【Bar風花】第二章 背脂豚骨と極濃ソースの誘惑 〜完全犯罪を目論むルポライターと完璧すぎる妻のお仕置き〜
【前書き】
※本作は『Bar風花』の日常を描いたサイドストーリー(SS)作品です。
※作中に登場するジャンクフードや描写は、コメディ・フィクションとしてお楽しみください。
※静かな平屋に漂う小さな背徳と、夫婦の甘いお仕置きの時間をお届けします。
静かな秋の日差しが降り注ぐ櫻庭家の平屋。
家族が不在のわずかな「絶対的空白」に、かつて野外演習の泥の中で味わったあのジャンクな渇きが蘇ります。
密かに解禁された二杯の禁断のカップ麺と、完璧と思われた隠滅工作。
しかし、愛する妻の濡れた異色瞳と鋭い洞察を誤魔化すことなど、できるはずもありませんでした。
どうぞ、そっとカウンターの向こう側を覗いてみてください。
第1章:無人の神域と、暗黒の隠匿物
風花町の昼下がりは、静かすぎるほどに凪いでいた。
庭の四季桜が秋の温かな日差しに揺れ、平屋の縁側に柔らかな光を落としている。
遠くで小鳥がひと鳴きした以外、耳を打つのは古い柱時計が刻む規則正しい秒針の音だけだ。
櫻庭天は誰もいない広いリビングの真ん中で、ゆっくりと息を吐き出した。
静寂。完全なる独占空間。
今日という日は、数ヶ月に一度訪れるかどうかの絶対的な空白だった。
妻である美和、千草、そして深雪の三人は、博多への和菓子仕入れと皇グループへの定期報告のため、朝一番で出かけている。
戻りは夕刻以降。
つまり、いまこの広い屋敷には、自分一人しか存在しない。
(……勝ち取ったんだ、僕は……)
天は心の中で、静かに拳を握りしめた。
普段の櫻庭家の食卓は、至福という言葉すら生ぬるいほどに恵まれている。
千草の腕による完璧な手料理や、美和が季節の移ろいを繊細に掬い取った滋味あふれる皿の数々。
栄養バランスは極限まで計算され尽くし、選び抜かれた食材はどれも最高峰のものばかりだ。
不満など、あろうはずがない。
……そう、普通の人間の胃袋であれば。
だが、天の身体には、どれほど歳月を重ねても決して消えない強烈な記憶が刻み込まれていた。
かつて陸上自衛隊に身を置いていた、若き日。
泥と汗にまみれた過酷な野外演習や、指先の感覚すら失せる極寒の夜間行軍を終えた直後、幕舎の陰で貪り食った、あの熱々のカップ麺の味だ。
戦闘糧食や缶詰では、絶対に届かない領域がある。
疲れ切った舌にピリッと突き刺さるチリトマトの爽快な酸味とスパイス。
そして、ドロッと濃厚なカレースープが、冷え切った内臓を芯から温め直してくれるあの熱量。
隊員たちの間で至高と称えられたあの二大スープの一滴こそが、当時の天にとって死線を越えた最高のご馳走であり、生きているという生々しい実感そのものだったのだ。
フリーランスのルポライターとなった今も、野戦の泥臭い記憶は肉体の奥底で燻り続けている。
どれほど上質な料理に囲まれても、定期的にあのジャンクな毒を欲する野蛮な渇きが、喉を灼くことがあった。
天は足音を殺し、自らの書斎へと向かった。
鍵のかかった、重厚なオーク材のデスク。
その最下段にある、旧ソ連軍関係の分厚い資料が詰め込まれたダンボール箱の底。
防湿剤と古文書の匂いに紛れるようにして、それは厳重に秘匿されていた。
手にした瞬間、カサリとプラスチックフィルムが乾いた音を立てる。
『超特濃・極太ニンニク背脂豚骨醤油(極太麺)』
黄色のパッケージに躍る、禍々しいまでの漆黒の極太文字。
一ヶ月前、地方取材の途中に立ち寄った深夜のコンビニで、半ばトランス状態のまま衝動買いした禁断の物資だ。
千草の鉄壁の兵站を突破し、「天ちゃん、お身体に良くないわ」という美和の慈愛に満ちた包囲網をかいくぐって保管され続けた、言わば禁忌の弾薬であった。
