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ベリアリューズにとって、世界は窮屈な物だった。
してはならないこと、行ってはいけないところ、口にしてはならぬことだらけ。
況して、生まれた時より授けられし怪力を振るうことが、一般には許されないことが我慢ならなかった。
子供の頃にちょっとした力比べで、街一番の体躯を持つが故に偉そうにしていた、町長の娘の右腕を枯れ枝のようにへし折ってやったのが拙かったのか、彼女は遠い修道院に棄てられた。
酷く納得のいかないことであった。町長の娘は何人もの取り巻きを連れてふんぞり返り、それに迎合しない者を殴るわ蹴るわ、終いには肥え壺に叩き落としたこともあった。
それがなんだ、自分がやられる側になった途端、力試しという村祭りの正々堂々とした場で腕をへし折られたくらいでぴぃぴぃと。
全てが気に食わなかった。激怒する村長も、それに阿る両親も。況してや、大勢の溜飲を下げてやったのにも拘わらず、修道院送りなんぞ納得がいくものか。
しかし、それくらいで彼女の性根が治ったならば、元より斯様なヤクザ稼業には就いていない。
結局、修道院の生活を経ても窮屈さへの反抗が治まらなかった彼女は一五歳、西方での成人と同時に院から追い出された。
イジメをこく先輩を真正面からぶん殴り、小狡い後輩を逆さに吊るし、数を頼みにして寝込みを襲ってフクロにしようとした同期を窓から投げ捨てることの何が悪い。正当防衛ではないか。
何がこれ以上面倒見てやれぬであるかと、ベリアリューズは出立の日、修道院の正門を蹴り破って出て行ったものだ。
僅かな金と道々での自衛のために盗んだメイスだけが頼りであった彼女は、自分の暴虐を存分に振るえる場所の存在を知る。
探索者。力に自信のある者は集えと、派手な格好をして演説を打っていた傭兵もやるが探索者もやる一団、は彼女にとって非常に居心地の良い場所だったのだ。
そこにいれば飯は食えるし酒も飲める。そして何より、暴れれば暴れるだけ褒められるのだ。
だが、幸せな生活は然程長く続かなかった。
暴力で食っている者達にも規律があり、その中でもしてはならぬことはあった。
ベリアリューズが最初の一党から抜けざるを得なかったのは、いつまで経っても童女めいた容貌に酷い面罵を喰らった故に激憤し、相手の顔面を砕いて二度と粥以外を啜れなくしたせいであった。
彼女としては口は災いの元であることを世に知らしめてやりたかっただけだが、流石にやり過ぎだとして大勢から非難が上がり、投票によって彼女は追放された。
似たようなことが二度、三度と続けば河岸を変えても中々寄る辺は見つからなくなる。
そんな時だ。コウゲツと出会ったのは。
呑み代を賭けてのカードで中々勝てず、どうにも拙いと頭を掻き毟っていたとき、唐突に対面に座っていた女の腕が捻り上げられた。
大人でも鍛えようのない、それも気を抜いていれば元々の貧弱さ故に抗いがたい小指を握りこまれたせいで。
「何をやっているんですか」
五枚一組の手札、その組み合わせで強さを決めるカード遊びであるが、あろうことか女の手からは余分に二枚のカードが漏れていた。
イカサマである。
勝てぬ訳だ。酒が入っていたのもあるが、こんなことにも気付かず素寒貧寸前になるどころか、愛しの戦槌まで質に入れることを考慮するほど追い詰められて激昂したベリアリューズは、怒りに任せてサマをやらかした馬鹿を殴り飛ばそうとしたが、それは机に突き立った短刀の勢いによって止められた。
「お金を賭けた時、ズルをした人は、責任をとるなら、指だと決まっています。右手、左手、選んでいいです」
「えっ? あ、いや、その……」
「いえ、選ぶのは、あの人でしょうか?」
東の人種が持つ、ニードルホールとも揶揄される細い目と視線が絡んで、ベリアリューズは驚くと共に感心した。
ピカピカ光る謎の板切れを片手に喋る人種、列島人を初めて見たからだ。
彼等は往々にして貧弱で、機械仕掛けの甲冑を着て戦場に赴くと聞くが、その細身が荒事で食っている女の腕を完全に極めていたのが彼女の歓心を買う。
力尽くで振り解かないと言うことは、微動だにした瞬間に骨がへし折れる状態にあるのだろう。
いや、何よりも細い目の光、研ぎ澄まされた暴力の匂いがベリアリューズの感性を擽った。
こいつは修羅場を何度も潜った目だと。その上で生き延び、折れず、鍛え上げられた人間の匂いがした。
元々、彼女はこういった〝ヤバそうな男〟が好みなのだ。
商売男とあれば媚びた鼻声を出して、嬌態とシナを作るのばかり上手くて物足りない。戦場で希に見る男も意気込みはあるが、どちらかと言えばイキの良い小型犬が吠え散らかしているようにしか見えなかったが、この男は違う。
