪魔されない小さな神域で二人の甘いお仕置きの時間が静かにそして濃厚に流れていくのだった。

【あとがき】


最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

今回は、Barのカウンターで見せる凛とした空気感とはひと味違う、櫻庭家の平屋で流れる長閑な秋の日常をお届けいたしました。

元陸自の習性とルポライターの好奇心が裏目に出てしまい、見事に三人の女性陣に包囲されてしまった天ちゃん。

そして、脱出不能な白いシーツの密室で繰り広げられる、美和さんからの甘く濃厚なお仕置き——。

普段は穏やかな天ちゃんが、妻の深い愛に甘やかに飲み込まれていくギャップを楽しんでいただけましたら幸いです。


もしこのお話を気に入っていただけましたら、作品ページ下部より【ブックマーク登録】や【評価(★★★★★)】、温かな感想をいただけますと、今後の執筆の大きな励みになります。


秋深まる風花町にて、また皆さまとお会いできるのを楽しみにしております。

天照(Bar風花)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。