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ドキッ! 理想の王子様がやって来た!……けど何だか少し様子がおかしくて…?

くだらないギャグを書きたくて

「――ほんとにしちゃったよ、転生……!」


 目の前に広がるのは、見慣れたゲームのタイトル画面……ではなく、豪華絢爛な寄宿学校の噴水広場。私は今、狂喜乱舞していた。



 神田あかね、23歳。ついさっきまで社畜を謳歌する会社員だったのだが、あろうことかセミのせいでトラックにはねられた。


 自転車を漕いでいたところ、前方から飛来したセミが腹部にダイレクトアタックをかましてきたのだ。急停車もできず、風圧で腹にへばりつくセミのバイブレーションにパニックを起こした私は、そのままトラックの前に躍り出た。……トラックのおじさん、本当にごめん。全部、全部セミのせいなんだ。


 そんなこんなで意識を失った私が目覚めた場所。それは、最近ドハマりしていた乙女ゲーム『クリスタル・ラブロマンス』の世界だった。




「すごい、全部ゲームのままだ……! それに私、もしかしてヒロインなんじゃない?」


 近くの窓ガラスを鏡代わりに覗き込めば、そこにはパッとしない茶髪に、個性のないぼんやりとした顔立ちの女の子が映っていた。


「よっしゃ! この地味さ、間違いなくヒロインだ!!」


 最高か? 最高だ!

 ――そう確信していた。

「彼」が現れる、その瞬間までは。




「やあ、こんなところでどうしたんだい? 迷子の迷子の子猫ちゃん」


 背後から響く、甘ったるいテノールの気障すぎる台詞。


 第一王子にしてメインヒーローのエリオット。

 画面越しに、その美貌に何度悶えさせられたか分からない。私は弾かれたように振り返った。


「エリオット様……っ!」


 だが、私の歓喜は秒で凍りついた。


「……えっ、ひっ」

「おや、どうかしたかな?」


 エリオットが、ニッコリと微笑む。

 その瞬間、私の背筋に猛烈な悪寒が走った。


(……こ、怖い。え、何これ、無理、めちゃくちゃ怖い……!!)



 ――【不気味の谷現象】。

 ロボットなどが人間に似すぎた際、ある一点を超えると猛烈な違和感と嫌悪感を抱く現象のこと。



 今、目の前にいる彼は、あまりにも「ゲームのまま」すぎた。


 肌には毛穴一つなく、陶器というよりは高級フィギュアのような生々しい光沢を放っている。現実世界では絶賛されていた美麗3Dグラフィックが、リアルに受肉したせいで完全に牙を剥いていた。


 瞳は不自然に大きく、光の屈折を無視してハイライトが一定の位置に固定されている。その中心の瞳孔は、なぜか見開かれたまま全開だ。


 そして何より――笑っているのに頬の筋肉がピクリとも動かず、口角だけが左右対称に、クイッと吊り上がっている。



(人間じゃない。これは、喋って動く精巧な蝋人形だ……!!)


「どうしたんだい。そんなに黙り込んで……」


 彼が一歩、また一歩と近づいてくる。

 その動きも異様だった。関節がカクついているわけではないが、重力を無視して地面をスライドするように、ぬるぬると寄ってくる。しかも、彼の周囲には謎のキラキラした粒子が常に舞っている。粉塵爆発でも起きそうな量だ。



「うおぁ……ああ、あの、失礼しますッ!!」

「おっと、逃がさないよ」


 後ずさった背中が壁に当たる。これが俗に言う壁ドンか。

 画面越しなら悲鳴を上げて喜んだだろう。だが、実際に見る解像度の高すぎる二次元は、ただのクリーチャーだった。



 ――ドンッッ!!!!

「ヒィッ!」


 耳元で、異様に大きな打撃音が鳴る。



「ふふ……私から逃げようとする女の子は初めてだな。面白い」


(ヒィ、出ちゃったあああああ! テンプレートだあああああ!!)


 ヒロイン補正が完全に裏目に出て、面白い女扱いされてしまった。大ピンチだ。



 あまりの精神的ストレスのせいか、「口の動きが、昔科学館で見た不気味なロボットみたいだなあ……」なんて現実逃避が止まらない。冷や汗が背中を伝う感覚で、肌が粟立つ。


 そうして意識を飛ばしかけている間に、音もなくエリオットの顔が眼前に迫っていた。



 至近距離で覗き込むエリオットの瞳孔は、黒インクで塗り潰したような無機質な色で、まったく生気を感じさせない。そして不自然に尖った鼻の穴は、なぜか肌色の膜で塞がっている。


 直視していると、気が狂いそうだ。これ以上、エリオットに関わったら私の精神が死ぬ。

 生存本能が、全力の逃走を選択した。



「う……うわああぁごめんなさい! 無理です! 質感が、質感が無理なんですぅ!」



 私は王子の腕の下を全力でくぐり抜け、脱兎のごとく駆け出した。


 背後から「フフッ、逃げ足の早さも子猫ちゃんだな。ますます気に入ったよ」という呪いのような台詞が聞こえた気がしたが、振り返る余裕なんて一ミリもない。



 私は知っている。


 この学園にはシークレットを含めあと四人、これと同じ「不気味の谷」のバケモノ――もとい、攻略対象がいることを。



「誰か……誰か、普通の人間を連れてきてえええええ!!」


 私の人形恐怖症によるサバイバル生活が、今ここに幕を開けた。

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