三月十日 2
「何よぉ…こんな朝早くから」
制限速度を三十もオーバーして片手運転、もう片方には携帯電話。耳をスピーカーに押し付けて声を確認しながら怪しいノイズを探す。…盗聴はされていないようだ。
「婆さん、昨日は明ちゃんがやられてました! 昨日の婆さんの予想とは外れてますよ!」
レストランで聞いた婆さんの予想を完璧に信じ込んでいた僕は、自分でもわかるくらいに動揺していた。意味のない焦りにハンドルの人差し指がエンジンの伴奏をする。
「そう? 見事にやられたわねぇ」
「何を呑気な事を…! それに冬見君が明ちゃんの息子だって何で教えてくれなかったんですか! もしもわかっていたら冬見君を疑うのに時間は取られなかったですよ!」
ほとんど八つ当たりだというのはよくわかっている。でも…そんな偶然あるわけないと決め付けていた自分がいた事もわかっている。それが悔しくて、怒鳴りたかっただけだという事も。…もしも明ちゃんが冬見君の父親だとわかっていたら、もしかしたら何かしら彼を守る手立てが打てたかもしれない、と。
「私はね、てっきり冬見君の事わかってると思ってたわ。だって貴方の彼を見る眼、ちょっと違ってたものねぇ。…知らず知らずのうちに、こいつは違うんじゃないか…みたいな事思ってなかったかしら?」
…それは確かにその通りだ。物腰、真っ直ぐに見つめる瞳、何より察しの速さ、頭の良さは明ちゃんにダブって見えた。どこか懐かしい…郷愁を思わせる彼の全てが、こいつは味方だと僕に訴えているようでならなかった。
「ダメよそんなのじゃ…。刑事なんだから、必要とあらば身内も公平に疑わないと。…今回の事は仕方なかったと思って諦めるしかないねぇ」
落胆のため息が聞こえる。平気そうな口ぶりの裏で実はものすごくショックを受けているんじゃないかと、そう思った。
「でも、実際に冬見君は違ってましたよ? …以前の殺人についても、全て」
「全く…何を言ってるの? そんな事関係ないでしょう。…もう、だから貴方は身内に親身になり過ぎるって言われるのよ。自分の信頼している人は大丈夫だっていう私情に走ってしまう。その前提のせいで捜査が前後不覚…言われなかった?」
「…あ」
それは、吉永らに言われた―――でも、何でそれを?
「あぁ驚かなくていいわよ。休んでおけって言ったの、私だから」
「あんただったんですか…! おかげでこっちはいい迷惑ですよ。今度の署長が若僧なもんで生意気な事を言われて腹が立ちました」
「奥山の事もあるんだから、今後肝に銘じておきなさいな」
言いながら、スピーカーの向こうでファイルをめくる音がする。ゴロゴロ…と下にローラーのついたイスの音。彼女は仕事部屋にいるのだろう。僕の電話の呼び出して起きたとするなら、婆さんは机に突っ伏して寝ていたのかもしれない。
「興味深い事がわかったわ。まずは第一に殺された久上由利の事だけれど、彼女は後妻なのよ。しかも彼女は学生時代に相当なフルートの引き手だったらしいわ。で、その頃から久上真之さんと付き合いがあったようで…県が違ってたからコンクールか何かで知り合ったんでしょうね。文通の証拠が久上家から出てきたわ。内容は恋人…とまではないけれども、何回か勝負をかけてみた部分がいくらかあったから、何かしらアプローチを図ってたんでしょうね。この時はまだ苗字は神崎で、神崎由利は久上真之に好意を抱いていた」
「あんたにかかったら個人のプライバシーがないなぁ…つくづく敵に回したくないです」
「黙らっしゃい。で、神崎由利の好意も空しく、久上真之は前妻、皆川美智子と結婚します。その時生まれたのが久上紗枝。しかし八年後に交通事故に遭い死亡。工事道具運搬用の大型トラックね。…雨で相当視界が悪かったらしいわ。…その一年後に神崎由利と結婚。姓を久上に改め、現在に至る…と」
頭の中で婆さんの言葉を整理する。ある程度まとまると、早速思っていた事を口にした。
「それ、何が興味深いんですか?」
「バカねぇ…神崎でわからない? 神崎俊平と血縁関係…姉弟なのよ、あの二人」
「実の、ですか?」
