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【Bar風花】第二章 千草お姉ちゃん攻略 ~凍てつく黎明、溶けゆく氷の監視者~

前書き


※超短編・心が溶けるだけの話です

※戦闘も恋愛もありません。ただ三日三晩書き続けた原稿と、氷の監視者が崩れる瞬間だけ

※Bar風花の外側、櫻庭家の朝の記録


三日三晩、原稿に魂を削り続けた天が、書斎で力尽きた。


午前五時。

離れから現れた千草は、監視対象である彼の姿を見て、思わず原稿に手を伸ばす。


そこに書かれていたのは、美和と風花町への、泥臭く熱い想い――。


冷徹な「白鹿」が、初めて名前を崩した。

「天さん……」


そして、朝焼けの中で初めて見せる、優しい膝枕。


凍てつく黎明が、ゆっくりと溶けていく。

静かで、温かくて、ちょっとだけ甘い朝の話です。


どうぞ、そっと覗いてください。

千草お姉ちゃん攻略 ~凍てつく黎明、溶けゆく氷の監視者~


第1章:監視者の侵入と、魂の読解

 

 風花町の平屋。その一角にある天の書斎は、三日三晩、一度も灯りが消えることはなかった。

 室内にはインクの匂いと、限界まで使い古された脳が発する熱気が澱んでいる。

 ルポライターとしての天は、今、人生で最も過酷な、そして最も「書きたい」衝動に駆られる案件に向き合っていた。

 皇グループの闇ではなく、その闇の隙間に咲く、名もなき人々の小さな幸福。それを形にするため、彼は食事も睡眠も、そして自らの肉体の悲鳴さえも、ペン先の音で塗り潰し続けていた。

 「……あと、少し……」

 掠れた声と共に、最後の一行を書き終えた瞬間、天の意識はプツリと断たれた。

 握っていた万年筆が手から零れ、机の上に乾いた音を立てる。それが、彼が深い闇へと沈んでいく合図だった。

 午前五時。朝食の準備のために離れから現れた千草は、書斎から漏れる灯りに、眉を僅かに寄せた。

 彼女にとって天は、まだ美和の夫であり、注視すべき監視対象でしかない。

 「……天様、だらしがありませんこと。……朝食の時間ですわよ」

 返事はない。千草は音もなくドアを開け、室内へ足を踏み入れた。

 そこには、デスクに突っ伏したまま、死んだように眠る天の姿があった。いつもの不敵な笑みは消え、土気色の顔には深い疲労が刻まれている。

 「ふん、人間とは、斯くも脆い生き物……」

 切り捨てようとした千草の指先が、天が最後に書き上げた原稿の束に触れた。

 監視という名目の下、彼女はその文字を追い始める。

 そこにあったのは、無味乾燥なルポルタージュではなかった。

 美和という女性がいかにこの町を愛し、そこに集う人々がいかに不器用に、けれど懸命に生きているか。そして、その『Bar 風花』という灯火を守るために、自分がこの命をどう使いたいか。

 熱を帯びた言葉が、千草の冷徹な脳内に直接、天の鼓動として響いてきた。

 「……この男、自分の命を削って……美和様のために、こんな言葉を……」

 千草の指先が、微かに震えた。

 かつて多くの命を掃除してきた彼女にとって、これほどまでに執着し、泥臭く「生」と「愛」を肯定する言葉は、眩しすぎる光だった。

 

 

 

第2章:決壊する慈愛、呼称の崩壊

 

 その時、天が苦しげな吐息を漏らし、激しくうなされた。

 千草が思わずその額に手を触れると、そこからは尋常ではない熱が伝わってきた。

 「……っ、天様!? 天様、しっかりなさいまし!」

 身体を揺さぶるが、天は朦朧とした意識の中で「……美和……さん……みんな……大丈夫……だから……」と、守るべき家族の名を呼び続けている。

 その瞬間、千草の中で、何かが音を立てて壊れた。

 監視役としての矜持。処刑人としての冷徹。

 それら全てを、天の放つ「人間の熱」が焼き尽くした。

 千草は天を抱きかかえ、リビングのソファへと運んだ。

 濡れタオルを用意し、彼の額を何度も何度も拭う。その動作は、もはやメイドの義務ではなく、傷ついた雛鳥を慈しむ母鳥のそれだった。

 「……もう、よろしいのです。天様……いえ、天さん。……もう、そんなに一人で頑張らなくてよろしいのですわ」

 千草の瞳から、一筋の涙が零れ、天の頬に落ちた。

 「……わたくしが、白鹿が……あなた様を、ずっと守って差し上げますから。……だから、どうか死なないで……天さん……」

 かつて「氷の処刑人」と呼ばれたその指先が、天の髪を愛おしそうに梳いていく。

 彼女は監視という名目で、彼の傍らを一歩も動かなかった。彼が発する熱が、自分自身の氷の心を溶かしていくのを、静かに受け入れながら。

 

 

 

第3章:黎明の膝枕、新しい日常の予感

 

 窓の外が、白み始めた。

 天は、何かに包まれているような、不思議な安心感の中で目を覚ました。

 身体はまだ重いが、あの突き刺さるような悪寒は消えている。

 「……あ、れ……」

 視界に入ってきたのは、白い天井ではない。柔らかく、温かな、何かの感覚。

 視線を上に巡らせると、そこには――。

 「……お目覚めになりましたか、天さん」

 そこには、朝日を背に受け、これまで見たこともないような慈愛に満ちた微笑みを浮かべる、千草の顔があった。天の頭は、彼女の膝の上にしっかりと収まっていた。

 「……千草、さん……?」

 「いいえ。……今この瞬間、わたくしはあなたのお姉ちゃんですわ。……さあ、もう少しだけ、わたくしに身を委ねていなさいな。美和様が起きるまで、わたくしがあなたを、たっぷりと『よしよし』して差し上げますから……」

 千草の温かな手のひらが、天の目を優しく覆う。

 天は、反論する気力も、そしてその必要性も感じなかった。

 ただ、彼女の膝から伝わる、神の如き絶対的な安らぎの中で、もう一度だけ、深い眠りへと落ちていった。

あとがき


千草お姉ちゃん、ついに攻略されましたね(笑)


冷徹な監視者だった彼女が、天さんの原稿を読んで、額に手を当てて、膝枕をして……

「天さん」と呼ぶ瞬間に、胸が熱くなりました。


氷が溶ける音が、はっきり聞こえるような朝でした。


短いけど、大切な一ページです。

読んでくださってありがとうございます。


また次の朝に、離れかカウンターでお待ちしています。


天照(Bar風花)

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