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知らない間にメンバーから激重感情を抱かれて帰れないダンジョン探索録  作者: Schuld


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1-6

 干渉式を操る術者。


 その深奥にして最終目標は〝万能〟の存在になることである。


 東西に力の源を持つ者は広く、それを呼び現す名は多かれど、根源は皆同じだ。


 瑕疵のなき、誤謬なき、(まった)き万能。


 全ての生物に宿る、この世界に存在するために絶対必要な根源。これに溢れるからこそ人は生き生きとし、老いて枯れるからこそ死んでいく。


 この力を操って、万能になることが術者の真理だ。


 彼等の言う万能とは、地上にて力を無自覚に振るっている者達のような便利なものではなく、形而上学な(しがらみ)を越えて、二元論を超越することである。


 喩えるならば、万能と聞いてちょっと知識を囓っただけの者が賢しらに唱える〝万能の誤謬〟。万能者は自分が持ち上げられない石を作れるのか、というくだらない問いだ。


 できてしまえば持ち上げられないという不可能が生じ、持ち上げれれば作れなかったという瑕疵が生まれる。


 だが、そんなものは狭い頭の中で物を考えている人間の詭弁。


 本物の万能とは、その持ち上げられないという前提を破綻させぬまま、石を持ち上げてみせるような、人類の理解から遠い万能性を指すのだ。


 こと力を体外に放出して世界の法則を〝弄る〟ことを覚えた者にとって、行き着く先は全てソレ。生物を超越するとは、この領域に至ってやっとのことだ。


 不老長寿など初歩も初歩。故に術者は独立独歩であり、万能を目指すべしという気風がある。


 フェアルリリムも人に物を教えるのが好きだとか言う、術者としては特大の変わり者である師に〝さわり〟を教わり、斯くあるべく立ったが故に孤独になった。


 一人でダンジョンに潜り、霊薬の素材を探し、未知なる知識を求め、世界晶を体に取り込んで世界そのものの力――この近辺では霊力と呼ぶ――を満たす。


 一人でそれができるだけの力が彼女にはあった。


 事象を〝ほつれさせる〟光条は装甲も毛皮も筋肉も解きほぐして敵を崩壊せしめ、暗闇を払う術理は如何なる環境にも肉体を適合させて、猛毒渦巻く空間でさえ肉体の恒常性によって乗り越える。


 だから彼女は一人でやってこれたし、一人でやっていくものだと思っていた。


 その日まで。


 何の変哲もない深度Ⅲのダンジョンに潜った際、彼女はそれと知らず術者の天敵と出会った。


 ものまねの怪(ドッペルゲンガー)、理の鏡、模倣幻影、そう呼ばれる行動を丸きり反射してくる、〝完全なる己の写し身〟に化ける靄と会敵した彼女は、力に優れるが故にあらゆる自分が放つ攻撃に晒された。


 本来はなんてことのない怪異だ。複数人いれば、必ず相性がある。重戦士が素早い剣士に翻弄されるように、斥候がその脆さ故に一撃で打破されるように、群れであれば、この怪異は強敵ではあるが対抗する札を持つため、絶対の死神ではない。


 ただ、孤影にて立つ術者にとっては、死の宣告者に近しかった。


 もしもフェアルリリムが半端な術者であったならば、この怪異から逃げ出すことは然程に難しいことではなかっただろう。


 だが、彼女は却って万能過ぎた。


 探知術式を操り、素早く動き、同等の火力と装甲を持つ。


 斯様な相手を打破するのに必要なのは、最終的に運。


 そして、彼女はそれの持ち合わせが足りなかった。


 必死に抗えど、遂には限界が訪れる。敵はダンジョンと接続し、世界晶から力を吸い上げている存在。コウゲツが言うのであれば、存在そのものがデュアルコア。


 それがシングルコアに過ぎない人間と根比べして負ける道理もなし。遮二無二に放っち合った光条の一本が相殺しきれず、彼女の右腕をほつれさせた。


 激痛と出血。辛うじて傷口をふさいで逃げ出した彼女だが、追跡能力も同じだけの物を持つドッペルゲンガーを振り払うことは難しく、二日二晩かけても追いかけてきた。


 ダンジョンの片隅、岩陰で息を殺しながら、最後の備蓄世界晶を飲み込んで枯れ果てた霊力を辛うじて補給しつつ、彼女は自分の死を確かに感じていた。


 このままここで、自分の影に討たれて死ぬのかという恐怖と絶望。頑なに一人であろうとし続けた弊害が運んできた終わりが、ひたひたと嫌な足音を鳴らして迫り来る中、影が喋った。


