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アゼリアは出会いを選別し、差配するという、糸車の神を自らの主神と仰いで良かったと、日頃から思っていた。
『頭に当たりました』
無線機から聞こえてくる低く掠れた、耳に心地好い男性の声。合成音に被ろうとも、理解はできずとも、その甘やかな響きは耳朶に何とも官能的に染み込む。まるで抱きしめられて、耳元で囁かれているような錯覚を覚えた。
この蜜のような声が自分を導き、危難を遠ざけ、正答を掴み取る。この幸運に心よりの感謝を捧げる。
渡されていた小さな機械、そのモニターと称される部分がコウヅキの視界と同調していることは説明されていて分かっているが、未だに遠くの人間が見ている光景をこちらまで送れる理屈は分かっていない。
それでも〝異形小人〟と呼ばれる異形の頭部が弾け飛んだのは確実だ。
鋼の礫を飛ばす列島人の武器は火力にこそ劣るが、その静粛性と連射能力は怖ろしい。
『頭に当たりました。二回目です』
巨大な筒の先端に被せた減音機なる物が音を殺すらしいが、当たれば大人でも痛く、当たり所によっては死ぬこともある礫を一秒間に何発も放てるのは凄まじい。
特にコウゲツは、それを屈みがちなのと酷い猫背であることが相まって、体高3.2フィーテほどしかない小人の頭に一呼吸の間だけで命中させるのだ。
しかも、当人は660ヤーデ、弓では到底狙えないような遠間に伏せたままで。
あの距離で、さらに一撃で撃破しようとしたら目などの脆い部位を狙わねばならないだろうに、本当に凄まじい腕前だ。
『標的二体撃破……いいえ……』
無線機越しに伝わるくぐもった音。バスリ、バスリと連続したそれに続いて、迷宮の穴が空いた断層の上から死体が二つ降ってくる。視界に映っていなかった、隠れた異形をどうやってか見つけ出し、瞬く間に〝処理〟した音だ。
『撃破四。見張りは全滅しました』
機械の声に被さる理解できない東の言語は、絶技を披露してもあくまで淡々と。ゾクリとしそうな、機械を通しているというのに背中が粟立つ、冷たく凍ったような音色で合成音声の妨げなど貫通して脳を揺らす。
臥所で聞かされたならば、どうなってしまうのだろうとアゼリアは一瞬だがはしたない夢想をしてしまった。
「相変わらずやるねぇ」
見た目はまるっきり童女めいたリズが画面を覗き込みながら煙を吐いた。たまに隅っこでコウヅキがコソコソ吸っている、パイプを使わない煙草だ。
「ちょっ、ベリアリューズ!! 煙たいからおやめなさい! というかソレ、コウヅキのでしょう!」
「カードで勝って貰ったヤツだもーん」
見た目どおりの子供みたいな口調で言い訳を宣う彼女の顎に容赦なく肘をくれたが、ひょいと躱されてアゼリアは舌打ちを堪えた。この女は何かに付けてコウヅキの私物を賭けで巻き上げているのが腹立たしい。
パイプ煙草は臭いから嫌いだが、コウヅキが吸っている甘いバニラのような匂いがする煙草が不思議と嫌いではない王女は、同じ香りがリズからするのがいまいち気に食わない。
それに、この女はあろうことか〝洗濯してないシャツ〟を場代がないからと色々言い訳を付けて剥ぎ取ったことがあるのも知っている。益々鼻持ちならないが、重戦士としての腕前が確かなのと、コウヅキも本気で嫌がっている様子ではないので掣肘を下せないのが尚のこと腹立たしかった。
たしかに酒場で場代が足りないから服を剥ぎ取られるなんて、珍しいことでもない。古着屋に持っていけば金にはなる。さりとて男児の、他ならぬ我々の導き手から剥ぎ取るとは何事か!
