1-9 卒業試験
時刻は昼前、屋敷の裏口の扉を開ける。
今日の服装は外出する時と同じ、家紋が入った正装だが、今日はその上に木と革で作られた胸当ても着用している。
庭に出ると普段特訓をしている場所にはすでにミュウ先生の姿があった。
だがいつもと違うのは父様と母様もそこにいることだ。
「来たわね。……じゃ、早速やりましょうか」
今日は俺の13歳の誕生日。つまり、今日はミュウ先生と過ごす最後の日でもある。
ミュウ先生が普段どんな時も脱がなかった帽子とローブを脱いで母様に手渡す。
その下には動きやすそうなシャツとパンツ、そして俺と同じ胸当てを着用している。
そしてエルフ特有と言われる長い金髪を頭の後ろで1つに束ねた。
「はい。よろしくお願いします」
俺もそう言って帽子とマントを父様に手渡した。
「ま、何て言うの?何千年も生きてるから当たり前だけど…その、あっという間だったわね」
ミュウ先生が腕を組んであさっての方向に目を逸らしながらぶっきらぼうに言った。
「そうですか?俺としてはやっと地獄のような特訓の日々から抜け出せるって思いですけど」
わざとらしい笑顔でそれを否定する。まあ、実際つらい日々だったのは本当だ。
その言葉にミュウ先生もわざとらしく声を荒げて反論した。
「はんっ、あんなもんが地獄だなんて言うようじゃあんたはきっと大成しないわね!」
「いえいえ、可愛い子供がこんな目に合わないよう、俺の子供の時には別の家庭教師をつけようと思います」
「あーそう?頼まれたって二度と!来てやらないけどね!」
パンパンッ!
と、手を叩く音で口喧嘩が中断された。
「はいはい、そこまで」
気づけば父様が服をどこかに置いて戻ってきていた。
「8年も一緒に過ごしただけあって、仲が良いのはわかったからそろそろ始…」
『良くない!』
「あはは…気合は十分みたいだね。ゴホン!…じゃあ、始めるよ?」
先生と2人、父様を中心にやや距離を取って向かい合う。
「では、フィルの卒業試験の真剣勝負。ルールは無いけど、明らかに危険と思ったら止めるし、助けるからね」
「だそうですよ先生。安心ですね」
「あったまきた…!ギッタギタのボッコボコにして泣かせてやるからね」
「できるものならどうぞ」
構え、というほどのものでもないが、魔力をすぐにでも操作できるように集中する。
ミュウ先生も腕を解いて自然体で立つ。
長いような短いような静寂が訪れる。…5秒…10秒。
「じゃあ…始め!」
父様が掛け声を言い終わるよりも速い勢いで地面を蹴って距離を詰める。
特訓の時こそミュウ先生は風以外の魔法を使わなかったが、本来ミュウ先生は地水火風の全部の魔法を使える。反則だ。
しかし地と風はともかく、水と火は自分の手で媒介を用意しなくてはならない。
ならば接近戦で撹乱し、媒介を用意する暇を与えず、せめて地と風の2択を強制させる。
「…ッ!?」
ミュウ先生も予想外だったのか後ろに跳んで距離を離そうとするが、風で加速した俺から逃げられるほどは速くない。
「う、あああああああっ!!」
胸当てがないミュウ先生の無防備なお腹に目がけて拳を伸ばし、拳先からありったけの風を叩きつけ、下から振りぬいた。
「ふ、ぐっ…!?」
手応えは十分。メキメキという鈍い音と共に、ミュウ先生が屋敷の屋根を遥かに越えた高さまで一気に吹き飛んだ。
空中でくるくると回転していたミュウ先生だが、やがて勢いを失くして頭を下に地面に向かって落下し始める。
「……え?」
顔は見えないが体に力が全く入ってないように見える。
(まさか気絶してる?)
あのままでは受け身も取れずに頭から地面に落下してしまう。
思わず最悪の光景が目に浮かぶ。そんなつもりじゃなかったのに…。
「ちょっ、先生!」
慌てて落下地点に風でクッションを作ろうとしたその時
「はーあーいー」
ミュウ先生の向きがくるっと半回転し、そのまま何事もなかったようにふわりと両足で地面に着地した。
「あーはっはっは!驚いた?驚いたでしょ?先生が死んじゃう~、ってさ」
相変わらず『先生が死んじゃう~』の部分だけ甲高い声にして挑発してくる。図星ではあるが本当に心配して損した。
「いやー危ない危ない。間に合って良かったわ」
ミュウ先生がそう言いながら服をまくると石片がボロボロと地面に散らばった。
鈍い音はあの石板が砕ける音だったらしい。あの瞬間にガードしていたのか。
「じゃ、こっからもうあんたは近づけないから」
ミュウ先生がニヤリと挑発的に言い放つ。
その立ち位置をよく見ればすぐ側にあるのは…井戸だ。水魔法がくる。
「させません!」
咄嗟に突風を放つが、ミュウ先生も同じ規模の突風を出して相殺する。
「ざーんねーん」
ゴ…ポォ…!
と音を立てて井戸から人間が数十人はすっぽりとおさまるような巨大な水の塊が顔を出した。
井戸の中の水を全部取り出したかのような大きさだ。
(嘘だろ?さすがにあれは吹き飛ばせない…!)
「あんた今同時にいくつ操作できたっけ?6?7?」
ミュウ先生が嫌らしくニヤリと笑うと、巨大な水球から無数の拳大の小さな水球がポコポコと分かれ始める。
(まずい!)
恐ろしい速さで飛んでくる水球を風をまとった拳で弾きながら距離を取ろうとする。
「足元注意よん」
その瞬間見えない足元に岩の段差が出現し、思わず勢いよく足を取られ体が中に投げ出された。
(すぐに体勢を…!)
だが視界が薄暗くなったかと思った瞬間、頭上には残っていた巨大な水球が丸ごと浮かんでいた。
「はい、しゅ~りょ~」
そうミュウ先生が言い終わるが早いか、巨大な水球が俺に向かって叩きつけられた。




