第二十五話「成長、消失」
ズンッ、と重い地響きとともに、黒い毛並みの巨体が倒れ込んだ。
「やった、仕留めた!」
俺――村上永和は、荒く息を吐きながら倒れた獣を見下ろす。
大きな熊型の魔物。木々をなぎ倒すように暴れまわるこの森の主だ。
その巨体を前にして、俺たちは堂々と立っている。
「さすがに強かったわね……」
隣に立つのは、もう一人の戦士。
白銀の髪に、耳のないエルフ――ユーニスだ。
少し乱れた髪をかき上げながら、汗を拭っている。
「でも、本当に永和は強くなったわね。 このレベルの魔物になると、きっと私一人では倒せない」
「それはこっちのセリフ。 結局最後は、ユーニスの一撃でトドメだったじゃん」
「ふふっ、共同作業ってことで」
二人で顔を見合わせて笑った。
あの黒騎士たちとの死闘を乗り越えた後、二人は確実に強くなっている。
特に永和はイワン戦から急速に成長していた。
以前まで使いこなせていなかった魔力を、完全に使いこなせるようになったのだ。
今の永和はユーニスにも引けを取らない力を持っているだろう。
それを証明するには、十分すぎる討伐だった。
◇
町に戻ると、いつものようにギルドへ直行する。
受付には、いつもの顔――受付嬢がいた。
「あっ、お二人とも! おかえりなさい! 熊型の魔物、討伐成功ですね! 証拠の牙も確認しました」
「これでまた少しは報酬も入るかな」
「それだけじゃないですよ!」
受付嬢は、なぜか少し嬉しそうな顔で、俺たちに向き直る。
「ついに、あなたたちのランクが【ゴールド】に昇格しました!」
「えっ」
「えぇっ!」
思わず、俺とユーニスの声が揃った。
受付嬢は小さく頷き、証明書を差し出す。
俺の冒険者カードには、しっかりと金色のラインが入っていた。
「ゴールドランク……本当に?」
「はい、本当です。ラーヴァとの戦いに加え、複数の魔物討伐実績が評価された結果ですね」
目頭が熱くなる。
やっと、ここまで来たんだ。
◇
「おいおい、ついに追いつかれちまったなぁ」
その声に振り向くと、ゴツい体躯のスキンヘッド――ゴールド冒険者のガルザンがいた。
「ガルザンさん!」
「まさか、お前らがここまで早く上がるとはな。 正直、驚いたぜ。 ……でも、嬉しい驚きだ」
「ありがとうございます!」
「これで、正式にゴールド仲間だな!」
ガルザンは照れくさそうに笑って、大きな手で俺の肩を叩いた。
その衝撃に思わず前のめりになるが、それすら嬉しかった。
◇
宿に戻ったのは、日も沈みかけた頃だった。
「……今日はいろいろあったな」
「うん、すごく嬉しかった。 まさかゴールドランクに……」
ベッドの上に腰掛けて、俺は余韻に浸る。
横では、ユーニスも軽く笑みを浮かべていた。
……でも、どこか違和感があった。
「ユーニス。 何か元気ない、っていうか……どうかした?」
少し沈んだような瞳を見て、俺は問いかける。
「え? ううん、そんなことないよ。 今日は……本当に、嬉しかった」
その返事は、確かにいつもと変わらない声だった。
でも、何かが、どこかが、引っかかっていた。
(……気のせい、かな)
何かを言おうとして、やめた。
夜は更けていき、明日も任務があるだろうと、俺たちはベッドに潜り込んだ。
◇
翌朝。
朝日が差し込む静かな部屋。
俺は伸びをしながら、隣のベッドに声をかけた。
「ユーニス、おーい、そろそろ起き――」
……誰も、いなかった。
枕元に置いてあった彼女の短剣もない。
昨日脱ぎかけていた服も、消えていた。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
俺は、胸を掴まれるような感覚に襲われた。
「ユーニス……?」
名を呼んでも、返事はない。
静かな、あまりにも静かな朝。
その静寂が、やけに重かった。




