【Bar風花】第二章 同伴前の夜、オカマお姉様方がBar風花で息抜きする時間
前書き夜のBar風花に勢いよく滑り込んできたのは、
オカマバー『艶桜』のオーナーママ・マツコとチーママ・アンジェラ。夜の戦場へ向かう前の「魂の清め」タイム。
美和の深紅ネグローニと高貴なキール・ロワイヤルでシャキッと気合を入れ、
天ちゃんを容赦なくからかいながらの極彩色トーク。派手で濃厚で、笑いが止まらない大人の止まり木です。ドラマも恋愛もありません。
ただ夜の薔薇たちが一瞬だけ羽を休める、華やかな時間をお届けします。
第一章:止まり木の薔薇、あるいは夜の極彩色
夜が更けるにつれて、風花町の路地裏はしっとりとした深い闇に包まれていく。しかし、『Bar 風花』の重厚なオーク材の扉が勢いよく開いた瞬間、その静寂は鮮やかな原色に塗り替えられた。
「ごめんあそばせ〜! 美和ちゃん、天ちゃん、生きてる〜!?」
入ってきたのは、風花町の夜の裏街道を力強く、そして誰よりも華やかに牽引するオカマバー『艶桜』のオーナーママ・マツコと、チーママのアンジェラだった。
マツコは豪奢な毛皮のショール――フェイクだが最高級品を翻し、アンジェラは十センチ以上のピンヒールを完璧にコントロールしながら、カウンターへと進んでくる。店内を優しく包んでいた桜の微香が、一瞬でハイブランドのエキゾチックな香水の香りに押し流された。
「あら、マツコさんにアンジェラさん。いらっしゃいませ」
オーナーバーテンダーの櫻庭美和は、ワインレッドとアンバーの異色瞳に親愛の情を浮かべ、凛とした、けれどどこか楽しげな微笑みで二人を迎えた。
カウンターの端でノートパソコンを開いていた天も、眼鏡の位置を直しながら嬉しそうに顔を上げる。
「マツコさん、アンジェラさん、こんばんは。今夜は一段と華やかですね」
「嫌だわ天ちゃん、お上手ねぇ! でもね、華やかさの裏には血と汗と涙が滲んでるのよ? 今日はこれから貸し切りの大騒ぎがあるから、その前に美和ちゃんの聖水で魂を清めに来たのよ!」
マツコが座り心地の良い黒革のローチェアーに、地響きを立てんばかりの勢いで――しかし仕草はエレガントに腰を下ろした。
第二章:深紅の薔薇と、漆黒の妖薬
「それで、美和ちゃん。今日のあたしはね、ちょっとドロっとした、情念のような渇きがあるの。男の生霊でも吸い取ったみたいな、強くて妖しいやつをちょうだい」
マツコの大胆なオーダーに、美和はクスッと美しく微笑んだ。
「かしこまりました。マツコさんの圧倒的な存在感に負けない、とっておきの一杯をお作りしますね」
美和がバックバーから静かに取り出したのは、イタリアの薬草リキュール「カンパリ」と、漆黒のプレミアム・ベルモット、そして厳選されたロンドン・ドライ・ジン。カクテルの女王とも呼ばれる『ネグローニ』だ。
美和のバースプーンが、氷を抱いて鉄刀木のカウンターの上で滑らかに回転する。その無駄のないプロの所作を、アンジェラがうっとりとした目で見つめていた。
大きめのロックグラスに、手際よく削られた透明な氷と、血のように深い赤色の液体が注がれる。仕上げに、美和はオレンジのピールを軽やかに弾き、爽快な霧をまとわせた。
「あぁん、綺麗……! まるでアタシの燃えるようなハートの色ね」
マツコが太い指先でグラスを持ち上げ、贅沢に口に含む。
カンパリの鮮烈な苦味と、ベルモットの濃厚な甘み、そしてジンの強いアルコールが一体となって押し寄せる。
「……ああん、沁みるわぁ! この容赦のない苦味の奥にある甘さが、五臓六腑を駆け巡る感じ。美和ちゃんのネグローニは、そこらの男の生温かいお説教より、よっぽど背筋が伸びるわね」
「気に入っていただけて光栄です」
一方、アンジェラの前には、気品あるシャンパングラスが置かれた。注がれたのは、フランスのカシスリキュールとシャンパンを合わせた高貴なカクテル、『キール・ロワイヤル』。
「まぁ、素敵……」
アンジェラがグラスに唇を寄せる。
「クレーム・ド・カシスの濃厚で芳醇な甘みと、冷えたシャンパンのキレのある細かな泡が、グラスの中で完璧な調和を奏でているわ……。甘美な果実味の後に、シャンパンの上品な酸味が喉を爽やかに駆け抜けて……本当に贅沢な一杯ね。今夜は、ちょっと厄介な大物のお客様の接待が入っているの。このハーブの力強さなら、どんな無理難題にも笑顔で通せそうだわ」