「……よし」
天は低く呟いた。
その声は、かつて防衛出動の命を待つ前線の指揮官のように、低く引き締まっていた。
第2章:熱湯三分、あるいは焦土の補給線
台所に立つ天の足取りは、まるで敵陣へ浸透する特殊部隊のように一切の無駄がない。
ステンレスのケトルに風花町の清らかな井戸水を満たし、ガスコンロの点火ノブを回す。
青い炎が静かに底を舐め始めるのを見届けながら、天は入念に周辺環境を観察した。
換気扇のスイッチを入れ、風量を「強」に切り替える。
排気ダクトが重低音を響かせ、部屋の空気を強力に吸い出し始めた。
次に、フタの上に載せる特製液体スープと超背脂パックの位置を確認する。
(お湯の沸騰まで、およそ百二十秒。時間のロスは許されない)
かやくの小袋を破ると、乾燥キャベツとサイコロ状の謎の肉塊が、乾燥麺の上へパラパラと乾いた音を立てて落ちる。
太麺でありながら驚異の湯戻し三分を実現した、最新鋭の極太ちぢれ麺が、早く湯を注げとばかりに黄色い牙を剥いていた。
ピーッ、とケトルが沸騰の合図を告げる。
天は寸分の狂いもない滑らかな動作で、お湯を内側の線きっかりまで注ぎ入れた。
ジュワッと熱湯が具材を叩く音が、静かな台所に響く。
すぐさまフタを閉じ、特製スープの袋を載せて重しにした。
スマートフォンのタイマーを「03:00」にセットする。
運命のカウントダウンが始まった。
【03:00】
静まり返った台所で、液晶のデジタル数字だけが冷酷に減っていく。
天は腕組みをし、まるで仕掛け爆弾の時限装置に対峙する工作兵のように、じっとカップを見つめた。
脳裏を掠めるのは、冷酷なシミュレーションだ。
【02:15】
(もし今、この瞬間に千草さんがドアを開けたらどうなる?)
『あらあら、天様。そのような化学薬品の塊を召し上がるくらいなら、今すぐ特製のすっぽんスープをお淹れいたしますのに』
――笑顔のまま、一切の慈悲なくゴミ箱へ直行廃棄される映像。
【01:30】
(もし、深雪に見つかったら?)
『……てんにぃ……。……駄目な大人。……身体、腐る』
――琥珀色の瞳で冷たく射殺され、一週間は口を利いてもらえない未来。
【00:45】
(そして……美和さんに見つかったら)
『天ちゃん。私の作ったお料理では、満足していただけないの……?』
――あの潤んだ異色瞳で悲しそうに見つめられたら、自分は自決するしかない。
【00:10】
(だからこそ、これは完全犯罪でなければならない。僕の男としての誇りと、陸自時代からの血の渇きをかけた一世一代の局地戦なのだ)
ピピピピ、とタイマーが鳴動した。
「……時間だ」
即座にアラームを止め、天は慎重にフタを半分まで剥がした。
立ち上る熱い湯気。
その瞬間、台所の分子構造が一変した。
ガツンと鼻腔を強打する、ドロドロに濃縮された豚骨の油脂臭。
そして、熱せられたニンニクの強烈なアロマ。
風花町の澄み切った清涼な空気が、一瞬にして深夜三時の国道3号線沿いのラーメン店、あるいは演習場の幕舎の裏へと変貌を遂げる。
後入れスープと特濃背脂を絞り入れ、割り箸で勢いよくかき混ぜた。
濁った茶褐色のスープの上に、真っ白な背脂の粒がドロッと浮かび上がっていく。
天の口内に、唾液が津波のように溢れ出した。
割り箸で極太麺をどっさりと持ち上げ、その凶悪な容姿を凝縮された湯気越しに見つめる。
「……ジャンキーやでぇ……」
関西の血など一滴も流れていないはずのルポライターの口から、感涙にむせぶような呟きが漏れた。
言葉の正しさなど、どうでもよかった。
いま目の前にあるのは、純粋な暴力であり、精製されたカロリーの塊だ。
フーフーと息を吹きかけ、一気に口の中へ滑り込ませる。
――ッ!!
