挿入話⑤ 怯える夜
いつものように「かくれんぼ」をするのかとおもいました。お母さんは「二階に上がってなさい」といいました。
だから、ずっとまっていました。もうすぐかな、もうすぐかな、とイスにすわって足をぷらぷらさせながら。だってはじめてのことだったのです。こんな夜おそくにお母さんがあそんでくれることのは…いつもは「早く寝なさい」とばかりいうので、わたしは夜がきらいでした。一人は、いやなのです。まいにちまいにち…むきあっているとしても、やっぱり夜はわたしにとって黒でした。そこがない池をみているみたいで、そこにきれいな月がみえたとしたら、たとえそれがほんものじゃないとしても手をのばしてしまう…自分のよわさを、みつけてしまうからです。
でも、今日。ねないでいい夜はどきどきしました。たしかに、夜に「二階に上がってなさい」ということばは「寝なさい」というのとおなじいみかもしれませんが、わたしはあえてしらないフリをしました。お母さんがわるいのです。いつまでもこどもとおもって…わたしだって、オトナになるのです。じきにあのまずいタンサンの「大人のお茶」ものめるようになるでしょう。
だけど、あそんでくれるとおもうとわくわくしました。わたしはおふとんのなかにかくれて、ドアをあけてくるだろうお母さんをまちました。とくんとくんと、したぶとんにおしつけられた心がうごいています。
また、とけいも、ち、ち、ち…と心とおなじテンポでおとをだしていました。
こころと、とけいはなかよしなのかな、とおもいました。
だってこんなに気があってるのに…きっとこころはとけいでできてるんじゃないかな、わたしはかんじました。
とつぜん床の下から、ばたん、と何かが倒れるようなおとがきこえたのです。
わたしはこわくなって、ふとんのなかでちぢこもりました。
ぎぃぎぃとかいだんをだれかがのぼってくるおと。
ふとんのなかから、ドアをのぞきこみました。こわかったけど、みたかったのです。
「――っ!」
どあがあけた。あけたその人は、おかあさんじゃ、ありませんでした。
だれ…?
だれなの…?
おかあさん、は―――?
「…」
そのひとはおしいれをあけたりしはじめました。そこにはわたしのたいせつなふくがはいってるのに…! でもそれいじょうに、はやくでていけと、わたしの心は強く鳴っていました。
こわかったのです。こわかったのです。だって、こんな夜に、しらない人が。
からだじゅうの「血」が、ながれるのをやめたかとおもいました。そのままかたまって、わたしはおじぞうさまのようにかたくかたくなってしまうかもしれないと、おそれました。
「ここには…いない、か」
その人がばたんとドアをしめて、わたしはようやくいきを、おもいきりはきました。
―――そして、お母さんはいなくなったのです。