「ええ。…両親は彼女らの幼少時に離婚して、母方が二人とも引き取ったそうよ。そして一人は音楽の道へ、一人は医学の道を志した。…二人の、お金のかかる才能に対して、家は貧乏だったらしくて…借金だらけの生活だったようね」
言って、受話器越しに婆さんは咳き込む。大丈夫か問うと、長い間掃除していないために溜まってしまった埃のせいらしい。向こう側で、ごくりとのどが鳴る。お茶を飲んだか。
「そして、大学を弟よりも早く卒業した神崎由利は好きな人がいた…何年間も思い続けてきた健気な恋よ。そして真之も自分の志と同じ、音楽のプロの道に踏み出そうとしていた。…でもそれには最初はお金がかかる。旅費や生活費…音楽家が社会人が生活していくためには、それなりの経済的な後ろ盾が必要だった。だけど、彼女にはそれがなかったの。家や弟の学費を捻出するためには、すぐにでもお金が期待できる有名な私立大学の講師、もしくは高校の教師として働かなくてはならなかった。…そしてそうなれば、長い間それにたどり着くがためにがんばってきた、自分の夢が、情けない形でついえる事になる。長い間好きだった彼と…連れ添って世界を旅する夢が、そこで終わる事になる」
「それで…どうしたんですか、彼女は」
「…悩んでいた彼女の元に一報、届いたの。久上真之から。『この度、私は結婚する事になりました』って。しかもその相手は、何度か全国コンクールで聞き覚えのある人だったの。大会の記録にあったわ。いつも自分の上位にいた女…名前は覚えていたはずよ。…相当な絶望だったでしょうね。長い間求めてきた夢も、才能の足りなさも、家族を背負う重荷も、そしてそれだけ家族を愛していた事も、…好きだった人でさえも、自分を独りぼっちにしていくの。だから私は思うのね。もしかしたら…そして、姉がそう苦しんでいる様を、弟が見ていたとしたら、どう思うだろうか…って」
長い間三人四脚…家族の情は厚かっただろう。姉と同じくらい…もしくはそれ以上憎んだに違いない。結婚相手の皆川美智子と、その相手を。
「殺したい奴は全員この町にそろっている……って、そりゃ読み過ぎじゃないですか? だって神崎由利は久上美智子が死んだ八年後の、次の年に、好きだった久上真之と結婚できています。憧れの人が相手なら、幸せな家庭だったんじゃないんですかねぇ。それを何で今になって壊す必要があるんです? それにそんな風に姉を思いやれるような情の厚い弟が、何で姉を殺すような真似をするでしょうか」
「早とちりしちゃだめ。誰もそんなに言ってないわよ。貴方一人が読み過ぎてるだけ。私はただ調査結果を教えてるだけよ。…落ち着きなさいな。ほら、信号大丈夫なの?」
あっ、危ない危ない。…何で受話器の向こうの相手にこっちの交通事情に口出しされねばならんのだろうか。でも…実際に助かったから何も言えない。
「確かに貴方の言うような推論も立てる事ができるわねぇ。でも…付け加えるならば、貴方の仮定が事実だったとしてもそうでなかったとしても…久上美智子を殺したのは神崎由利で間違いないでしょうね。雨の日に事故に遭ったらしいけど、死んだ時刻は深夜だった…付近の住民からの証言で、そんな遅くに出歩く習慣のなかった彼女が自分から死ぬ可能性はほぼ皆無だったらしいわ。何人かの刑事は、すぐに後妻になった彼女を疑っていたけれど、確証的な証拠がなかったために逮捕には踏み切れなかった、というのが妥当な所かしら?」
「じゃあ…久上円は誰の娘なんですか?」
「…わからないわ。久上由利は結婚経験は一度しかないようだから、どこぞの男にでも孕まされたんじゃないのかしら。強姦の届け出はないから…半ば、ヤケになってたのかもね」
調査などには相変わらずの非常さ。少しは同情してもいいんじゃないかと思うが、この婆さんにそれは無理だ。組んでいた全盛期まではまだ口を出していたが、もはや諦めた。
「婆さん…今回の事件で思うんですけど、婆さんはまだ明の奴のアレ、覚えてますかね?」
「ええ覚えてるわ。忘れもしない…十年前、明ちゃんが港で話してくれた、青年が銃殺される夢でしょ?」
