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知らない間にメンバーから激重感情を抱かれて帰れないダンジョン探索録  作者: Schuld


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16/16

2-3

 年収を暴露するという恥ずかしい一幕は、その後、街の鐘が厳かな音を立てたことで閉幕となった。


 何かを考え込んでいたアゼリアは、昼餐も近いので解散にしましょうといって立ち去り、微妙な空気を湛えたまま水入りとなるリビング。


 さて、ここで彼の話をしよう。


 コウヅキは自分より年齢が下の少女達に、年収を知られるのが恥ずかしかったのであって、自分の報酬が殊更に低いとは思っていなかった。


 一般人の平均年収は六百万円から六百五十万円。軍時代の年収も同程度に危険手当が乗るくらい。


 特筆することのないダンジョンPMC前線オペレーターであれば、一千二百万円という認識は間違っていない。経済誌にも載っている統計的な事実だ。


 だが、彼は自分が平均ではないことを、何があろうと普通の枠組みにないことを、正しく理解していなかった。


 というのも、問題は彼の来歴にある。


 コウヅキはJRPGの勇者に憧れていた少年時代、列島外の武器に触れてみましょうという、小さな博物館の催し物で異世界製の剣に触れる機会があった。


 中学生になり、第二次性徴が始まって背が伸びてきて、体力に自信が付く頃だ。


 その時分はまだ夢を見ていたこともあって、ダンジョンで夢のような生活ができると思い込んでいた。


 しかし、アクリルケースの中で鎖に繋がれて展示してある、ちょっと持ってみることができる程度の〝ショートソード〟を手にしたことで、彼の夢は一度折れた。


 無理もない。西方人の膂力に耐え、屈強な敵対者や怪物・異形を倒す最低限ともなれば、剣の重みや厚みは全く違う。


 長さは漫画やゲームに出てくるショートソードそのものでも、厚造りの剣が持つ重量は5kgを優に超えていた。持ち上げることはできても、思うままに振るう事など列島人には不可能である。


 それも、現地では〝護身用〟程度の扱いを受ける代物であってもだ。


 他に展示されていた、軍用剣は総重量10kgオーバー。傭兵が鎧諸共に敵を叩き斬る、ツヴァイヘンダーにいたっては厚みと身幅が西洋のそれとことなり、なんと25kgを超える。


 こんなものを列島人がどうこうできるはずもない。


 その際にJRPGの勇者達のように、煌びやかな鎧、オリハルコンの剣、神々の銀で作られた短剣には見切りを付けるしかなかった。


 しかし、コウヅキ少年は諦めが悪かった。


 ダンジョンに潜るPMCの存在を知っていたからだ。


 そして、彼なりに将来の設計が始まる。


 まず、ドラゴンを討伐するという人生の宿願を果たせるのは、大手のPMCだけだろう。


 最新鋭の外骨格を纏い、軍が許容するギリギリたる一世代前の30mm砲や、完全退役して放出された105mm滑腔砲を装備した多脚戦車を所有できる、中央証券取引所一部上場企業くらいでなければ。