しかも、勝ち取ったそれに鼻を寄せている様をアゼリアは目撃しているのだ。
「……アゼリア……そろそろリズがコウヅキをカードのカモにするの怒ったら?」
「ですが、彼は人の輪に加われないと寂しそうにしますから」
そこが何ともし難いポイントなのだ。イマイチルールを把握しきっているか怪しいカード遊びには、当人が進んで参加している。一度嫌なら断ってもいいと言ったことがあるが、コウヅキ自身が少しでも馴染みたいからといってやっていることを無碍にはできない。
『あの、綺麗になりましたよ? 聞こえてますか?』
「ああ、ごめんなさい! 聞こえてます! わたし達も前進します」
『了解、入り口の安全を確保しておきます』
賭け事の是非を論じている間に来ていた無線に気付けなかったことに慌て、二人は荷物を抱えて前に出た。
それと同時、ダンジョン付近の森にまで来ていた車、その後部が〝独りでに外れて〟自立した。
「いつ見てもびっくりしますね、列島人の技術は」
「……ですね……そのおかげで、あたくし達も楽をできているのですけど……」
コウヅキが高機動車と呼ぶ車両の後部は、四つ足で自律してダンジョンの方へと勝手に歩き出している。未だに謎が多い列島の技術で輜重を助ける、馬もなく歩き、階段すら踏破する荷台は、始めて動き出した時に酷く不気味だと感じたが、今では愛嬌すら覚えるようになっていた。
それもこれも、数人分の水と食料を積んでダンジョンを往復できる上、大量の戦果を余さず持って帰れるのは、この自動馬車のおかげなのだから。
『入り口は安全です。異形小人を三撃破』
斥候が安全だと言うのでダンジョンに踏み入れると、緑の血を流して三体の小鬼が倒れ伏していた。二体は目を射貫かれて絶命し、もう一体は頭部を斧で割られて倒れ伏している。
しかし、撃破したはずの斥候は不在であった。
「コウヅキ?」
名を呼べば、暗がりからぬるりと這い出すように黒い甲冑が現れる。
幻惑を得手とする干渉式使いのように、鎧の表面に向こう側の光景を投影する技術だと分かってはいるが、こうも美事に隠れられると何度目にしても心臓に悪い。
短時間しか使えないとはいえ、幻惑術の中でも高度な部類の透明化を本人曰く〝ただの兵隊だった〟と謙遜する彼にまで配給できるとは、列島人は一体何と戦うつもりで技術を発展させてきたのであろうか。
その上、静寂を形にしたような立ち姿だ。草を掻き分ける微かな雑音を立てることはなく、ましてや足音など耳を澄ましたとて鼓膜はゆれなかろう。他の列島人が着ている機械でできた鎧のように、関節が奇妙な音を発してもいないのは、彼が特別だからだろうか。
『見たところ、かなり深そうです。最低でも深度Ⅲ、最悪Ⅴの可能性もあるかと』
「深度Ⅲでも厄介ですね……早く見つけられてよかった。先へ進みましょう」
斥候に先導されつつ、最初に潜ったダンジョンも深度Ⅲだったなとアゼリアは思い出す。
あれは、自分がまだ冒険者になって日が浅い時分、民草の危険を払うべく立ってそう間もない頃だった。
身分を隠してダンジョンに潜るべく新規の加入者を探していた、その地域では名を馳せた一党に参加できた彼女は現実に打ち拉がれたものだ。
戦いぶりそのものは悪くなかった。流石は詩にも歌われる者達と納得し、自分が追随するのが難しいほどの英傑さえいた一党なれど、決して夢に見た清廉でも高潔でもなかった。
分け前で揉め、戦果で揉め、終い口にはギルドからの情報が違って大深度のダンジョンに当たった時、その依頼を貼り出した村落に〝詫び料〟を請求し始める品のない奴儕。
決裂は必定であった。何かある度に〝義〟を唱えたが故、酷く煙たがられていたことは分かっていたし、嫌がらせのように分け前を削られたことも多々あったため、喧嘩別れしたことに後悔はない。
何処かに、何処かに自分の理想の英雄がいるはずだと信じてアゼリアは彷徨った。
しかれども、得る物は失望ばかり。
そういった者達を会心させようと努力する度に煙たがれ、疎まれ、遂には放逐されることを何度繰り返しただろう。
心が折れかけた時、己が発起人になろうと名乗りを上げても誰もこなかった。今まで短期間に何度もパーティーを追放されたという噂が立っていたからだ。
「貴方が“高潔なる”アゼリア卿ですか?」
もう、募集の紙を剥がしてしまおうかと思って時に来たのだ。母に頭を下げ、初志貫徹できなかったことを悔いながらでも、人を借りようかとも諦念に浸りかけた時だ。
コウヅキが。
