40 白い魔獣
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「え?ジュリエンヌ様?」
そう、テオフィル王弟殿下が担いできたのはジュリエンヌ様だった。
「う、ううん……」
うめき声が聞こえるということは生きてるんだ!良かった!でも、他の人は……?
「テオフィル王弟殿下、他のメンバーはどうなさったのですか?」
「…………」
赤毛のリーダーが走りながら問いかけるけど、テオフィル王弟殿下は無言のままだった。
追いかけてきたのは大きな猫のような魔獣だった。猫といってもその大きさはシエルやアル様の黒馬よりもずっと大きい。白い毛並みに黒い縞模様。尻尾を振りながら四つ足で走ってくる。時折パチッパチッとはじけるような音がして不気味だ。
突然その白い魔獣は立ち止まり、赤い口を開いておおおおおおおおっと地鳴りのような雄叫びを上げた。すさまじい魔力が迸る。
瞬時にあの青い魔獣の記憶が蘇った。全力の魔力を放出してドーム型の盾を展開する。と同時に物凄い轟音と振動がドームと地面を揺らした。
「うわあああああああああl!!」
「きゃああああああl!!」
ドームの中に悲鳴が響く。
空から数秒間の間、巨大な雷が降り注いだのだった。
しんと静まり返る空間。焼け焦げたような匂いが充満してる。
「ソラ!大丈夫か」
「はあっ、はあっ、アル様……良かった……防ぎ、きれた……」
両手をついて座り込んでしまった私をアル様が支えてくれた。アル様からもらったペンダントとバジル君作のブローチが熱を持ってるのを感じる。
「何だったんだ……今のは……」
バジル君が茫然と呟く。バジル君は精霊石の小さな杖を両手で握ったまま両膝をついている。防御魔法を上掛けしてくれたみたいだ。
「バジル君、ありがと……」
「あ、ああ」
「呆けてる場合じゃない!!逃げるぞ!!」
シュシュ先輩の言葉にみんながハッとする。シュシュ先輩はバジル君の腕を取って立ち上がらせる。アル様が私を抱きかかえてくれた。
シュシュ先輩が道案内の魔法を発動させて、私達の隊とテオフィル王弟殿下は西の森を後にした。
アル様が抱きかかえて走ってくれたから、私だけは後ろをずっと見ることができていた。
「追いかけてくるのをやめた……?」
急に立ち止まって後ろ足で頭をかいてたような気がする。そして、その白い魔獣の金色の瞳が私を見た。
目が合った……、そして笑った……?
森の外にもうっすらと霧……。心なしか出発した時よりも霧が濃くなってる。
テオフィル王弟殿下はジュリエンヌ様を下ろすと、もう一度森へ戻ろうとした。だけど赤毛のチームや騎士様達に必死で止められてた。
ジュリエンヌ様は呆然と座り込んでる。小さな擦り傷なんかを赤毛の治癒魔法使いが治してくれているけれど反応が無い。
報告が行ったのか、森の外で待機していたセルジュ様がクレール様と一緒にテオフィル王弟殿下の元へやって来た。
「一体何があったのですか?叔父上」
テオフィル王弟殿下は苦し気に説明を始めた。
テオフィル王弟殿下が率いる隊は最初、いつも通りに魔獣と遭遇していたそうだ。だけど、そのうちに魔獣が全く現れなくなった。そしてあの魔獣と遭遇する。座り込んだジュリエンヌ様と周りに倒れてる調査隊の仲間達を発見した。テオフィル殿下はジュリエンヌ様に声を掛けるけど反応が無くて、仕方なく退却を決意したそう。けど、あの白い魔獣はとても強くて、テオフィル王弟殿下を守って逃がすためにみんな残ったそうだ。
「今なら助かる。救助に行かねばならないのだ!」
「お待ちください!行くにしてもお一人では無謀です!ちゃんと救助隊を編成します」
「そうです!対策を行ってからでないと、また被害者が増えてしまいます!」
今にも飛び出していきそうなテオフィル殿下をセルジュ様とクレール様がなんとか止めていた。
「あ、わたくし……フランセット様達が、いなくなってしまって……。皆さんも倒れてて……。急に魔獣が現れて、皆さんが攻撃を始めて、それで……」
ジュリエンヌ様がようやく回復したみたいで、治癒魔法使いの人に向かって話してる。でも混乱してるのか言ってることが支離滅裂で、目もどこを見てるのか分からない。ポロポロと涙を流し始めた。
「ソラ、大丈夫か……?」
アル様は心配そうに私を見てる。私を抱き上げたまま。
「アル様……。大丈夫です。ちょっと魔力を使いすぎただけなので、もう歩けます」
「駄目だ。このまま城まで連れて行く」
「アル様……」
クラっとめまいがしたのでアル様に寄り掛かってしまった。そんな私にアル様が頬をすり寄せる。
「ありがとう。ソラのおかげで助かった」
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ん、もう、夜……?