そうだ、猟犬のようだ。村長が自慢気に見せびらかしていた、東渡りの黒く艶のある、美事な体躯の番犬にも猟犬にもなる犬。アレとよく似た空気を纏っていた。
「あー、もういいよ、全財産置いてけ。指なんざ貰っても一銭にもなりゃしねぇ」
「優しい人で良かったですね。」
だが、逆らえば本当に指を切り落とすという威圧感のある雰囲気に押されて、卓に着いていた三人は財布や指輪を置いて逃げていった。どうやら偶然同卓したように見せかけて、仲間内で情報を共有するイカサマもやっていたようだ。
「ついていませんでしたね」
「何、大ヅキさ。今晩の酒代どころか暫くの生活費も手に入った上……こんな良い男と知り合えた」
ひょいと椅子から降りたベリアリューズは、自分より頭一つ半は大きな体躯に手を伸ばし、顎を掴んで自分の方に向ける。
列島人特有の彫りが薄い顔付きに、白みがかっているが僅かに沙漠の砂のような色味のある肌。毎日風呂に入っているのかもちもちとして触り心地の良い肌と、丁寧に剃られているのか髭の嫌な触り心地もしない感触が指に心地好い。
粗野な男達とは違うし、鼻に嫌なキツすぎる香水もプンプンさせていないのは、物事は単純であることを尊ぶリズには好ましいことだった。
それに、細すぎないのも良い。鍛えているのだろう。がっちりとした肩幅、膨らんだ腰、引き締まって太股から足下へ伸びるライン。下半身の造型に一家言ある彼女からすれば、細身の脚絆と磨き上げた長靴の組み合わせが、馬鹿の一つ覚えが如く胸を開く男よりずっと色っぽい。
「どうだい? お礼に一晩。弾むぜ」
『美しい方、お誘いは嬉しいですが、自分は売り物ではありません』
そっと顎を掴んでいた手を押しのけると、彼は名を名乗り、探索者をやっていると告げた。
「なるほど、口説かれるのが好みってわけか、いいね。天国を見せてやるぜ?」
「そちらもご遠慮いただきたい。私は仕事できています」
言って彼は腰をポンと叩いた。そこには拳銃だかいうものが収まっていた。たしか死にはしないが、当たればハンマーでぶん殴られる程度には痛いと聞いた。
心臓を一突きする懐剣には及ばないが、列島人相手に喧嘩になった奴がこれを十回ほど叩き込まれて、半月は寝込むハメになった噂を聞いた彼女は思い至る。
なるほど、たしかに戦士だ。
立ち姿に媚びたところはなく、錬磨された匂いがある。体の軸は一本芯を呑み込んだようにピンとしており、更には圧倒的に力で勝るはずの女を小指の痛みで御する白兵能力。
組み敷いてみたい。欲望が鎌首を擡げる、が……。
「それよりも……」
彼が手を広げて周りを示せば、唐突な修羅場に客の大勢が退いていたし、店主は勘弁してくれという表情を隠しもしていなかった。
「これ以上、お店にいるるのは、ご迷惑になりそうです」
「……なら、アンタの河岸で呑み直そうぜ。奢るからよ」
こうして半ば無理矢理くっついていったベリアリューズは、コウヅキを通じてアゼリアと知り合い、何とか説得して一党に加わることとなった。
その際に多少のゴタゴタはあったものの――悪さをしないという念書を書かされたのは、いまだにやり過ぎだとベリアリューズは思っている――女が男に〝惚れる〟という意味を知らされた男の隣で戦えていることを彼女は満足していた。
何せ、たまに鍛錬として殴りかかってみたところ、この男は殆どの攻撃を回避してみせたのだから。
逃げる相手は追いたくなる。正しく、戦士の欲求を擽って仕方がない男だ。
何よりも、鎧越しであっても尻と太股のラインがけしからんのが彼女に刺さった。
「うぅぅおらぁぁぁ!!」
轟音。喉も裂けよとばかりに気合いを入れた叫びが〝巨大なカマキリ〟の体躯を弾き飛ばす。
潜っているダンジョンは進むにつれて凶悪さを増し、遂にはこんな怪物まで出てくるようになったのだ。
冒険者の間では、このような箴言がある。
蟲と竜には手を出すな、と。
それは異形の中でも蟲を源流に持つものと、怪異であらずとも強力なドラゴンは人型のソレより格段に強力であることを教える物だ。
可能ならば無視するか、追い払うに留めるのが最上とされる蟲の異形。小型であっても自分の何十倍も重量がある物体を運ぶポテンシャルを持つ生物が、体高3m、全長4.5mもの巨体になれば、どれだけ強力かは推して知るべし。
しかし、要は全力を出させねば良いだけだ。
全力を込めたが故に隙だらけでもある満身の一撃が、俊敏なカマキリに徹ったのは、予め精密無比な狙撃によってコウゲツが両の副眼を吹き飛ばしていたからだ。
当人曰く〝申請しても月に二発しか貰えないとっておき〟を使ったそうで、緑色の目には灰色の巨大な矢が刺さっている。