「どうかなさいましたか?」


「っ……!?」


 知覚強化すら切れていたフェアルリリムは、別の存在が接近していることに気付けなかった。反射的に叫ぼうとして口を押さえられて、やっとその姿を認識したほどだ。


 悲鳴を押し止められれば、空間が歪み〝背後の像〟を映していた迷彩が解かれる。


 現れたのは、列島人が着るという奇妙な鎧。頭の先から爪先まで隠された姿は、今は廃れた全身を覆う板金鎧を思い出させる。


 喋ると拙いと思ったのだろう。鎧の中身は光る板を取りだしたと思うと、何やら操作してから見せ付けてきた。


『敵に追われていますか? はいなら頷いて。いいえならそのままで』


 文字を読んだ脳が咄嗟に頷いていた。


 誰にも頼ってはいけないと、余人に頼るような者は三流だと言い聞かされていたフェアルリリムであったが、死の恐怖に負けて、遂に心が折れたのだ。


 だが、模倣幻影に打ち勝つ手段は限られている。たまたま同じダンジョンに潜った列島人一人が己の運命を変えられるとは思い難かったが、彼は岩陰から筒のような物を伸ばしてゴソゴソと何かした後、納得したように頷いた。


『模倣幻影ですね。対処してきます』


「……んー」


『あれは、一度に一つの、対象しか真似できません。なので、自分が最適です』


 何をするのかと思うと、列島人はおもむろに岩陰から歩み出した。


 そして、悠々と左腕に装備していた小型の盾で顔を守ると、飛来する飛礫を弾き飛ばしながら腰に手をやる。


「繧医?縺励?√◎縺ョ縺セ縺セ縺昴?縺セ縺セ」


 何事か分からぬ、譫言めいた列島語を呟きながら彼は腰から一本の筒を取り外し、放り投げた。


 そして、轟音が轟く。


 ハッとしてフェアルリリムが顔を出せば、そこには自分を徹底的に追い詰めた模倣幻影の姿はなくなっていた。


 残っているのは爆ぜて抉れた地面と、所在なさげに転がる世界晶のみ。


「自分達の装備は、最低限自分を撃破できる用に作られるので、原理さえ分かっていれば、模倣幻影は簡単なんです』


 この時に彼女は知らないことであるが、列島の自衛軍が攻撃兵装に要求する諸元は〝自軍を撃破可能な火力を持つこと〟を第一とする。


 これは民間企業同士での小競り合いでも同様であり、パラミリモデルはパラミリモデルを撃破できなければお話にならない。


 自分達以上の防御力を持った敵手を想定すると同時、仮に内乱が起こっても泥仕合にならないよう、兵器は常に火力側が優越するように進化してきた。


 そして、手榴弾も同じだ。高性能炸薬と対装甲飛翔体を内蔵した対外骨格手榴弾は、直撃すれば確実に自身を撃破できる。


 そのことを分かっている鎧の主は、耐えきれる射撃を誘発して――もしも手榴弾が飛んできたら、危害半径外まで走って逃げるつもりであった――攻撃している隙に悠々と手榴弾を投げ込んだのだ。


 種さえ知っていれば簡単なこと。こと固体性能においては、この世界の人間より格段に劣る列島人と、一度に一人しか模倣できない敵の性質を共有できる〝集合知〟が成せる一方的な戦闘だ。


「おうい、終わったかー?」


「無事ですか、コウヅキ」


 しばらくすると、向こうから人がやって来た。二人の冒険者は模倣幻影の対象に取られないよう遠くで待機していたのか、心配が透けて見える小走りで駆けつける。


「対処しました。それと、探索者を一人、を救助しました』


「ひゅぅ、やっぱやるなコウゲツ……って、またえらい怪我人を……」


「片腕が……これは一度地上まで戻らないと……」


「……だい、じょうぶ……」


 もう追われていないことを思い出し、そして万能たらんとしていた者が気遣われることに言語化の難しい感情、強いて言うなら不快感が心の中で鎌首を擡げたフェアルリリムは、なけなしの霊力を使って術理を行使し〝右腕の時間を巻き戻した〟。


 解れて千切れた腕が戻るが、代償に蓄えていた霊力の殆どと使い果たしてしまう。肉体的な苦痛と腕を失った頼りなさは軽減されたものの、常人には説明しても理解できない虚脱感に襲われるフェアルリリム。


 この調子であると、良質な世界晶でもなければ、回復にはしばらくかかるだろう。霊地にて瞑想を重ねても一ヶ月で万全になれるかどうか……そう思っていた時、すっと目の前に鎧の手が伸びてきた。


 掌で転がるのは、高純度の世界晶だ。透き通った煌めきからして等級は三級。このダンジョンを踏破してやっと手に入るだろうかという物を、彼は何の躊躇いもなくさしだしていた。


