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「いよっこいしょっと」
小さな気合いの声を上げ、リズは地面に太い杭を打ち付けた。
小柄な彼女と大して変わらない大きさのそれは、列島人の婦女なら薄紙一枚分も浮かせることはできなかっただろう。
にも拘わらず、彼女は易々と小脇にもう一本抱えて持ち歩き、片手を振り上げることで中程まで地面に埋め込んでみせたではないか。
「次どのへんだー」
振り返って問い掛けると、コウヅキは昼間でもよく見えるレーザーポインターで地点を示した。片手には測距機能付きの双眼鏡が握られており、150mずつ正確に距離を測っていることが分かった。
「しかし、あいつも健気だね。勝手にやってろじゃなくて、きちんと鍛錬場を用意しといてやるなんて……よっと!」
最後の杭を叩き込めば、距離は丁度、トレーラーから1kmほど離れたことになる。
「ふいー……しかしコウヅキよぉ! こんなのが要るような長物背負ったヤツ、ダンジョン内でどうすんだ?」
昼飯で彼の手料理をご馳走になる代わり、ショベルカー並の力仕事をやったベリアリューズに、彼はうーんと顎に手をやりながら瞑目する。
『まず、新人が使うのは、私より大型の銃です』
「まぁ、デケぇなら威力が上がるのは道理か。つって、その20mm? とかいうのはどの程度の威力なんだ?」
『私の銃より、格段に強力、です。弾も、遠くまで、届きます、が……ああ、お茶をどうぞ』
「おっと、悪いな」
受け取りはしたが、このペットボトルとかいう柔らかい容器に入った、甘くない麦っぽい味のお茶は得意じゃないんだよなと思いつつ、リズは少し乾いた喉を潤した。コウヅキの好物らしく定期的に列島から運ばれてくるのだが、彼等は甘くない茶の何を有り難がっているのだろうか。
コウヅキは喉を鳴らして違和感のある茶を飲む彼女を上から下から眺めたあと……あれ? もしかしてこの人、20mmくらいじゃ直撃しても死んでくれないのでは? と気付いた。
今まで前衛であるベリアリューズが危険に襲われることが多々あった。
アダルト級のドラゴンの振りたくる尻尾に叩きのめされ、壁にぶつかったこともあれば、大型怪異にのし掛かられたこと、突撃を得手とする敵に横合いから吹き飛ばされたこともあった。
どれもM2の頑強性と生残性では、生き残る確率のない攻撃だ。外骨格は原形を残したとして、中身がトマト缶のようになっているだろう。
だが、そのどれを受けてもリズはピンピンとしていた。
むしろドラゴンの尾に振り払われた時は激突した壁が崩れ、押し潰そうとした大型怪異は毛皮を掴んで地面に叩き付け返し、吹っ飛ばされようと数回転して勢いを殺しあっと言う間に立ち上がる。
正直、軍用の外骨格とどちらが頑丈かと言えば、斥候用のソレよりはリズの方が頑強としか思えない。仮に全高3m、重量2t近い最新のセンチュリアMk-Ⅳであっても、同じ攻撃を受けて搭乗員が元気一杯かは疑問だ。
むしろ、装甲の隙間に装備されている、各種感覚素子が逝ってもおかしくない。
改めて「本当に同じ人類のだろうか」などと若干の疑念を抱きつつ、細かいことは忘れることにしたコウヅキ。
「で、強力だがなんだよ」
『いえ。リズを、倒せるかは、分かりません』
「当たりゃ痛いんだぜソレ。もっとデカくなりゃ流石に目玉とかに貰えば死ぬっての」
デコじゃ無事なのかと戦慄するコウヅキだが、今更と言えば今更だ。護身用のマンストッピングパワーが強いはずの45口径を〝痛い〟で済ませる民族に深く物事を考えない方が精神衛生には良い。
「しかし、新人が使い物になるまでどれくらいかね……アタシらが低級漁りなんざ、周りはさぞ驚くだろうさ」
『できるだけ、厳しく鍛えて、早く前線に、順応させ、ます』
「優しくするんじゃなかったのか?」
『甘い、のと、優しい、のは、別です』
「なるほど、そりゃ道理だ」
傭兵団を経験しているリズからすれば、言うことは優しいが必要なことを教えてくれない先輩は役立たずだった。その分、声も面も怖いし、遠慮なくぶん殴ってくるが、生き残るのに必要なことを教えてくれる先達はありがたかった。