「アンジェラさんの凛とした着物姿には、このハーブの女王の気品がよく映えます」
美和の言葉に、アンジェラは「いやだ、美和ちゃん……!」と、胸を押さえて見せた。
第三章:オカマたちの審美眼と、タジタジのルポライター
「それにしてもさぁ……」
マツコがグラスの氷を転がしながら、じろりと天に視線を向けた。
「いつ見ても、天ちゃんは『無菌室で育った極上のインテリ』って風情で、アタシたちの枯れ果てた母性本能を容赦なく刺激してくるわね」
「えっ、僕ですか?」
天は突然の飛び火に、苦笑しながら眼鏡を押し上げた。
「そうよ。この前ね、うちの若い子が言ってたのよ。『天ちゃんのあの、ちょっと猫背で原稿書いてる背中を、後ろから一晩中ツンツンするだけのバイトをさせてほしい』って」
「どんなバイトですかそれ……」
天が完全にタジタジになっていると、今度はアンジェラが身を乗り出してきた。
「でもねぇ、天ちゃん。アタシたち、あんたのことは絶対に襲ったりしないわよ。だってね、あんたの目、美和ちゃんを見てる時、完全に『この人のためなら国の一つや二つ、平気で滅ぼせる』って目を狂気的に輝かせてるんだもの。アタシたち、命は惜しいわ」
「狂気って……そんな、人聞きが悪いですよ。僕はただ、美和さんを一人の女性として、心から愛しているだけで……」
天が照れ隠しに眼鏡を押し上げながら弁明する。
その様子を、カウンターの向こうで静かにグラスを磨きながら見ていた美和の頬が、ほんのりと桜色に染まっていた。美和は、マツコとアンジェラにバレないように、そっと眼で小さな合図を送る。
「あら。美和ちゃん、妬いてくれた?」
アンジェラがそれを見逃さず、嬉しそうに身を乗り出す。
美和はすぐに上品な咳払いをひとつして、いつものプロの表情に戻った。
「まさか。私は、自分の夫の審美眼を信じておりますから。……それに、天ちゃんが他のお店でどんなに素晴らしいお酒を勧められても、最後に帰ってくるのは、私のカウンターだけです」
その、静かでいて圧倒的な絶対王者の風格に、マツコもアンジェラも「降参、降参!」と色っぽく両手を挙げた。
第四章:それぞれの戦場へ
「あー、笑った。さて、アタシたちもそろそろ、化け物の顔に戻る時間ね」
マツコがコンパクトを開き、鮮やかな深紅の口紅を、これ以上ないほど丁寧に、力強く唇に引き直した。その瞬間、先ほどまでの陽気なオカマの顔から、百戦錬磨の「夜の街の経営者」の顔へと空気が変わる。
アンジェラもピンヒールをカツンと鳴らし、ドレスの裾を整えた。
「美和ちゃん、最高のエネルギー補給になったわ。今夜の貸し切り、風花町中の泥酔男たちを全員、アタシの愛で包み込んで、財布をすっからかんにしてあげるわ!」
「ええ。お二人なら、きっと素晴らしい夜にできます。……いってらっしゃいませ」
美和の凛とした、けれど深い包容力を湛えた声に見送られ、二人の「薔薇」は、再びネオンが妖しく誘う風花町の喧騒へと飛び出していった。
扉が閉まり、再び静寂と、微かな桜の香りが戻ってきた店内。
天が大きく息を吐き出すと、カウンターの向こうから美和が、トレイを持ったままジッと天を見つめている。
「……美和さん?」
「天ちゃん。……さっきマツコさんたちが言っていたこと、本当?」
「まさか! アンジェラさんの冗談だよ。僕は美和さん以外の猫には、一切エサをあげないって決めてるからね」
天の必死な弁明に、美和はクスッと、今度は家で見せるような少女らしい笑顔を咲かせた。
磨き上げられた鉄刀木のカウンターの上には、激しい情念の残香と、変わらないふたりの甘い時間が、静かに、優しく溶け合っていた。
あとがきオカマなお姉様方、今日も店内を一瞬で極彩色に染めてくれましたね(笑)マツコさんの情念ネグローニとアンジェラさんのキール・ロワイヤル、
天ちゃんをいじめながらも優しい視線……書いていて本当に楽しかったです。短いけど、夜の風花町らしい華やかさと温かさが伝わったら嬉しいです。また次の閑話で、カウンターでお待ちしています。天照(Bar風花)




