22 男達の会話
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「ソラの事、どうするつもりなんですか?」
バジルは、珍しく慌てた様子で階段を降りてきたアルベールを引き留めた。人を感知すると灯る魔法ランプがぼんやりと彼の顔を照らしている。
(青ざめてるけど赤い……?)
様子のおかしいアルベールを自分の部屋へ引き入れて白状させた。
最近のアルベールはバジルが出会った当初の無表情が嘘のように色々な感情を見せている。誰の影響なのかは明白なのだが、当の本人は激鈍の上におそらく自分の出自ではアルベールとの未来など無いと思い込んでいるので、二人の関係はちっとも前に進まないのだ。まあ、ソラにしてみればそう思うのは当然のことだ。だからアルベールがさっさと覚悟を決めて頑張らないとどうにもならないと他人事ながらバジルは少々苛ついていた。セルジュが戻って来たことでやっと焦り出したようだ。
「ああ、やっとソラに気持ちを伝えたんですねぇ。喜ばしいことです。で?」
うんうんと腕を組み先を促すバジル。それだけか?それだけじゃないだろう?と。どうやらアルベールは今までもそれとなくソラにアピールはしていたようだ。ただ、それをやるには相手が悪い。察してもらうには相手が悪すぎるのだ。激鈍だから!
(ソラは自己肯定感というか、自己評価が低いんだよね)
魔法での戦闘ではバジルもソラには敵わなかった。ソラは魔法戦闘のセンスがずば抜けている。更に言えば目の前のアルベールはそれ以上のバケモノで、バジルは同じ学年に彼がいなかったことを心底ありがたいと思っていたのだ。彼がいたらバジルは学年首位として卒業できなかっただろう。
(まあ、その他の科目ではソラに追随を許さなかったけどね。僕には僕の願いがあるから、学年首位卒業は譲れなかった)
それにソラは密かに男子生徒の間で人気があった。他の女子生徒は殆どが貴族の令嬢だから、表立って平民のソラを褒めるような男達はいなかったけれど。貴族の令嬢達が美容に金をかけたり、着飾ったりしているのはバジルも良く知っている。魔法学園ではよく女子生徒達がやれ、どこの化粧品がとかどこの宝石店がとかドレスショップのデザイナーが……と騒いでいるのを耳にしていたから。ただ、ソラはそんなことをしなくても彼女達に引けを取ってはいないとバジルも思っていた。華やかさは無いかもしれないけれど、透明感のある爽やかな可愛らしさがある。
(まあ、シュシュテイン先輩ほどじゃないけどね)
バジルがそんなことを考えていると、アルベールがやっと重い口を開いた。
「…………つい、口づけを……」
アルベールはやってしまった、という表情をしながら口を押えている。アルベールにしてみれば、わざわざバジルに説明する義務はないはずだ。しかし動揺しているアルベールはその事に思い至らない。
「ほう!」
(何だ、あんたも結構やるじゃないか!ちょっと見直したぞ!しかし本当にソラ関連だと表情豊かになるな!)
心の中でついにタメ口になるバジル。
「ひたいと頬に……」
「ちっ!ダメじゃん」
もはや王族への敬意など吹き飛んでるバジルだった。しかしアルベールは気にした様子もなく、ただ自分の行動に戸惑っている様子だ。
「それで?ソラの反応、返事は?」
「…………」
(なんだ?その沈黙は?)
「まさか、聞かずにそのまま逃げて来たとかじゃ……」
「欲望のままに行動しすぎた……。嫌われたかもしれない」
(いやいやいや!ちゃんと聞けよ!まあ、聞かなくても分かるけどさあ!まずはきっちり両想いになっておけよ!それにあんたの欲望はその程度なのか?足りないよ!もっとガッといけよ!!)
アルベールは青い顔で落ち込み、やっぱりヘタレだった!とバジルは頭を抱えた。
「とにかく!今、ソラはパニック状態だろうから!さっさときっちり結婚も申し込んできてくださいよ!」
(あんたが相手を決めてくれないと、シュシュテイン先輩が自由になれないだろ?)
「善処する」
男達は夕闇の中でぼそぼそとこれからの対策を話し合うのだった。
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「セルジュ様、まだソランジュ様を諦めてないのですか?以前に無理だと申し上げましたのに」
クレールは青星塔、二階フロアの図書室でセルジュに問いかけた。セルジュは開いた本のページから目を上げた。
「彼女だってこんな危険な仕事をずっと続けていけるわけではないし、本当は王都へ戻りたいだろう。僕はゆくゆくは未闇の地、調査隊の統括を叔父上に代わって行う立場だ。僕と結婚すれば彼女の才能も生かせるし調査隊とも関われる。それに今よりもずっと贅沢な生活ができる」
「いえ、そういう事ではないと思いますよ?」
クレールは困った顔で笑った。自分より年下のこの王子は性格は悪くないのだが、考え方がやや独善的なのだ。
「ソランジュ様はそういったことを望まれてるようには思えません。それにアルベール第一王子殿下を好ましく思ってらっしゃるようですよ?」
正直貴方は学園にいた頃からあまり好かれてはいなかったですよね?喉元まで出かかった言葉をクレールは飲み込んだ。
ソランジュは王族や貴族の慣例などに詳しくないので知らないだろうが、昔からより良い血を取り入れるために能力のある平民を一族に迎え入れることは良く行われてきたことだった。但し、愛人や妾として。そして生まれた子を正妻の子として育てるのだ。クレールはそういうことには嫌悪感を覚える性格だった。仕える主君も同じだったようで、セルジュはソランジュのことを正妻として迎えるつもりであるようだ。
「とにかく!この赴任期間中に僕の有用性を認めさせてみせるぞ!ソランジュ・フォートレル!」
元気いっぱいのセルジュに、自分の話を聞いていたのだろうかとクレールは頭を抱えたくなった。しかし、セルジュの次の言葉に冷たい水を浴びせられたような気持ちになる。
「……それに彼女にとっても、兄上と一緒にいるより僕といる方が安全なんだ」
セルジュの言葉と瞳にはほんの少しの陰りが宿っていた。
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