20XX年 9月1日 重要参考人を確保
昼食時のピークを過ぎても、まだ10名程の客がいる、割と繁盛している昼間のコンビニ。
そんな平和な空気を意にも介さないように、体格の良い二人の警察官が入店してきた。
何ごとかと店長が顔を上げたその先で、警察官たちは化粧品を見ていた、紺色のブレザーを身にまとった女子高生を見つめる。
赤い蝶ネクタイが首元で揺れる、スプレットカラーの白いワイシャツ。タータンチェックの、膝上のスカート。髪は茶色に染めており、肩口まで伸ばしている。白くて若々しい肌。あちこちに視線がクルクルと動く、活発な瞳。
どこにでもいそうな。普通の女子高生である。
新学期が始まり、恐らく始業式のみだったのだろう。この時間に下校していても、不自然なことではない。
そんな彼女に、警察官はためらうことなく、腕に手を掛けた。
「な、何するんですか。離して、放して下さい!」
彼女がびっくりして甲高い声で叫ぶのを、店長も客たちも聞いていた。
しかし、警察官はまるで構う様子もなく、彼女の両腕を力づくで後ろ手に回し、もう一人の警察官が手錠を掛けた。
ガシャリと響く金属音が、彼女の、コンビニの、平和な日常を奪い去った。
「13:38 重要参考人を確保」
胸のポケットについているハンドマイクに、野太い肉声を入れる警察官。
「な、何なんですか! これ、外して下さい! いやぁ!」
パニックを起こしたように、泣き声で叫ぶ女子高生の左右の腕を警察官たちが掴み、そのまま店外に引きずっていく。
女子高生は必死に抵抗しているが、大人の男性の、しかも警察官に力で敵うはずも無い。
赤いサイレン灯を回しながら歩道に停められているパトカーに乗せられそうになって、女子高生は大きな声で「私は何もしていません! 止めて下さい!」と叫んだ。
店の客たちも、店長も、周囲の通行人も、みんな注目しているが、警察官はそんな視線などお構いなしである。
土蜘蛛が獲物を巣穴に引きずり込むかのように、彼女の姿はパトカーの中に消えて行った。
~ ・ ~
「止めて下さい! 放して下さい! 降ろして! 降ろしてよ!」
パトカーの後部室内でも、彼女は暴れ、藻掻いた。
だが、屈強な警察官に左右を挟まれ、腕を掴まれた上、後ろ手に手錠を掛けられているのだ。非力な女子高生には、どうにかできることなど無かった。
それでも彼女は、必死に抗った。そうすることが、結一の生き延びる道だとでもいうかのように。
~ ・ ~
警察署にパトカーが止まり、彼女は後ろ手に手錠を掛けられたまま、警察官たちに左右の腕を掴まれて、所内に連行される。
「放して! 放してったら!」
大きな声で叫び、足をバタバタさせて必死に抵抗する彼女だが、業を煮やしたらしい警察官たちは、掴んでいる腕ごと彼女を持ち上げる。
「痛い! 痛い! やめて!」
「だったら自分で歩け」
思わず叫んだ言葉に、やっと警察官の一人が反応した。しかしそれは、単に無機質な命令でしかなかった。
抵抗しても、無駄なのかもしれない。
でも、でも、自分は何もやってない。何も知らないのに。
仕方が無く、階段を昇る、いや、昇らされる。
でも、私は何もやってない、やってないんだ。
「放して! 私は何もやってない!」
騒ぎ続ける彼女の声にへきえきとしたらしい。
もう一人の警察官が「話は取調室で聞く」と言った。無感情を装いきれず、大声で叫ばれるのを嫌がっているようだ。
そうか、こうやって叫んで抵抗されるの、嫌なんだ。
彼女は少しだけ勇気を得て、更に叫び始めた。
~ ・ ~
取調室に連れ込まれ、無理やりに机の前のパイプ椅子に座らされた女子高生。
「放して下さい! 私は何も知りません! 何もやってないです!」
掴まれた腕を振り払おうと、身をよじってみるが、警察官たちの腕はビクともしない。
それどころか、着ていたブレザー服を脱がせようとしてくる。
「なにするんですか! やめて、やめてください!」
女子高生は抵抗するが、二人掛かりで、しかも大人の男性が相手なので、どうにもできない。ただ、手錠を掛けられているので、腕に引っ掛かって、剥ぎ取られるという事はないようだ。
警察官たちもそれは分かっていて、生地が傷まないようにブレザーを丸めているのだが、女子高生には伝わっていないようだ。
「やめて、やめて下さい! 放して! 放して下さい!」
ずっとそうやって、騒ぎ続けていると。
警察官たちは、取り調べを諦めたらしい。
手錠を外してくれた。
やった、やっと私の声が伝わった!
踵を返して逃げようとした女子高生だが、すぐに警察官が彼女を取り押さえた。
「いや! 放して!」
何とか振りほどこうともがくが、警察官はそのまま彼女の両腕を抑えて、また後ろ手に回してくる。
「いやぁ!」
甲高く叫んだ彼女の声に、再び手錠を掛けられる時の、硬質な金属音が、重なった。
~ ・ ~
後ろ手の手錠を外して貰えないまま、女子高生は警察署内にある留置場に入れられてしまった。
幸いにも、ブレザー服はハンガーに掛けられて、壁に吊るされている。
自分で着ることは、出来ないけど。
「私が何をしたって言うのよ……私、何も知らない……」
簡素なベットに腰かけて、牢屋越しに見える夕焼けを見つめる。
確かに、私は何もしていない。していないはず。
でも、それは単に、何も覚えていないだけなのではないだろうか?
女子高生は、その考えを、首を振って跳ねのけた。
いや、私は、何もしていないし、何も知らない。
うん、だってその通りなんだもん。
自分に言い聞かせるように、彼女はそっと呟いた。
~ ・ ~
何もする事も無いし、粗末で固いけど、横になることは出来る。
女子高生がうつらうつらしていると、ふと物音が響いた気がした。
ドアがそっと開き、20代前半位の男性の人影が見えた。
もしかして、ここから出してくれる?
期待で胸が高鳴った。
「何でもいい、君は何か知っているはずだ。なんでもいいんだ、話してくれないか?」
その声に、期待に膨らんだ胸が、萎んでいく。
「私、何も知りません。何もしてないです」
もう一度、同じことを聞かれたけど、同じように応えるしかない。出来ない。
この人、きっと刑事だ。
女子高生は、ようやくその事に気が付いた。
三度、言い方を変えながら同じことを尋ねられて。
三度、言い方を変えないで同じことを応えた。そうするしか、なかった。
若い刑事は諦めたのか、残念そうな顔で、部屋を出て行った。
ガシャリ、と、カギがかかる音を、後に残して。
無理にでも、逃げ出せば良かったんだろうか、と、女子高生は考えた。
いや、無理よね。一人とはいえ、相手は男の人だし。
それに、後ろ手に手錠を掛けられている。脱走は、到底無理。
女子高生は、諦めて、再び横になった。
少しでも体力を残しておいて、逃げ出すチャンスを伺わないと。
(つづく)




