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【Bar風花】番外編 琥珀色の照明と夜鳴きラーメン 〜ハサミを握るスタイリストは深夜に神々しさの余韻を語る〜

【前書き】


※本エピソードは『スナック カサブランカ』を舞台にした響子と彩子、順子ママの番外編です。

※実在する店舗の描写や、プロのスタイリスト視点による美容表現を含みます。

※深夜のスナックで語られる憧れと、静かな愛の余韻をお楽しみください。


柔らかな琥珀色の照明が包み込む、深夜二時のスナック。

グラスを干し、ハサミの感触を思い出しながら語られるのは、完璧すぎるほどに美しく凛とした一人の女性の佇まい。

そして、その完璧な旋律がふっと解ける、たった一人の男の前で見せる甘やかな表情。

どうぞ、そっと扉を開けて、夜の熱気に耳を澄ませてみてください。

第一章:カサブランカの深夜二時と、解禁されたウーロンハイ

 

 風花町の夜が静かに更けていく。

 路地の奥で静かに明かりを灯す『スナック カサブランカ』のドアを開けると、微かに残る煙草の煙の匂いと、大人の夜を包み込む柔らかなアンバー色の照明が迎えてくれた。カウンターの奥では、落ち着いた装いの楠順子ママが、使い込まれたグラスを布巾で静かに磨いている。

「順子ママ! 私、明日は豆腐屋の手伝いがお休みなんです! だから今夜は朝までコース! ウーロンハイ頂戴!」

 元気な声を弾ませてカウンターのスツールに滑り込んだのは、風花町市役所の地域振興課で働く山﨑響子だ。

 順子ママは手元を止め、くすりと目を細めた。

「あら、珍しいじゃない。いつもは明日の早起きを気にして『スプモーニ一杯で我慢します』なんて言ってるひまわりちゃんが。それじゃあ今夜は、朝まで咲きっぱなしね」

 手際よく作られたウーロンハイと、自家製のポテトサラダ、香ばしく炙ったチーズの皿がカウンターに並べられる。ポテトサラダは、滑らかなじゃがいもの甘みに燻製ペッパーのアクセントが効いており、ウーロンハイのすっきりとした苦みを爽やかに引き立ててくれた。

「ふぅ……今夜はサロンにフェックス置いて歩いてきたからさ。トコトン付き合うよ。響子が潰れたらタクシーで家に送り届けてやる」

 隣で瓶ビールのグラスを傾けているのは、ヘアサロン『Lien』のトップスタイリスト、葛木彩子だ。愛車であるZ400FXのキーが付いた革のキーリングをカウンターに静かに置くと、冷えたビールを爽快に喉へと流し込む。

「……はあぁ、沁みる。仕事終わりのこの一杯のために生きてるわ」

「ふたりとも、いい飲みっぷりね」と順子ママが彩子のグラスにビールを注ぐ。「で? 『Bar風花』の閉店後にここに流れ込んできたってことは、またあのお店で何か極上のものを見せつけられてきたの?」

「よくぞ聞いてくれましたママ!」響子がウーロンハイを一口飲んで身を乗り出した。「今夜の美和さん、いつも以上に凛としてお美しくて……もう同じ女性として、見惚れて溜め息が出ちゃったんです!」



 

第二章:ハサミ越しに伝わる、完璧という名の息の詰まる美

 

「見惚れる、か……」

 彩子はグラスの縁を指でなぞりながら、少し遠い目をした。

「響子、あんたはカウンター越しに憧れてるだけだけどさ。アタシは毎月、あの美和さんの髪を一番近くで整えているんだよ」

「うん! 最高の美髪を扱えるなんて、スタイリストとして夢みたいな話でしょ?」

「夢、ね……」彩子は苦笑いを浮かべ、自分のハサミを握る指先を見つめた。「最初はそう思ってたよ。でもね、実際にハサミを入れるたび、背中に冷や汗が流れるんだ」

「冷や汗?」

「ああ。髪質、毛量、水分と油分のバランス……毛先の一本に至るまで、一切の傷みがない。キューティクルが光を反射するんじゃないんだよ。内側から光を放っているみたいにみずみずしい。普通、どんなにケアしていても生活の乱れやストレスが髪に出るもんだ。だけど、美和さんの髪は四季を通して、指通りも毛先のまとまりも完璧に一定なんだよ」

 順子ママが煙草に火をつけ、紫煙をゆらりと立ち上らせながら耳を傾けている。

「さらに恐ろしいのは立ち姿だ。クロスをかけ、首元を整えるために髪へ触れた瞬間、息を呑むほど美しい頸城うなじのラインが見える。そしてカット中の数十分間、姿勢が一ミリもブレないの。ハサミを動かすたび、自分の技術が試されているような錯覚に陥るんだ。プロとして、あれほど背すじが伸びる相手は他にいないよ」

「わかる気がするわ」順子ママが静かに頷く。「あの異色瞳オッドアイで見つめられたら、どんなに肝が据わった人間でも、自分の不誠実さや甘えを見透かされているような気になるものね」

「そうなんだよママ!」彩子は一気にグラスを干した。「右のワインレッドと左のアンバー。仕上げの時にあの二色の瞳と鏡越しに目が合うとさ、元レディース総長だったこのアタシの度胸なんて、一瞬で吹っ飛んじゃうんだから」