硬めの極太麺が、暴れるように舌の上ではじけた。
化学調味料の濃厚な旨味、ガツンと効いた塩分、そして喉を灼くような生ニンニクの刺激。
脳幹を直接殴りつけてくるそのインパクトに、陸自時代の記憶が一気にフラッシュバックした。
冷たい雨と雪の中でチリトマトやカレーのスープを啜り、身体を震わせながら生を実感した、あの記憶。
旨い。圧倒的に旨い。
身体に悪いと知っているからこそ、一口ごとに脳内物質がドバドバと分泌されていくのがわかる。
「ふ、ふぅ……ッ! うまい……うまいぞ……!」
洗練された和食でも、最高級のカクテルでも得られない、原始的な野性の充足。
天は我を忘れて麺を啜り、最後の一滴までスープを飲み干したのだった。
第3章:あやまちの二杯目と『湯切りの警報』
最後の一滴を胃に落とし、満足の吐息をついた天だったが、空になった容器を見つめているうちに、肉体の奥底から別の悪魔が首をもたげた。
(……待てよ。陸自時代のあの演習の夜、ラーメンの後に僕らの胃袋にトドメを刺したのは……何だった?)
脳裏に鮮烈に蘇るのは、冷え切った身体に叩き込んだ、あの濃密な甘酸っぱい液体ソースと、ツンと鼻を突くからしマヨネーズの刺激だ。
お湯を捨て、蒸気とともに立ち上る極濃ソースの香りは、かつて愛したチリトマトやカレーの記憶すら一瞬で一蹴した。
疲労で麻痺しかけた隊員たちの理性を一瞬で吹き飛ばす、仕上げのご馳走だったのだ。
(……ある。まだ、奥にあるぞ)
天は吸い寄せられるように再び書斎へ向かい、ダンボール箱のさらに最下層から『超特濃・大盛りソース焼きそば』を掘り出した。
「二杯目は……流石にやりすぎか……?」
口では呟きつつも、指先はすでにフィルムをバリバリと剥がしていた。
男の戦場への郷愁は、一度火がついたら誰にも止められない。
ケトルでお湯を沸かし直し、乾燥キャベツの入った大盛りカップへ一気に注ぎ込んだ。
タイマーは再び「03:00」。
ラーメンと違い、焼きそばには逃れられない第二の工程が存在する。
そう、湯切りだ。
ピピピピ、とタイマーが鳴る。
天は慎重に湯切り口のシールを剥がすと、両手でカップをしっかりと保持し、台所のシンクへと傾けた。
――配管を傷めぬよう水を出しながら捨てるという、普段の鉄則すら焦りのあまり完全に失念したまま。
ドバババババッ……!
沸騰した熱湯が、シンクのステンレスを直撃したその瞬間。
――ポコンッ!!
静まり返った屋敷に、甲高い金属の熱膨張音が盛大に響き渡った。
「ッ~!?!?」
天は思わず息を呑んだ。
まるで屋敷全体に「ここに潜伏者がいます」と知らせる警報音のように聞こえた。
冷や汗を流しながら、必死に湯を切る。
最後のひと滴まで湯を振り落とし、フタを勢いよく剥がした瞬間、天は凍りついた。
ガツンッ!!