あれは正しくアゼリアにとって奇跡だった。自分自身の戦闘能力には自信があったが、ダンジョンに待ち受ける多数の罠や悪辣な仕掛けを解除できない彼女は、一人で深層に挑むことはできない。
そこに全てに秀でた技術を持った彼が現れたのは、正しく糸車の神がもたらした福音といっても良かった。
しばらく二人で戦った日々は、宝石箱に貯められた必要だからと調達した装飾品より輝いている。
彼は本当に志が高い。民のため、報酬の割りが悪い仕事を受けても文句を言わず、礼を言う人々を微笑んで眺めている。
そして、頑張って貰ったため報酬を多く渡そうとすれば、いつだって彼はそれをアゼリアに握らせ「私達は、運命を共にしています。報酬も同じであるべきです」そういって微笑んでくれた。
あの男性としては鍛え上げられて硬い掌の感覚が忘れられない。
そして、愁いを帯びた瞳が優しげに、自分の存在を、義に立ったことを全て肯定してくれるような笑顔が。極東の神秘的な、絢爛な薔薇というよりも密やかに咲く百合のような容が愛おしくて仕方がない。
これほど勇敢で挺身的な男性が世に居るだろうか。
かつての聖者はこう言った。
真に尊敬されるべきは美しい花を撒く者ではなく、汚泥に塗れても困窮する者の手を取る者だと。
コウヅキは正にそれだ。自分を導く男戦士。翼が生えていないのが不思議なくらいである。
『止まってください。異形小人五、異形巨人二』
こうやってのんびり過去を回想しながら潜れるのも、全てコウヅキの手腕あってこそだ。通信機越しに警告されて、斥候一人で百歩は前に進んでいるだろう彼は闇を見通して全ての敵を報せてくれる。
彼が踏んだ道に罠があることはなく、優しく開かれた箱の罠は沈黙し、全ての錠は迎え入れてくれるように落ちる。
正に導くき男戦士。戦死者の館で英雄を歓待する清らかな男子とは、正に彼のような人物のことを言うのではないだろうか。
「戦闘には少し暗いですね。フェアルリリム、暗視を」
「……分かった」
術師が何事か呟き、世界の理に干渉してから指先を二人の瞼に触れさせると、暗い洞窟が真昼のように鮮明になった。元々夜目が利く方の前衛二人をしても有り得ない明るさの下で戦えるのは有り難いことだ。
「コウヅキ、しかけます。注意を惹いてくれますか」
『分かりました。五数えたら仕掛けます』
剣を鞘から払い、明るくなって露わになった敵に向かって駆け出す準備をするアゼリア。彼女の脚力であれば、100フィーテ圏内であれば一刀足の内。
静かに五つ数えられた後、異形小鬼が一体倒れた。いつの間にやら敵集団の向こう側に回り込んでいたコウヅキが頭を狙撃したのだ。
続いて巨人にも命中したようだが、運悪く瞬きの瞬間に着弾したのか首が弾けるように傾いだだけで倒れはしない。二発、三発と連続して叩き込んでも皮膚表面を抉るのが限界で、骨を貫通できずにいる。
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
だが、動きを止めてくれただけで大戦果だ。王女は裂帛の気合いと共に疾駆し、一刀の下に体高三mはあろうかという巨人を両断してみせる。
「はっはぁぁぁぁ!!」
そこに一拍遅れてリズが殴り込んだ。装備重量の分僅かに俊敏さに劣る彼女だが、それをカバーしてあまりある膂力が小鬼を二体纏めて挽肉に仕立てながら、その余勢で生き残った巨人の膝を叩き潰して尻餅を突かせる。
痛みで叫びを上げる巨人。されど、その咆哮は長く続かない。大口を開けて弱点を露出したところにコウヅキが弾丸を叩き込み、脆い口を貫通して脳幹に弾を届かせたのだ。
倒れ伏す巨人の下敷きになって生き残りの小人も潰れ、あっと言う間に戦は終わった。
しかし、これはまだ序盤戦だ。深度Ⅲともなれば無数の小道に分岐して数十の小部屋と数百の異形が屯し、深度Ⅴともなれば、その三倍から四倍の複雑さと異形を蓄えている。
「コウヅキ、弾は温存しておいてください。長丁場になるでしょうから」
『分かりました』
それでもアゼリアは不安を覚えていなかった。
この導きの雄神がいる限り、自分達は道を過つことも踏み外すこともないと確信しているから。
暗き道を暗きままに照らしてくれる彼の背を追って、一党は静かに、確実に迷宮へと楔を打ち込んでいく…………。
さて、視点は女性陣に移り、どろどろしてまいりました。
コメントありがとうございます。忙しくてお返事は出来ていませんが、一つ貰う度によろこんで執筆速度が上がっております。これからも何卒よろしくお願いいたします。