 

第三章:カウンターという舞台、グラスに込められた静寂の哲学

 

「でもね彩子さん!」響子が身を乗り出し、熱っぽく言葉を重ねる。「バーテンダーとしての美和さんの立ち姿も、本当に芸術なんですよ!」

 響子は目の前の空間を手でなぞるように身振り手振りを交えた。

「シェーカーを振る姿も、バースプーンを滑らせる指先も、手元の光の中で全部が完成されすぎてて……カクテルを出された瞬間、溜め息しか出ないんですよ。あの小さな微笑み一つで、こっちの疲れも雑念も全部吹き飛ばされちゃうんです!」

「酒ってのはね」順子ママが静かに割り込んだ。「いくら高級なボトルを並べたってごまかせないのよ。グラスの冷やし方一つ、氷の扱い方一つに、作り手の生き様と客への思いやりがそのまま映るんだから。あそこが『本物』なのは、そこを絶対に手抜かないからでしょ」

 順子ママは自分の店のグラスを愛おしそうに撫でた。

「美和さんが作る一杯には、隙がない。けれど、冷たく突き放すような隙じゃないのよ。客のその日の表情、声のトーン、醸し出す雰囲気を全部汲み取って、一番必要な癒やしをグラスの中に満たしてくれる。声を荒らげることもなく、ただそこに静かに立っているだけで、店内の空気を一瞬で整えてしまう……あれは本物のプロの仕事であり、夜の街を生きる人間として敬服するしかないわね」

「ほんとそれです!」響子がうっとりと溜め息をつく。「同性なのに憧れすぎて胸が苦しくなるくらい、格好よくて美しいんですもん!」



 

第四章:一番恐ろしく、一番可愛い「あの男」の前での崩壊

 

 熱弁を振るう二人を前に、順子ママは煙草を灰皿の縁でトントンと叩き、くすりと意味深な笑みを浮かべた。

「……でもね、ふたりとも。そんな凛として隙のない美和さんが、一番恐ろしいくらいの『ギャップ』を見せるのは……あの旦那さんの前で見せる顔でしょ」

 二人同時に声が揃った。

「「天ちゃん(櫻庭天)……!」」

「そう!! 本当にそうなのママ!」響子がテーブルをバシッと叩いた。「営業中、あんなに凛として隙のない美和さんが、閉店間際に天ちゃんがカウンターの端に座った瞬間……表情がふにゃっと和らぐの!」

「ああ……変わるな」彩子も深く頷く。「瞳の奥に甘い光が宿って、声のトーンがすっと柔らかくなる。『天ちゃん』って呼ぶ時のあの顔……プロのバーテンダーの顔から、一人の恋する女の子の顔に戻るんだ」

「あの高嶺の花を、あそこまで甘々にトロけさせてるんだから、天ちゃんって男の存在自体が罪深いわよね」順子ママが笑う。「ただ引き下がるんじゃないの。あの美和さんが、一人の男の前でだけ見せるあの全幅の信頼と無防備さ……あれを見せられたら、どんな男も敵うわけがないわ」

「天ちゃんも天ちゃんでさ」彩子が苦笑する。「普段は優しくて穏やかで、ちょっと頼りなさそうにしてるくせに……美和さんを見つめる目だけは、絶対にブレない本物の男だからな。あの二人の間には、誰も割り込めない完璧な世界ができあがってるよ」

「手に入らない最高峰の美しさを愛でて、あの二人の幸福を遠くから見守る……それが大人の粋ってものよ」順子ママが新しく注いだウーロンハイを響子の前に置いた。

「はあぁぁ……私もいつか、天ちゃんみたいに私だけを世界一愛してくれる素敵な旦那さん見つけて、美和さんみたいに甘えてみたい特大の夢を見ちゃいましたわ……!」

 響子がふにゃふにゃの笑顔でカウンターに突っ伏す。

「おい響子、語尾が千草お姉さんになってんぞ」彩子が可笑しそうに肩を揺すった。「よし、今夜は朝まで付き合ってやるから、その特大の夢の続きを聞かせろよ!」

「はいはい、夜食に温かい夜鳴きラーメンでも作ってあげるわね」

 順子ママの優しい声と、グラスが触れ合う澄んだ音が、スナックの店内に心地よく響く。

 東の空がゆっくりと白み始めるまで、風花町の夜は温かな笑い声に包まれていた。

【あとがき】


いつも『Bar風花』をご覧いただき、誠にありがとうございます。

今回は市役所勤めの響子、スタイリストの彩子、そしてスナックを営む順子ママという、大人な女性たちによる深夜の飲み会エピソードをお届けいたしました。

直接姿を現さない美和さんのプロとしての圧倒的な佇まいと、天ちゃんの前でだけ見せる無防備で愛くるしいギャップを、第三者の温かな視線を通して感じ取っていただけましたら幸いです。


作品を読んで「心が温まった」「二人の絆にほっこりした」と感じていただけましたら、ぜひページ下部の【ブックマーク登録】や【評価(★★★★★)】、感想などで応援していただけますと、今後の執筆の大きな糧となります。


それではまた、静かな風が舞う夜のカウンターでお会いいたしましょう。

天照(Bar風花)

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