後入れの特濃マシマシ液体ソースを回しかけた瞬間、部屋の空気が一変した。
フルーティーで甘酸っぱく、濃厚極まりないウスターソースの香りが、爆風のようにリビングを吹き荒れたのだ。
「し、しまっ……! ラーメンより匂いが強い……ッ!」
焦りながらも、粉末青のりと黄色いからしマヨネーズを網目状にビーム照射する。
一瞬にして櫻庭家の格式高いリビングは、秋祭りの縁日露店街へと完全変貌を遂げた。
「……ジャンキーすぎるやろぅ……」
もはやイントネーションすら完全に崩壊しながら、天はうっとりとした、そして絶望的な表情で大盛り麺を口へ運んだ。
太麺に絡みつく濃厚ソース、マヨネーズの油分、そしてからしのツンとした刺激が舌を容赦なく殴打する。
旨い。暴力的に旨い。
だがそれと同時に、冷や汗が背筋をツーッと伝い落ちていた。
この暴力的な匂いは、ハーブスプレーごときで誤魔化せるレベルではない。
第4章:電撃戦の誤算と、完全犯罪の崩壊
大盛りの焼きそばを、胃袋へ猛スピードで流し込んだ。
二つの空容器を水で超高速洗浄し、不透明なゴミ袋の最深部へ押し込んで二重に口を縛る。
コンロ周りの油跳ねを布巾で一拭きし、換気扇を最大風量のまま回し続け、書斎から持ち出したシトラス&ハーブの消臭スプレーを空間全体へ乱れ撃ちした。
シューッ、シューッと、暴力的なまでに爽やかな柑橘の香りがリビングを覆う。
天は素早くソファへ滑り込み、あらかじめ用意しておいた分厚い洋書を開いた。
足を組み、眼鏡の位置を指先で知的に直す。
まさに、その時だった。
ガチャリ。
「ただいま戻りました、天ちゃん」
玄関から聞こえてきたのは、愛する妻の澄んだ声だった。
壁の柱時計を見る。
十四時二十分。予定より二時間以上も早い。
「おかえり、みんな。早かったね」
玄関から上がってきた美和、千草、深雪へ、天は完璧な微笑みを向けた。
片付けの所要時間はわずか五十秒。
容器は隠した。匂いはシトラスで強引に上書きした。
自分はただ静かに読書を楽しんでいた、良き夫であり良き兄であるはずだ。
しかし。
美和はリビングに一歩足を踏み入れた瞬間、ぴたりと動きを止めた。
その美しい異色瞳が、スッと細められる。
「……あら?」
千草がハンカチでそっと鼻梁を覆い、深雪が無表情のままクンクンと鼻を鳴らした。
「天ちゃん。なんだか我が家に……とっても賑やかな『お祭り』が来ていますわね?」
美和がしなやかな足取りで、ソファに座る天へと近づいてくる。
その歩調は静かなものだったが、天にはそれが、重戦車がゆっくりと間合いを詰めてくるかのような凄まじい威圧感に感じられた。
「あ、ああ、そうかな? 日差しが気持ちよくて少し汗をかいたから、ハーブのスプレーをね……」
「ハーブ……? ふふ、こんなに香ばしくて甘酸っぱい、青のりとからしマヨネーズのハーブなんて、この世に存在するのかしら?」
美和は天の目の前に立つと、そっと膝を折り、目線を同じ高さに合わせた。
至近距離で交わる視線。
美和のワインレッドとアンバーの瞳が、妖しく、そしてすべてを見通すように揺らめいている。
「爽やかな柑橘の香りの奥から……とっても猛烈で、粗暴な『ニンニク豚骨とソースマヨの主張』が聞こえてきますけれど?」
「……っ!?」
「……縁日。……たこ焼き屋さんの、……隣の匂い」
深雪がピシッと、正確に台所の方向を指差した。
「あらあら、まあまあ。天様、お湯を捨てたシンクが……まだポコンと温かい音を立てておりますよ?」
千草は楽しげに目を細め、完璧な鑑識官のような手つきでシンクの余熱とゴミ箱の封印を検分していた。
完全敗北。
天が築き上げた防衛線は、わずか数十秒で跡形もなく瓦解した。
「……ごめんなさい」
天は洋書を静かに閉じ、膝の上で手を揃え、耳まで真っ赤になった顔を伏せるしかなかった。
第5章:完璧な妻と、甘いお仕置き
「言い訳を……させていただいてもよろしいでしょうか」
「ええ、どうぞ? 櫻庭家の『秘匿物資持ち込み取り締まり規定』違反について、存分にご弁明くださいな」
美和は天の隣にちょこんと腰掛け、楽しそうに首を傾げた。
本気で怒っている風ではない。