「使ってください。術師は、世界晶で。元気になると、聞いたことがあります」


「って、おいおいコウゲツ! 奢りすぎだろ!」


「人助けは、人だけではなく、自分を助ける。そういった格言が、列島にはあります」


 本来ならばフェアルリリムは気高く世界晶を持った手を払い、一人で立ち上がって帰るべきだっただろう。これ以上の恥を上塗りしないために。


 だが、その声が、合成音に紛れて尚も、低く掠れた耳に心地好い低音があまりに優しかったから、彼女は思わず手を取ってしまった。


 原初の記憶。


 ダンジョンから溢れて来た怪異に襲われ、自分を庇って死んだ父の姿がよぎったのだ。


 父はよく、乏しかっただろう稼ぎの中から飴玉を買って食べさせてくれた。そのリコリスやシナモンの味が、今でも忘れられない。


 その時、口に含んだ世界晶の味は今も覚えている。あまりに忘れ難い。


 自分の無力を知ると同時に、心から想ってくれている人が差し伸べた手の温かさが染み入るようだったから。


 まるで、父がくれた飴玉のようだった。


 お手伝いを頑張った時、厳しい母の目を掻い潜って懐から取りだし「パパとの内緒だよ」と頭を撫でてくれながら舐めた、あの甘露のような味。


 すっかり毒気を抜かれてしまったフェアルリリムがダンジョンから救出されたのち、アゼリアの一党に加わることになる流れは自然であった。


 遠距離の大火力を出せるメンバーがいなくて決定打に欠けていたために需要があったのは事実だが、彼女から借りを返したいと提案したのが一番の要因である。


 コウゲツ、異国語ながら美しい響きだと思った名は、川面に映った月を意味するという。


 触れようとしても指をすり抜けてしまう、近いようで限りなく遠い名はフェアルリリムの中に甘い物として残った。


 自分が殺そうと思ったならば、訳もなく殺せてしまう儚い命。しかし、それが自分の命を長らえさせてくれた言葉にし辛い感情を名付けることができないまま、彼女は今日までアゼリアの一党に加わり続けていた。


 思えば、父だってそうだった。


 霊力が殆ど備わって生まれてくることのない男。それも、暴力的な母に虐げられて、よく頬に青痣を作っていた彼。


 けれど、自分はそんな父をちっぽけだとも、惨めだとも思ったことはないし、哀れみもしなかった。


 子供心に、父は子に暴力が向かないよう、精一杯立ち回っていたことを分かっていたし、大人になってからは、その失った愛情の深さに心が締め付けられるようになるだけだ。


 だから、再び優しい過去を思い起こさせる男を失わないよう、フェアルリリムは一党にて干渉式を練る。


 もう、貸しなど何度も返せたと言えるだけの戦果を上げ続けながら。


「もうすぐできますよ」


 ぱちり、と火花が音を立てた。ダンジョンの片隅、玄室のように奥まった通路の行き止まりで、コウヅキが持ち込んでいた小型のガスコンロから立ち上る火花の音だ。


 ゆらゆらと揺れる炎を見て、過去を思い出していたことに気が付いたフェアルリリムは、差し出された携帯糧食のパッケージを受け取るのが数秒遅れた。


 ホカホカと熱気を帯びたそれは、こと食事においては何よりも優れた列島の技術が惜しげもなく注がれたもので、暖かく美味しいものがほんの数分でできあがる不思議な袋。


 こればかりは干渉式で以てしても再現できない食事を手にしたコウヅキは、中々受け取ろうとしない術師に首を傾げる。


 その姿に、少ないはずの肉を自分の分を減らしてでも椀によそってくれた、父の姿が被っていたことに彼は気付けただろうか。


 いや、リリムは言葉にしたことなどない。彼に父性を見出していることなど、一度とて。


 ただぼんやりとしている、そう思われるだけで良いのだ。


 何故ならば、父はいつだって、そうしている自分に優しかったのだから。


「……ごめん、ありがとう」


「どういたしまして。熱いので気を付けて」


 何度食事を共にしても同じことを言うなと思いつつ開けると、中身は彼女の好きな肉団子と塩漬けにした鮭、そして幾つかの野菜を煮た副菜に、南方で食べられているものよりモチモチしていて甘い米であった。


「あ、いいなそれ、おい、代えてくれよ。肉が食いたい」


「駄目ですよリズ。野菜も沢山たべないと」


「いや、ドロドロした飯って何か苦手なんだって!」


 中華丼というベリアリューズ的には外れのメニューに当たったらしい彼女は文句を言っていたが、フェアルリリムはコウヅキから渡された物を一つも譲るつもりはないので、パッケージを抱えて尻一つ分下がった。


 この暖かさは自分だけの物だ。


 この温もりを知るのが自分だけならいいのに。


 そんなことを考えつつ、術者は密かな愉しみを抱きつつ食事に手を付けた…………。

ということで、ヒロインが各々激重感情を向けるに至った経緯が出そろいましたね。


毎回コメントありがとうございます。特に1-5は結構なやらかしがあったので、本当に助かりました。

感想は作者の栄養。たまーに朝顔へ水をやるようにコメントしてくださると、能く伸びるので本当に助かります。


また同時に連載している〈WORLD END SCRAPYARD〉もデカくて治安の悪い女ばっかりなので、是非読んでくださいね!

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― 新着の感想 ―
おおーう パパさんとの思い出系キャラですか 刺さる! ぶっ刺さるぅううううう 推せるぅ キャラ紹介もあともう1人かな みな魅力的で日刊むべなるかな。 更新が楽しみです〜
やっぱり列島人は飯のことになると、どこまでも追求する変態なのは世界を超えても変わらんのな。 こっちの世界の父性感はまた違ったものだろうけど、パパみを感じちゃうのは仕方ないね。ママみみたいなものかな。
これらが誤訳式ポンコツ翻訳機を通してどう変換されるか?か
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