21 流れ星
来ていただいてありがとうございます!
「やっと落ち着いた……」
青星塔の厨房でお菓子の材料を混ぜながら、ホッと息をついた。
交流会の翌日、私達は青星塔へ戻って来た。セルジュ様とクレール様を除いて。彼らは少し王都で用を済ませてから戻るそうだ。戻るとすぐに幻霧が発生して、三日間調査探索が続いてた。それでやっと今日一休みできたのだった。
「今日は何を作るの?ソラ」
レアさんがお茶のカップを持って私の手元を覗き込んでいる。
「ネージュです」
ネージュはふわふわした小さなケーキだ。ジャムやクリームを添えて食べることもあるんだけど、私はそのまま食べるのが好きだ。これも小さな時に母さんが作ってくれたことがある。この前見つけた本に作り方が書いてあったから、懐かしくて作ってみたいって思ってたんだよね。
「こんな本、図書室にあったんだ」
ニナさんがパラパラと本をめくった。
「そうなんです。この前偶然見つけて……」
出来上がった生地を型に流し入れて、余熱が済んだ焼き窯に入れていく。ちょっと暑いけど今日はこれを作りたいのでちょっと我慢だ。ニナさんとレアさんはいつも快く厨房を貸してくれるので、感謝しかない。
「わ!もう膨らんだ!」
焼きあがったネージュはふわふわでほんのり甘くて、懐かしい味がした。
お茶の時間になるとみんな食堂に集まって来る。焼きあがったネージュも他のお菓子と一緒にテーブルに置いた。
「ていうかさ、ソラって本当にここが流刑地みたいに思ってたの?」
バジル君は呆れたように片肘をついてネージュを口に放り込んだ。お行儀悪いよ?
「だって……、授業の最初にチラッと聞いただけで、私は王都以外で就職っていう予定が無かったし……」
まさかここがそんな位置づけの未闇の地だとは思ってなかった。確かに授業の最初に危険だって聞いてた気がするけど、他の勉強に必死で忘れ去ってしまってた。
「アル様、美味しいですか?」
「ああ。ソラのお菓子は美味しいよ」
「ソラが作れば何でも美味しいんじゃないんですか?殿下は」
いたずらっぽく笑うレアさん。
「そうだな。ずっと食べたいな」
次々とネージュを口に入れるアル様。
「……アル様」
素人の手作りのお菓子なのにそんな風に言ってもらえて凄く嬉しい。未来を感じちゃう言葉につい期待してしまう。けどダメだ。交流会の時の華やかな女の子達に囲まれていたアル様の姿を思い出して気持ちを押さえこんだ。
「私は料理人には向いてないと思いますよー?」
私は笑って軽めに答えた。
「…………」
何故かアル様を筆頭にみんなに沈黙が降りる。バジル君に至ってはため息をついてアル様を睨むように見ている。エミリアン様を怒らせてしまった時みたいに、気づかずに変なことを言っちゃった?どうしよう。
何だか妙な空気になっちゃったその時、バタバタと足音がして食堂に入って来たのは
「狡いぞ!僕も一緒に茶を飲むぞ!」
セルジュ様だった。戻られたんだ。まだ赴任期間は残ってるんだっけ。
「また、お世話になります」
クレール様も苦笑いして後から入って来た。そこからは賑やかなお茶の時間が再開した。
「それにしてもどうして僕達が西の森に呼ばれたんです?」
バジル君は西の森では大した収穫(魔法石)が無かったのでつまらなかったらしい。眼鏡を拭きながらセルジュ様に尋ねた。
「西の森では王都に近い場所でもやけに強い魔獣が出現するようになってしまったのです」
お菓子を食べるのに夢中になってるセルジュ様に代わってクレール様が答えてくれた。
「今までは森の浅い場所でもそれなりに魔法石を採ることもできたし、出現する魔獣も弱く倒しやすかったのですが……」
「皆それに慣れてしまったんだ。少し強い魔獣が出現するだけで戦わずに逃げる者達が増え始めた」
お菓子を食べて満足したのか、お茶を飲みながらセルジュ様が話を引き継いだ。
テオフィル王弟殿下はそれを嘆いていて、最近結晶石が採れている私達の戦いぶりを見せて、士気を高めようとしたらしい。実際に魔晶石を落とす魔獣との戦いを見て、自分達もってやる気を見せる調査チームも出てきたそうだ。
「叔父上はまだ君を諦めきれてないようだったよ、ソラ。どうだい?僕と一緒に王都へ帰らないか?ああ、返事はまだいいよ。まだ時間はたっぷりあるからね。ゆっくり口説くから」
セルジュ様は私に話しながら、アル様を真正面から見つめた。ああ、何だかまた変な雰囲気に……。
その時、シュシュ先輩がパシンと手を打った。
「さあ、諸君!そろそろ休憩は終わりだ。それぞれ仕事、訓練に戻りたまえ」
シュシュ先輩の笑顔にホッとした。それぞれに食器を片付けて仕事に戻ることになった。
「ありがとうございました!」
お茶の時間にちょっと変な雰囲気になっちゃったけど、剣の稽古は普通につけてもらえた。
「次の探索調査には、剣を使った戦闘を試してみよう」
「え?いいんですか?」
「ああ、でもあくまで様子見だ。出現した魔獣によってはいつも通り遠距離からの魔法攻撃で対処だ。いいね?」
「はいっ!!」
やったあ!剣が解禁だ。もちろん魔法剣士としてすぐに戦力になれるとは思ってないけど、私も成長してるってことだよね!目標は結晶石を落とすような魔獣を一人で倒せるようになること!これなんだ!
「明日、会議室でソラにあう魔法剣を見繕おう」
「はい。ありがとうごさいます!アル様!!」
日が落ちて夕闇が迫る中、アル様が目を伏せた。
「…………」
何かを言いかけてやめるのを繰り返してる。
「アル様?」
「俺はソラを死なせたくない。傷ついて欲しくない」
アル様の手が私の頬に触れた。あ、なんかこの先は聞いちゃいけないような気がする。私は一歩後ろに下がった。後ろには壁。その向こうには広大な星降りの谷。
「えっと、大丈夫です!絶対に無理はしません。シュシュ先輩も大事なのは成果じゃなくて無事に帰還することだって言ってますし」
アル様の青紫の瞳が私を真っ直ぐに見つめてる。どうしよう……私、これ以上離れられない。目も離せない。
「ソラの枷になりたくない」
枷?どうしてアル様が私の枷になるの?逆はありそう。更に縮まる距離。
「だけど、手放す気も誰かに譲る気もないんだ」
近づいてくる綺麗な瞳、思わずぎゅっと目を閉じてしまった。唇にわずかに温かい熱を感じる。
そしておでこと頬に柔らかな感触。耳元で囁かれる低い声。
「好きだ」
アル様は階下に降りて行ってしまった。私はドアが閉まると同時に屋上の床に座り込んだ。模造剣を抱き締めて。
夕暮れの空に星が一つ流れた。
ここまでおよみいただいてありがとうございます!