だが、その瞳の奥には、悪戯を見つけた少女のような無邪気さと、愛しい獲物を追い詰めた肉食獣のような艶やかな光が宿っていた。
「……みんながいない隙に、どうしても……その、身体に悪いものが食べたくなってしまって。出張の時に隠してあったカップ麺を……」
「ふふ、男の子の秘密の大冒険、だったのね」
「うっ……それも、最初はラーメン一つでやめるつもりだったのに、陸自時代の演習の思い出が蘇って……思わず焼きそばまで『おかわり』してしまって……」
「まあ。一品目なら可愛らしく思えましたけれど、お代わりまでして、お部屋を屋台の匂いでいっぱいにするなんて……相当な重罪ね?」
天が身を縮めて小さくなると、美和の口からくすくすと可憐な笑い声が漏れた。
美和は天の右頬にそっと柔らかな手を添え、自分の顔を近づけた。
吐息が触れ合うほどの距離。
「隠滅工作も、お粗末よ」
「……え?」
美和の細く白い指先が、天の着ている洗いざらしの真っ白な綿シャツの胸元を、そっとつまんだ。
「……ほら。ここに一粒、小さな黄色いスープの跳ねがついています。白いシャツの上に刻まれた、小さな背徳の烙印ね」
「あ……」
「身体に悪いものを食べた罰……そして、私に嘘をつこうとしたお仕置きよ」
美和は天の耳元に唇を寄せ、甘く熟した果実のような吐息を吹きかけた。
「お口のまわりから……まだ、とっても『ジャンキー』な匂いがしますもの。私に隠れて、そんなに美味しい思いをしていたなんて……罪な人……」
耳朶をくすぐる妻の甘やかな声に、天の背筋をゾクゾクとした熱い戦慄が駆け抜ける。
「美和……さん……」
「ダメですよ、天ちゃん。問答無用で、お仕置きです」
美和は天の首の後ろに回した手にすっと力を込め、抗えない強さで彼をソファへと押し倒した。
見下ろしてくる異色瞳には、深い愛おしさと濃密な独占欲が渦巻いている。
「千草、深雪。荷解きをお願いできるかしら? 私はこれから、私に内緒で不摂生をした悪い夫を、たっぷりとお仕置きしなければなりませんので」
「あらあら、かしこまりました。天様、お身体の毒素が抜けるまで、しっかり『お仕置き』されてくださいね」
「……てんにぃ……自業自得。……みゆきは……焼き芋アイスモナカ食べる……」
千草は悪戯っぽく微笑んで一礼し、深雪はいつもの無表情のまま、二人で荷物を抱えて奥の部屋へと去っていった。
残されたリビング。
シトラスの香りと、ニンニクや濃厚ソースの残り香が微かに混ざり合う空間で、美和は天の唇に己の唇を強く重ねた。
「ん……ッ……美和、ん……」
濃厚で、逃げ場のない口づけ。
美和の柔らかな舌が、天の口内に残るジャンクな余韻を、まるで己の愛で上書きするように熱く、深く貪っていく。
ラム酒のような、咲き誇る桜のような、美和自身の甘美な体温が、天の感覚を隅々まで蕩かしていった。
「……ふはっ……天ちゃん」
わずかに唇を離した美和が、熱を帯びた瞳で艶やかに微笑む。
「私の知らない味を、一人で楽しまないで。……あなたが食べたソースも、背脂も……今夜、私が一滴残らず全部吸い出してあげるから……」
「……美和さんには、敵わないな」
天は降伏の吐息を漏らし、抵抗することを諦めて、妻の細い腰を力強く抱き返した。
風花町のうららかな昼下がり。
二杯の小さな背徳の味覚は、完璧で狂おしいほどに甘いお仕置きの時間へと、静かに溶けていったのだった。
【あとがき】
今夜も『Bar風花』にお越しいただき、誠にありがとうございます。
今回は、普段は穏やかで頼もしい天ちゃんが、一人留守番の隙を突いて「禁断のジャンクフード」に挑む、少しコミカルで最後に甘い日常エピソードをお届けいたしました。
男ならではの野性的な衝動と陸自時代のノスタルジー、そして一瞬で見抜かれて降伏してしまう天ちゃんの可愛らしさと、美和さんの濃厚な愛おしさを感じていただけましたら幸いです。
作品を少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマーク登録や下の評価欄(★★★★★)、温かいご感想などをいただけますと、次の物語を紡ぐ大きな大きな励みとなります。
またのご来店を、心よりお待ちしております。
天照(Bar風花)