「あいつの、僕達とまともに話した最後の会話ですからね、そりゃ印象深いですよ。確か、青年が自殺未遂…少女に止められるって言ってましたよね。でも冬見君はそうじゃない。…そういえば高層マンションの屋上とも言ってました。…あの時はなくても、今はある。あいつ、高層マンションができる事を予言していたんじゃあ? とにかく、多少の差異はあったにしても、見過ごせますかね…。しかもその一週間後ですよ、あいつが刑事を辞めたのは」
婆さんも思案するような声を上げている。それは彼女も引っかかる事らしい。
「ふぅん…まぁ私は予言とか非科学的な事は信じないけれどねぇ。ほら、高層マンションの事だって、時代はどんどん変わっていくんだから、こんな町でもできておかしくないわ。忘れちゃいなさい。…幸いにも明ちゃんが言ってた大体の事は私達が確認しているから、もしもの不安要素として後は…最後に殺される『青年』に目を向けた方がいいわね」
「男なのか、女なのか」
「そうねぇ…私達はたいがいは十五から二十五以内の男子を指すけど、明ちゃんは妙に硬い性格だったから男女両方の意味で使ってたものね。女の子でも青年よ」
不可解な事は積もり積もるばかりだ。後から後から…考え出したらきりがない。
「じゃあ…そろそろ切るわね」
プツっと糸が切れるような音を立てて声が聞こえなくなる。声の代わりに風呂の自動湯沸し機のサインのような、寝る前の暗闇で耳につきそうな電子音。僕は電源ボタンを押すと胸ポケットへ。するとブルルとバイブレーション。危うくハンドルを切り間違えそうになった。命と車の切符が危うくなった事に心底からため息が出る。
「はいはい…何でしょぉか」
怒り半分冷や汗半分の心境に、顔を引きつらせてしまう。
「あの…冬見ですけど。あ、もしかして運転中ですか? 実は署を追い出されてしまって…。邪魔なら後に」
「あや、冬見君ですかぁ。なんてタイミングのいい! それに冬見君なら全然オッケーですよ…署なんかどうでもいいですって。え…男を蹴り飛ばした? ふむふむ…って、その人相は署長じゃないですか! あっははははは…! やるなぁ! さすがは冬見君だ!」
電話越しに悪い物でも食べたのかと皮肉ってくる生意気な冬見二号。僕は「ほっといてください」と毒づきながら、
「実はですね、今、疋田の婆さんから…」
…新しい玩具を与えられた子供のように、旧友の面影へ話し始めるのだった。
俺が歩くのはいつも通りの、見慣れた、町並み。今日は以前の日々に比べると幾分か温かく、やや薄着な俺にとっては最高の気候だった。見あげる空は、雲一つない。街路樹や電線、高いビルが視界を邪魔するけれど、さほど気にならない。ここの街路樹は桜。…少しの傷ですぐに弱ってしまう、と図書館の図鑑に載ってあった。道路には数枚ほどしか散っていない。まだ散るには早い、まだま先だ。散って道路を桃色に染めるのは少なくとも後一週間か二週間は先の事だろう。まぁ、それまで生きていたら確認できるけどさ。
街路樹が桜だという事でやっと気づく。そうだ、ここは近くの公立高校に登校経路にあたる。俺が行きたかった…、力では十分合格する可能性があった、高校の。
親父は家にいる事で罪を償おうとした。しかし、刑事という職務以外に何一つできない親父は、飲んでばかりだった。もちろん退職金も出た。…だが、すぐになくなった。公務員の退職金なんて期待するほどない。私立は最初から無理、公立一本に絞って、そんな中学時のやや期待的な先の心配を踏みにじるかのように、親父は公立の高校ですらやっていける可能性のないほどに生活を苦しくした。その事はまぁいい。もう済んだ事だ。
普通の高校生の身なりをして、普通に勉強して、普通の奴らとつるんで…夢を語り合ったりとか、それなりに普通な恋もしただろう。今わかった。俺はただ、普通の奴が普通に味わう高校生…青春という一時の人生に憧れていただけだったって事を。
俺の予想が正しければ最後の一発の日、つまり明後日が俺の命日になるわけだが、そんな風に死を前にして、自分の心の何もかもを整理し尽くしていくと、わかる事がある。
死にたくない……なぜ? 死にたくない。どうして? 最初から、そんな風に悩む必要すらなかったんだ。自問自答しなくとも、最初から答えは自分が持っていたというのに。
そんなに嫌いじゃない。いや、好きだ。俺はこの世界を、愛してる。