暗い部屋の中、隣で眠るアル様の顔を見る。
ああ、アル様の顔ってやっぱり綺麗だな。
いつの間にか眠ってしまったみたい。目を覚ますと私はベッドで寝ていた。寝返りをうとうと思ったけどがっちり抱きしめられていて動けない……。完全に目が覚めた!!
「ア、アル様……?何でまた一緒に……?」
そうか、あの後お城に帰って来てそのまま……。あれ?ローブと上着と、キュロットをはいて無い……。シャツ一枚だけなんですが……。
「ソラ?起きたのか……」
アル様が私の顔を覗き込んでそのまま唇が重なる。
「んん……アル様、待って下さい……」
「どうした?真っ赤だぞ?もしかして熱が出たのか?」
アル様はそう言って私のおでこに手を当ててくる。
「い、いえ、そうじゃなくて……」
私はちょっと目を逸らした。
「……恥ずかしいのか?今更だろう?」
アル様はきょとんとした後、ちょっと意地の悪そうな微笑みを浮かべてる。
「……!そ、それは……」
何てこと言うの?アル様……。確かにいまさらだけど。ゆうべはずっと一緒だったし……って、そうじゃなーい!
「あの、あれからどうなったのですか?」
ベッドから起き上がったアル様は厳しい顔でふうっと息を吐いた。私も体を起こした。まだ力が入りづらいようなふわふわとした感覚があるけど魔力が戻って来てるのを感じる。
アル様が水差しからグラスに水を注いでくれて渡してくれた。私が飲み干すのを待って、もう一杯を注いでくれようとしたけど、私はその手を止めて話を促した。
「…………酷いものだ。三分の一程の隊がまだ戻ってない」
「……!」
言葉が出なかった。出発前の嫌な予感が当たってしまった。
「……すさまじかったな……あの白い魔獣も。俺の手にも余るかもしれない」
アル様はあの魔獣と戦うつもりなんだろうか……。やめてほしい。絶対に。
「……あの魔獣はたぶん本気じゃなかったと思います」
「どうしてそう思う?」
「笑ってました」
「笑ってた?」
「はい。そう見えただけかもしれませんが……」
怖い……。だけど私みたいにまだ救助を待ってる人がいるかもしれないと思うと、早く助けに行きたいとも思う。
食欲は無かったけれど、アル様が持って来てくれてた食事を少しだけ食べて休むことにした。アル様にも部屋にもどってゆっくり休んでもらおうとしたんだけど、頑として譲ってくれず結局また一緒に眠ることになった。
魔力切れでふらふらになってしまっただけだけど、かなり心配をさせてしまったみたい。あの時は咄嗟にああするしかなかったけど、今度はみんなの力も借りて無茶しないようにしよう。反省だ……。
アル様の寝顔を見ながらそんなことを思った。
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