20 落星の谷の真実
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ダンスホールに華やかな音楽が流れ始めた時、私は暗い廊下を歩いていた。
ちょっと食べすぎちゃった……。腰のリボンをほんのちょっとだけ緩めたい。コルセットをつけてるからあんまり意味がないかもしれないけど。
「ソランジュ、やっと出てきたな。星獣を手懐けるなんて一体どんな手を使ったんだ?」
廊下に面した庭園から突然エミリアン様が現れた。ドレスを着たマリエットが背中にくっついている。
「エミリアン様?謹慎中なのでは?どうしてここへ……?」
エミリアン様のチームはこの前の命令無視のせいで謹慎をしているはずだ。エミリアン様はあくまではぐれただけだと言い張ってると聞いていた。
「そんなことはどうでもいいだろう。ソランジュ、僕の元へ戻って来るといい。僕の調査チームに入れてあげるよ」
珍しくにっこりと笑ってエミリアン様が手を差し出した。いきなり何?不気味なんだけど。
「将来の事を考えたら、あんな僻地にいるよりも王都で暮らした方がいいだろう?」
引きつったような気味の悪い笑顔で近づいてくる。
「お断りいたします」
「何だと?!ああ、第一王子の妃の座でも狙ってるのかい?無理無理。無理だよ?アルベール第一王子に何を言われたのかは知らないけれど、平民が王族に本気で相手にされる訳がないだろう」
マリエットがピクリと眉を上げた。
そんなことは言われなくても分かってる。
「そういう事ではありません。そのような失礼なことは考えておりません。私には無理なのです。まだ未熟者なので」
「ああ、自分の事は良く分かってるようだな、しかし……」
「皆さんを守りつつ魔獣と戦うには力不足なので……」
戦った魔獣の事を思い返して、自分一人で倒せるだろうか?って考えた。エミリアン様と力を合わせたとしても今回の魔獣二体には勝てないって思った。アル様とセルジュ様がもう一体を倒してくれなかったら、逃げることも出来なかったかもしれない。まだまだ学ぶことが多い。
「私はアルベール殿下のように強くなりたいんです。だから王都には戻りません」
「なっ!僕を馬鹿にするのか?!」
「……え?いえ、エミリアン様は今回の魔獣を倒せなかったんですよね?私も一人ではとても対峙できなかった。逃げ切ることも出来なかったと思います。私なんかよりもっと強い方をチームに迎えた方がいいと思うんですけ……」
「だ、黙れっ!僕はチームの安全を優先して退却を選んだだけだっ!」
エミリアン様の額には青筋が浮かんで、見たことが無いくらい怖い顔をしてる。あれ?私怒らせるようなこと言ったかな?
「プッ!あはははははっ!安全を優先ねぇ。ならば命令を無視して勝手な行動をしたのは何故なのかな?」
「シュシュ先輩?」
シュシュ先輩が私の後ろに立って私の両肩に手を置いてる。いつの間に?いつから?
「私も化粧室にご一緒しようと思ってね。追いかけてきたんだよ」
シュシュ先輩は私を庇うように前に出た。
「残念ながら、ソラは私のチームのエースだから君にはあげないよ?」
エースだなんて……。嬉しい。嬉しすぎて思わず呟いてしまった。
「シュシュ先輩……大好き」
「おや?私もだよ、ソラ。じゃあ私達は両想いだね。そんな訳だからドーミエ君は諦めてくれたまえよ」
シュシュ先輩は片目を瞑ってエミリアン様に笑いかけた。
「…………ちょっと貴族や王族と仲が良いからっていい気になるなよ!」
「ソラに命を助けてもらったのに、その態度なんだ。凄いね」
バジル君まで後ろに来てた。バジル君はシュシュ先輩について来たんだね。
「バジル・ギュメット……。お前も落星の谷にいたんだったな。フン!学年一位の天才魔法使いでも平民だと惨めなものだな!」
「はあぁ……。何か勘違いしてるようですけど、僕は志願して落星の谷に行ったんですよ?」
「負け惜しみだなっ!!結局は王都の西の森の調査隊が花形なんだよ!落星の谷は落ちこぼれの集団だ!第一王子だって……」
「何か勘違いをしてるんじゃないのか?」
エミリアン様の怒鳴り声を聞きつけたのか、セルジュ様が割って入った。隣にはアルベール様、後ろにはクレール様もいる。
「セルジュ殿下っ!アルベール殿下っ!」
マリエットがエミリアン様の背中から飛び出してきた。こんな所にみんなで来ちゃっていいの?今夜は交流会なのに。
「落星の谷は西の森よりもずっと危険な場所なんだ。だから長いこと手つかずだった。あの場所の調査を行う者は相応の能力を要求される。だからずっと期待されてない土地だったんだよ?けれど全く無人にしておくことはできないから、希望する者やあまり力の無い者が塔を管理するために配属されてきただけだ。バジル・ギュメール、ソランジュ・フォートレル、そしてシュシュテイン・ヴェンナシュトレームや兄上が揃ってようやく本格的な調査が出来るようになったんだ」
「え?…………」
セルジュ様の説明に茫然とするエミリアン様。そうなんだ。私も知らなかった……。魔法学園では落星の谷に行くことを島流しだって言ってたから。王都を離れることを嫌がる人ばかりだったと思う。
「今の落星の谷の調査チームは王国で一番の精鋭の集まりだ」
アル様がセルジュ様の言葉を補足する。
「そ、そんな……」
エミリアン様が真っ青な顔で肩を落とした。
「お待ちくださいっ!セルジュ殿下、アルベール殿下!本来なら私が落星の谷に配属されるはずだったのですわ!ソランジュがそちらへ行ったのは何かの間違いなのです!今からでも私がそちらへ参りますわ!」
「マリエット?君、一体何を言ってるんだ?」
エミリアン様が困惑している。マリエットはエミリアン様のことを好きなのにどうしてこんなにセルジュ様やアル様に拘るんだろう?
「セルジュ殿下のお話は聞いていたのかな?マリエット嬢が配属される予定だったのは、その、大変言いづらいのだが単なる数合わせ、あるいは振るい落としだったんだ。成績が振るわない者への救済措置でもあるかな?来ても来なくてもどうでも良かった。まあ、マリエット嬢は早々に辞退を申し出ていたけれどね。一度決まった配属先を断ったのだから、エミリアン・ドーミエ君が君をチームに入れると言わなければ、調査隊にマリエット嬢の籍は無かったと思うよ」
「マリエットが辞退?」
「うん。ソラはアルベール殿下から直々に選ばれたんだよ。マリエット嬢、君の事は関係が無いんだ」
私とマリエットの勤務地が交換になったっていうのは間違いだったんだ。魔法学園の先生の所へ話が来るまでに何かおかしくなってしまったのかな。
「そんな……」
マリエットは座り込んでしまった。ああ、せっかくの綺麗なドレスが汚れちゃうよ……。
「君達は謹慎中だろう?このことは王弟殿下に報告させてもらう。さっさとここから出て行くんだ」
「…………」
セルジュ様の言葉にエミリアン様も床に膝をついてしまった。ああ、せっかくの高価な服が……(以下略)。
「これ以上ソラに関わるな」
アル様は冷たい表情でエミリアン様を見下ろした。
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