こうやって静けさに包まれた夢の跡地を、歩く。寒さに乾いたアスファルトの感触が伝わってくる。何気ない看板、何気ない建物。どれもこれも薄汚れてて無秩序極まりなくて、俺に生きろなんて一言も言わないというのに。どうしてだろう。そう言われているような気がして、ならない。それ以前に、死にたくないって、そう思ってる。何もない所でも誰かから言われている気がする。そして、その声を追う。たどり着いた先にはいつも、微笑をたたえた彼女がいた。だから、俺は決意する事にした。
「やぁ…元気?」
うん、と遠慮がちな声が返ってくる。伺うような下からの目線に俺は同情のような温度を感じた。まるで俺が今泣き崩れていないと不自然だとでも言いたいような目をしていた。
「冬見君のお父さんの事…朝の検診の時に神崎先生から聞きました」
神崎先生、か。…山本刑事や疋田さんの話によると血縁らしいが…かまかけてみるか。
「神崎先生って叔父になるんだろ?」
「えっ…はい、そうですけど。…まぁそれはいいとして。冬見君大丈夫ですか…無理してこなくても、今日くらいは休めば…」
最後まで言い切るのが辛そうで、言葉を濁してしまう久上さん。すぐに他人を気遣ってしまうんだから…無意識なんだろうか。
「来ない方がよかった?」
「いえっ、そういうわけじゃないんです。私はうれしいですけど、そのために冬見君に無理をさせてしまうのは私としてもそのぉ…てっきり私は今日は来てくれないんだなって思って落ち込んでたわけでもない事もないんですけど…だから意外というか…う~ん」
手先をもじもじさせながら俯く。確かに、今朝親が死んだばかりの奴がいつも通り見舞いに来るのはちょっと気が引けるよな。でも言いながら混乱して最後なんか支離滅裂もいい所だ。何でそんなに慌ててるのか…やっぱり俺に気遣い過ぎてるのかな。
「あの…冬見君、座るならこっちに来てください。ベッドに腰掛ければ近くで話せますし、お菓子だって食べやすいですよ?」
そう言って布団の中から取り出したのは板チョコやらキャンディーやら激辛ポテチやら…どうやら俺が来る寸前までもぐもぐと食べていたらしい。予想外に俺が来たものだからノックをしている時に慌てて隠したようだな。
甘かったり辛かったりするお菓子を食べながら、久上さんに誘われるままに話をした。この病院に缶詰になっているのに、なぜこれだけの話題を持ち出せるのか不思議になるくらいに話が途切れない。身振り手振りを加えて、学校の事やら担当の看護婦さんの恋話、最近のドラマの話…そしてそれを楽しそうに話す久上さんは俺が笑っているかどうかを確認しながら話題を選んでいるようにも見えた。もっとも、彼女の話ならほとんどに興味をひかれるだろうけど。でも、彼女のその心遣いがうれしかった。
笑い頷きながら、ふと見舞いってなんだろうと疑問に思った。怪我をしている人の所へ訪れて慰め、励ます事じゃないだろうか。…なら、今の俺はちゃんと見舞いができてるのかな、と。でもその概念は今の俺たちに合うのだろうか。なぜなら、身体的外傷は久上さんだけだけど、心の傷は…似たり寄ったりだ。俺は久上さんと話していると、気がどんどん楽になって、休まって、温まるような感じがしていた。…なら、今見舞われているのは俺の方なんじゃないか…そう思わずにはいられなかった。
屈託なく笑う。暗い話なんか絶対に持ち出したりしない。…だから余計に、その笑顔の裏では俺を少しでも励まそうと必死になっている彼女を想像してしてしまう。久上さんならあり得る。
…証拠は何もないから、俺の自惚れかもしれないけれど。でも彼女ならきっとそう思ってる。短い付き合いだけど、分かる気がする。母の死に泣いて、妹の死に泣いて、そして取り残された自分に泣いて、俺の罪の告白に泣いた彼女なら、きっとそうだろうと。
その考えに行き着いた俺は、久上さんの話の波から抜け出してポツリと漏らした。
「…なんかさ、傷を舐めあってるみたいだな」
傷ついた者度同士の慰め合いだ。…いつの間にかそんな仲になっている。お互いに大切な人を失って、嫌な思い出を忘れようとするかのように寄り添っている。
…同じベッドにいて。さすがに素肌は合わせないが、…結局は同じ事だ。極寒の吹雪の中、お互いの優しさで暖めあう。それしか温もりらしい物は何もないから。
