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怪異から見る文化人類学

 黴臭い埃の匂いをさせながら、大して効かない空調が低い音をさせながらぬるい空気をかき混ぜている。

 初老に差し掛かった頃だろう。幾分か髪に白いものが混ざり始めた教授は、壇上で気だるげに自著を読み上げていた。

 春の大型連休が明けた最初の講義だったが、年度の始まりには溢れかえっていた学生たちはその姿を消していた。必修ではなく、さらに最終時間帯という配置だからだろう。

 先輩からの口コミや学生課で配布されていた講義目録によれば好評価を持つはずの講義だが、割り当てられた教室は狭く不遇な時間帯配置なのは、目の前の教授にやる気がなく、ただただ念仏のように自著を読み上げるだけの講義内容で履修登録前に大半が脱落者となることを見越しているのかもしれない。


「では、今日の範囲はここまで。……ところで、今回の講義に参加している者は本講を履修登録した者と考えている。今後は出席を取らない。評価は前後期ともに筆記テストだ。前期は教科書の5章まで、後期は残りから出題する穴埋め方式、教科書および自筆のノートのみ持ち込み可とする。正答は全て教科書内に記載がある。単位が目的の学生は、これで解散してよろしい」


 講義開始からきっかり3分の1が過ぎた頃、教授が手にしていた自著(この講義では教科書という扱いだ)を閉じて今後の方針を語ると、帰り支度を始める学生たちが作る音が空間を占拠した。


「ね、天秋(たかあき)は残る?」


 隣に座っていた幼馴染の咲紀(さき)が小さな声で問いかけてくる。

 彼女は教科書を閉じてこそいたが、ノートとボールペンは出したままで、居残る姿勢をとっている。単位だけが履修の目的ではないのだろう。声をかけてきたのは、座席の位置からして一度彼女も席を立つ必要があるからだ。


「俺は残る。今残らないと、登録した意味がない」

「そっか。天秋、オカルト好きだもんね」

「……別にオカルトが好きって訳じゃない」


 ぶっきらぼうに天秋は訂正する。

 彼が興味を持っているのは、オカルトー怪談や妖怪そのものではなく、それらが物語として語られる過程だ。最近はその中でも特に都市伝説に興味を持っている。決して、科学で説明できないものを好んでいる、という訳ではない。

 ただ、こう説明しても周囲は「はいはい、そうですか」とニヤつくのを止めてはくれないのだが。


 学生の退出の波が止まったのか、周囲の僅かな喧騒が消えた。

 それまで気だるげだった教授が、口角を釣り上げる。

 教室内の空気が張り詰め、天秋と咲紀は自然と背筋を伸ばした。

 教授はずっとこの瞬間まで待っていた。

 思考を放棄した学生が己の領分から立ち去るのを。

 そして、人を、社会を理解すべく己と同様に思考をめぐらせ、領分に進んで入ろうとする者を迎え入れるのを。


「では、始めようか。ようこそ、怪異から見る文化人類学の世界へ」


 気だるげでやる気のなさに包まれていた姿はどこにもなく、朗々とした声で教授は「講義」を始めた。


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