対怪異用、50口径対装甲フレシェット弾頭だ。
盲目になったカマキリは必死に鎌を振り回して暴れたが、碌に狙いも付けてない攻撃を熟練の冒険者が潜り抜けられぬはずもなし。
「いったぞ!!」
「お任せを!!」
吹き飛ばされたカマキリの先には、腰だめに剣を構えたアゼリアがいた。交錯の瞬間、刃は光の残像を残して振り抜かれ、カマキリの首を刎ね飛ばす。
得も言えぬ気味の悪い体液を漏らしてのた打つ体。首を刎ねられて尚も暴れ続けるソレは、蟲特有の神経塊を複数持つがための反射行動ではあるものの、脅威であることに違いはない。
放っておけば死ぬだけの打撃を与えたが、不意討ちを喰らっては堪らぬと距離を取ったアゼリアは叫ぶ。
「リリム! 片付けを!!」
「……うん」
長身の術師が杖を構えると、先端に据えられた世界晶に蒼い光が凝縮する。
そして、闇を払うように蒼の奔流が溢れた。
光は空間を〝解く〟ように直進し、直撃したカマキリの体が粒子のように解けていく。
〝干渉式〟を扱う者にとって、最上位の攻撃術。〝存在否定〟の奔流だ。
抵抗するように残った体が左右に振られるが、僅かに杖を動かすだけで軌道をいくらでも修正できるフェアルリリムから逃れられるはずもなし。
数秒の直接照射を受け続けたカマキリは、やがて蒼い光の塊となって消えた。
後に残るのは斬り落とされた頭部と、飛び散った青黒い血液の痕ばかり。
いや、消失させられた体の痕跡、その中心に宝石が一つ転がっている。
世界晶だ。
異形は体の中に大なり小なり世界晶を宿している。強力にして強大な個体であればあるほど大きく、そして品質の高い澄んだ物が採れるのだが、このカマキリが体内に宿していた物は素晴らしい品質である。
「おお、こいつぁ大したもんだ」
赤子の拳ほどある世界晶を拾い上げたベリアリューズは、並のダンジョンの最奥で待ち構えている異形が宿すものと遜色がないなと掲げ持って感嘆した。
蒼い光を放ちながらも向こう側が僅かに透けて見える透明度は惚れ惚れするほどで、大きさも十分。形は多少歪ながら研磨しやすそうな形状。これは換金すればかなりの値が付くだろう。
いや、この大きさであれば、鎧の動力になるからコウヅキが喜ぶかとベリアリューズは掌中で弄びながら思った。
「ほい、鑑定よろしく」
「……危ないから投げないで、リズ」
しかし、好意を稼ぎたいからと勝手にくれてやる訳にも行かないし、アゼリアは公平な分配に五月蠅い女だ。自省した彼女は最も世界晶に馴染んでいる術師に投げ寄越し、品質を見るように頼んだ。
直截に甘やかしてやるよりも、コウヅキはこういった公平な振る舞いを愛することを知るがばかりに。
まったく、自分にこんなガラでもないことをやらせるとは、罪な男だと彼女は笑った。
「……透明度はいいね……多少のインクルージョンはあるけど、殆ど目立たないし……クラックもない……めだった劈開もなさそうだから……凄く品質が良い……三等級、ううん……準二等級かな……」
「ということは、かなり、危険、ということですね」
いつの間にやら闇の中から戻ってきたコウヅキが言った。手にしている銃の形が変わり、湯気が出ているのは、特殊弾頭の使用にあたって放熱する必要があったからだろう。
「気を、引き締めないと」
実際、その通りである。
世界晶の品質は大きさを始めに諸々の要素で価値が付くが、特等を最上とすると、そこから四品質下、並の冒険者の限界点とも呼べる深度Ⅲのダンジョンを統べる個体が持っている物よりも上質な物を徘徊している異形が宿していたという訳だ。
これは、このダンジョンが持つ危険性を明示する証拠の一つでもある。
「これはいるかもしれませんね」
剣を懐紙で拭きながらアゼリアは厳しい表情をした。
「怪異の王が」
「へっ、望むところだ。むしろ、その方がアガリも美味いってもんよ」
なぁ? と背伸びしてコウゲツと無理矢理肩を組んだベリアリューズは、何が来ようと恐くなかった。
この斥候が導いてくれる限り、自分が力のふるい所を誤ることはない。
そして、自分が本気を出したならば、粉砕できないものなどこの世にないのだから。
なればこそ楽しみだ。
いつか、この背丈だけは自分より高い男を組み敷いて、初物を奪い泣かせてやる様が…………。
※西方の価値観では商売男でもないかぎり、家庭に入っていない男子は“清らかである”と考えるのが一般的である。
ということでベリアリューズ視点でした。彼女にとってコウヅキは正しくおもしれー男なわけですね。
コメントが沢山増えてとても嬉しかったです。日刊一位は陥落しましたが、それを補ってあまりある喜びです。これからも沢山頂けると筆力のブーストになってバリキがかかるので、何卒よろしくお願いいたします。