「そうですね。…でも冬見君の傷なら、私は全然構いませんよ」
「…なら、俺もそうだと言っておいた方がいいかな」
一緒にいて気が休まる。…俺の命が明後日までしかないという現実があっても、こうやって顔を見ているだけで忘れられるような気がする。守ってあげたいと思っていた女の子は、今日と明日の朝まで逃げ切れれば、命を狙われる事はまずないはずだ。…だから。
「久上さん、今日の夜、この病室に忍び込んでてもいい?」
「…はい? どういう事ですか、それ」
「だから待ち伏せするんだよ。今の所…昨日は俺の親父が殺されたけれど…正直に言うよ。今までの殺された人の関係を鑑みれば、今日明日中に久上さんが狙われてもおかしくないんだ。だから先手を打つ事にする。…街で起こってる連続殺人を見ていればわかるけど、流れは完全に犯人の手にある。今の俺達は犯人の足跡を追っているだけだ…つまり、なす術がない状況なんだ。そうなるように犯人は証拠をほとんど残してないからね。…だからそれを逆手にとる。…犯人は今、自分が絶対的に有利だと思ってるはずだ。誰を殺そうが思いのまま。でも有利と思っているなら、それは油断にもつながる」
久上さんの目を見据える。俺の言いたい事がしっかりと伝わるように。
「俺達に関係してるんだ。今までに殺された…久上さんのお母さんは君の母親、次の奥山刑事は俺達と会った(・・・・・・)次の日に殺された。円ちゃん君の妹で、やっぱり殺された前日に俺と会ってる。そして今回は…俺の父親だ。つまり『俺達の親族か、俺と久上さんの二人で会った人間』が殺されている。ここに来る前に山本刑事と話をしたよ。俺はその時に、念のため、久上さんのお父さんに見張りをつけるようにお願いしておいた。残りは俺と久上さんだけだ」
「うん…確かにそうなるけど、でもそれじゃあ私達はどうなるんですか?」
「…だから俺は罠を仕掛ける。これまでの事件を参考にすると、俺と久上さんが事件の中心にいるのは間違いない。今までは久上さんが狙われているかと思っていたけど、今回俺の親父が殺された事で俺も含まれている事が確認できた。そして、おそらく久上さんのお父さんが殺される可能性はまずない。なぜかというと…残りの弾は二発しかないからだ。俺と久上さんが最後の狙いなら、標的は自然と俺と久上さんに集中すると思う。それに…犯人は今、油断している。今日の夜、街を探しても俺は久上さんの病室に隠れているから見つからない。すると目標は久上さんになるはずだ。俺が見つからないと分かれば焦るはずだぞ…なんせその日のうちに殺さないと今まで守っていた一日一人の苦労が無駄になるからな。急いで久上さんの病室に向かうだろう。これだけ揺さぶっておけば十分だ。後は久上さんはベッドの下に隠れておいて、犯人が入ってきた瞬間に俺が捕まえる。それでしまいだ。…危険な落とし穴はたくさんあるけどさ、それしかないだろ」
言葉を一気に吐き出して、俺は久上さんの反応を窺った。いきなり言われて困ったのか、おろおろしながらも頭の中で整理しているようだ。
「ちょっと…でもそれじゃ、冬見君も危ないんじゃ」
「一人でいると余計に危ないんだぞ。二人一緒に固まっておけば安全だよ。待ち構えとけばいいんだから反撃できるし、何より犯人は一日に一人しか殺せないから」
いいか? と彼女の両肩に手を置いて賛成を促す。急でめちゃくちゃなお願いだが、俺の事を気遣い過ぎる彼女には「一人でいると余計に危ない」というワードに迷うはずだ。二人でいると安全なら…ときっと思うに決まってる。俺の知っている彼女なら間違いなく。
「……わかりました、こんな状況ですし、冬見君がそれでいいのなら。…私も冬見君がそばにいるなら心強いです」
「ははは…そうだな。実は俺も最近どうかしてた。夜とかが少し怖かったんだ」
恥ずかしさ交じりに言う。それを聞いた久上さんは優しくはにかんだ。
一蓮托生。死ぬも、生きるも。
「がんばろう。まずは明日の日を、一緒に拝めるといいんだけど」
ええと頷く。肩からするすると俺の手が滑り降り、彼女の手に触れる。しかしお互いにその感触には何も触れずに見つめあった。