何故なら、前者の甘言は命を救わないが、後者の厳しさは戦場で生き残らせてくれたのだから。
「で、どんなプランだ?」
『半月は、反復練習、させます。飛んで、跳ねて、隠れる。基本、です』
「おう、お前のお得意だな。本気出されると誰も分かんねぇんだ、しっかり仕込めよ」
『はい。それからは、今の、杭を、使って、砲を覚えさせ、ます』
「お前の銃とかいうのより強いなら、まぁ気くらいは逸らしてくれるかね」
『……当たり所に、よっては』
「ちっと頼もしさがたんねぇなぁ」
銃の口径では上を行くと言われても、その新人が旅の道をコウヅキより助けてくれるとは、到底思えない。
彼と同じ装備を使い、全ては装備あっての腕前と謙遜していてもだ。
リズは傭兵と、何度も暴力性によって追い出されるまでの一党で斥候をやっている人間を幾人も見てきたが、コウヅキより静かな人間に合ったことはない。
彼は歩く音が靴底の分厚い軍靴を穿いていて尚も小さく、余程向こうから存在を主張していなければ、背後に立たれても気付かないくらいだ。安い店で誰が開けようが酷く軋むドアでも無音で開け、いつの間にか卓についている様はお伽噺の妖精めいているほど。
「なぁ、コウヅキ、お前、軍隊でどんな教育を受けたんだ?」
『簡単、です。走る、飛ぶ、隠れる、撃つ、以上、繰り返し。私は、それに、見つからないようにする、だけ、です』
「いや、酒場であった、えーと、あー、あー……」
『ありあ?』
「そうソイツ! それがお前ん胸の飾り見て驚いてたろ。モリモトってのも褒めてた」
ハジメは野戦服の略称を指さして、ただ試験をパスすれば貰える証明書のようなものだというが、リズにはそれが何だか気になった。同郷人が見て驚愕するなら、さも凄い物に違いないと。
「これはどういう意味だ?」
『特別な、外での、斥候印といいます。鎧を着ず、半年訓練を受けたあと、背嚢だけで、山の中を這いずり回りながら、三ヶ月かけて、指示された場所を、通り抜ければ、貰えます』
「……は? いやまて、装備なしで? 三ヶ月? 脆い列島人が? 補給は?」
『ありません』
「……マジで?」
当然のように頷くコウヅキをみて、列島人って男にそういうことさせんの? こえぇと心胆から震え上がるリズ。
それは自分だって似たようなことをやれと言われればできなくもないが、決して楽とはいえないし、やりたくもない。だが、それを胸に付ける印一個のためにやるのかと驚いた。
「鎧あるなら、そんなことしなくてよくね?」
『外骨格は、道具、です。壊れます。故障も、あります。でも、肉体は、死ぬまで、使える、武器です』
故に磨くのです。そう胸を張られても、男なのにそこまでやる必要ある? とリズにはドン引きするしかできなかった。
「……お前、もしかして苛められて喜ぶ気質?」
『失礼、です、よ』
しかし、彼女は指さした特偵のメンコではなく、その隣にあった月下凪海章の過程を知れば、列島の軍隊は狂人か畜生の集まりだと誤解しただろう。
なにせこれは、諸島部を偵察し、破壊工作を行い、ゲリラ戦を〝単身で達成可能〟だと判断するに足る人間が身に付けるもの。
その過程はえげつなく、鍛え抜かれたレンジャーでさえ八割が根を上げる訓練が待っている。
その上で最終試験は、何処とも知らぬ海の上で外骨格のまま放り出され、必ず数時間毎に〝どこかがバグる〟装備での一ヶ月に渡るチェックポイント巡り――勿論、チェックポイントごとに課題がある――を幾つもの島を渡って、やっと完遂できる物なのだ。
半魚人と渾名される海兵隊とて、真の半魚人ってのは、ああいうのを言うんだという物を、となりの清楚そうな男が持っていることをリズが知らないまま終わったのは、ある意味幸せなのかもしれない…………。
すみません! ラジオやってるのに必死で予約投稿わすれてました!!
コウヅキくん「夢のためなら!」でコレに耐えられるんで、本当にできる子ではあるんですよ。
ちょっと阿呆なだけで。




