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群治 第十話 帰るべき場所

 夜勤明け。仮眠した後でオバチャン食堂に行くとランチタイムは既に終わっていて、オバチャンは中で休憩中。店には、アルバイトの群治が一人で食器洗いをしていた。


「おっ、がんばってるな」

 俺は、そう声をかけカウンター席に座った。


 群治はちょっと前から、腰を痛めた店主の和子おばちゃんの補佐でこの店に入っている。俺たちにとっても群治は危なっかしくて、変な仕事を見つけてくるより、見知った店で働いてくれる方がずっと安心だった。


「生姜焼きランチの残りがあるけど、それでいい?」

 群治が言うのでそれにした。


 食べ始めると、群治が横に来て座り「ちょっと宮下に聞きたいことがあってね。この前、マスターの店で心理学の先生から話を聞かれただろ。俺、あの時の記憶が全然なくてなあ。なんか俺、変な事言わなかったか?」


「いや別に……。群治として頑張ってるって話はしてたけどな。専門用語とかわからんので詳しいことは柴村先生に聞いたらいいんじゃないか?」

 俺は内心ヒヤヒヤしながらすっとぼけた。


 この時、顔をじっと見られていたら、目が泳いでいることで、隠し事がばれていただろう。

 しかし幸いにも群治はそれ以上追求しなかった。


「そうか、俺が弱っちいことを言ってなかったらいいんだけどな。いや、あれから柴村先生もなんか優しいんだよ。宮下、お前もそうなんだけど?」

 そう言って、今度はしっかりと俺の顔を覗き込んだ。


「お前が苦労してる割には強いって、みんな改めて感じてんだよ」

「まあ、俺は群治だからな。へこたれねえよ……」


「それはそうと」

 俺はすぐに話題を変えた。


「柴村先生の勧めで定時制高校に再入学することにしたんだってな。普通は4月からだけど、この10月から行けるんだって?」


「なんかそうみたい。中退した前の学校で取った単位の引継ぎもできるんだってさ。編入って形になるんで10月から行けるらしいわ。柴村先生は高校を出ておけば、いろんなことに挑戦できるよって言ってた」

 高校を一応卒業していても俺の場合はその日暮らしだが、それは言わなかった。


「そうか。じゃあもうやりたいことってあるんか?」

「うん、大学まで行って中学校の先生になるの」


 あんまり目を輝かせて言うものだから、目標の無い俺には眩しかった。


 その時、扉が開いて中林さんが入ってきた。

「遅うなったけど、まだ定食残ってる? お、生姜焼きか。俺にもそれちょうだい」


「まいどあり」

 群治はカウンターの中に戻ってすぐに冷蔵庫から残った生姜焼きを出し、それを小皿に盛り付け、みそ汁とご飯をつけて中林さんの元に運んだ。


「ん? ちょっと待て、こいつ(俺)のはなんで大皿で,俺のは小皿に盛り付けてんだよ」

「あ、つい」


「ついじゃないやろが。俺、スネてしまうぞ」

 そう言って笑った。


「まあ、お二人さんの仲やから、しかたあらへんけどな」

 すると群治が「変なこと言うなよ。俺たちみんなマブダチだろうが。宮下ともなんもないよ。男同士だからな!」


「ハイハイ、まあそうしとくわ」

 俺は余計なことは言うなと、中林さんに肘を当てた。


 それにしても例え断片的にでもこの人に、あの日のショットバーでの出来事を漏らしたやつがいるのだろうか? これだからヒプノセラピーには箱(専門の部屋)が必要だと言われるのだ。


 いずれにせよ群治は以前と何も変わらない。柴村先生の話によれば、サナエが群治を必要ないと感じた時には、その鎧を自分で脱ぎ捨てるだろうということだった。


 群治の前向きな姿勢に触発されて、俺もまた安定した仕事を探す決意をした。



 その事件は、そんな俺が面接を受けに行った時に起きたという。

 これは事件後に中林さんから聞いた話だ。


 その日、オバチャン食堂にはいつものメンバーの小坂や中林さんの他にバニー酒場の店長の高橋も来ていた。高橋は別に群治に戻って来いと言うことではなく、金井さん達が会いたがっているので、店が開く前ならいつでもいいので覗いてやって欲しいと言いに来ていたのだった。

                                                   

 そこに敦という男が入ってきた。これは伯母の家にいた息子で、昔の加害者の一人だった。


 敦は入ってくるなり給仕している群治の腕を乱暴に引っ張り「探したぞサナエ、俺と一緒に帰るぞ!」と言い放ったのだ。


 敦が腕を掴んだ瞬間、群治の顔から血の気が引いた。その指先が触れた場所から思い出したくもない過去の記憶が毒のように全身へ回っていくのが分かったらしい。


 その強引さに、あまり事情を知らない高橋までが眉をひそめたそうだ。


 しかし、今の群治は一人ではなかった。


 小坂が立ち塞がった。後からゆっくりと中林さんも腰を上げた。


「兄ちゃん、あんまりふざけとったらあかんで」

 小坂は普段は大人しいが、元々は武闘派として知られる組で、鉄砲玉と言われる仕事をしていた人間だ。中林さんも普段は穏やかな表情をしているが、若い頃は関東地方のある組で若頭まで務めた人間だった。


 そこに現役のフロント企業代表・高橋までが敦を取り囲んだと言う。


 引きこもりがちで怖いものと言えばRPGゲームの悪役くらいしか知らなかった敦にとって、これは初めて知る本物の恐怖だったろう。


「ヒィイイイイ、何ですかあなたたちは?」

「何ですかやあるか。この子はワシらの家族やで。しょうもない真似さらしたら大阪湾で石付けてダイビングさせるで」

 中林さんが目をぎょろつかせて怒鳴った。


 高橋も「早ぅ、いね(帰れ)や」と一括したそうだ。


 敦が転げるように逃げて行ったのは容易に想像がつく。

 こうして俺がいない間に群治は過去と完全に縁を切れたのだ。



 その後、群治は持ち前の積極性と粘り強さ、そして以前の単位をかなり学校側が認めてくれたおかげもあって10月入学、そして二年後の春卒業と、僅か一年半の短期間で卒業資格を得、なんと現役(?)で教育専門の国立大学に入学した。


 そういう努力を見せられたこともあって、俺もその日暮らしを脱出。小さいとはいえ結構創業年数のある建築会社に入社することができた。


 これによって毎日の暮らしも安定を得ることができたので、宮下サナエが中学教諭の職を得るまでは、俺のがんばりで彼女を支えていこうと思っている。


                     完 

                  



お読みいただき、ありがとうございました。

もしよろしければ感想を書いてもらえると、すごく喜びます。

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