 となると、書類選考を通りたければ当然学歴がいるが、不幸にも彼には〝妹が三人もいた〟。


 つまり、親は自分を大学にやる余裕がない。これは常日頃言われており、納得していた。


 だが、そんな企業が未経験の高卒を採ってくれるか? 絶対に否だ。


 必然、大卒資格は欲しいが、それ以上に必要なものがある。


 オペレーター、前線要因としての経験だ。


 そして彼は、冒険者に憧れるような子供が来ることを見越して、自衛軍が博物館出口に広報スペースを置いていたのに見事なまでに釣られたのである。


 これだ! と天啓を受けた気分であった。


 中学生でも分かる。優秀な探索者を欲するであろう企業なら、従軍経験があった方がプラスになる。それから配属でも有利な、深いダンジョンがある地方に配属されるだろうと。


 彼は帰宅後、両親へ熱心に将来設計を語った。


 親はそれを概ね受け容れたが、流石に自衛軍幼年学校への転学は認めてくれなかったし、自衛軍高等学科への入学も「潰しが効かなすぎる」として却下された。


 それでも腐らず公立高校を優秀な成績で卒業したコウヅキ少年は、そのまま自衛軍に入隊。


 普通科の汎用基礎カリキュラムを経てから特殊偵察隊検定を受け、通称レンジャーと呼ばれる狭き門を突破。


 その後、上官から才覚を見出されて海兵隊へ移籍。


 様々な訓練と特別過程を経て、多数の徽章を獲得して曹候補過程を通過。二十歳にして三曹となり、その後強行偵察小隊に配属されて訓練で優秀な成績を示したこともあり、上官推薦によって最低勤務期間基地絵を省き、二一歳にて二等陸曹への昇進という異例のスピードで昇格。


 そして、特に優れた浸透破壊工作員技能検定をクリアして月下凪海章を獲得すると同時、〝とある事故〟によって小隊全滅の危機を機転と半ば自殺に近い自己犠牲によって解決したことで、銀翼挺身章を授かったため、その報償という体で一曹となった。


 ここまでを見れば、正に英雄的なな軍人としての栄達と言えよう。


 実際、彼の上官はコウヅキを奉仕精神に溢れ、忠誠心が篤く、冷静に物事を俯瞰し、いざとなれば身を捨てて作戦完遂に命を捧げる理想的な軍人としてみていた。


 故に上官達は、彼を下士官で終わらせるのは惜しいと思ったのか、幹部候補過程に進ませることを検討し、それは半ば決定事項と化していた。事実として、このまま軍歴を歩ませるのであれば、二二歳の一曹という異例の存在を停滞させるのは、勿体ないにもほどがある。


 幹部として小隊を率いさせるのに相応しい人材であったからだ。成果如何によっては、数十年ぶりとなる兵卒叩き上げで軍大学入りもあり得る、嘱望された人材であった。


 しかし、その根回しをしていた直属の上官は、信じられない書類をコウヅキから提出されることとなる。


 満期除隊願いだ。


 通常、自衛軍の任官は四年刻みであり、何もなければ自動更新されて、規定の年齢まで御奉公が続く。


 だが、あろうことかコウヅキは「これで返還義務のない奨学金を受け取る最低年数の勤続ができた!」とばかりに除隊を願い出たのである。


 これは揉めた。揉めに揉めた。


 新進気鋭の優秀な特殊部隊員、それも銀翼挺身章持ちが退役したいなど、現状に不満があったとしても異例だ。普通ならば配置換えの願いなどから牽制していく。


 海兵隊の幹部五人が集まる、ある種異常な質問の場にて、コウヅキは退役したい理由を問われて堂々と言った。


「大学に行きたいからです」と。


 軍大学じゃだめなのか? 幹部候補学校もあると色々言われたが、この時にコウヅキはネットからの情報で、オペレーターを欲する企業は一般大学の方を好むという情報を掴んでいた。


 自衛軍の三尉以上、つまり幹部は軍に染まりすぎていて、民間の気風に馴染みづらいため、新卒では嫌われるとの企業方針を手に入れていたのである。


 故に彼は様々な提案を丁重に断り、強引に引き留める術のなかった軍は、彼が完全退官を希望していたのを何とか〝予備役〟にするのが精一杯であったという。


 それから退官までの期間で勉強した彼は、一流とは言えないが、名前を言えば大体の人間が「ああ、あそこね!」と知る国立大学に合格。


 オペレーターに求められる国際法学を修めるべく法学部を選択し、ゼミでもそれを専攻。きっかり四年生進級時には卒業単位をゼミ以外取り終えて、意気揚々と就職課の門を叩いたのだが……。


 就職課の職員達は、彼の用意した履歴書を見て頭を抱えることとなる。


 勤続二十と余年、万に達する生徒の巣立ちを見守ってきた主任でさえ困惑した。


 職歴欄に燦然と輝く自衛軍一等陸曹の階級。


 経歴欄にてズラズラ列挙される、海兵隊強行偵察小隊に配属されるまでの流れ。


 そして、枠が微妙に足りなかったのか色々と省略された資格欄。


 こんなもんどなせいせいっちゅーんじゃと、就職課全員が身悶えした。


 されど、持って来た当人は目をキラキラさせながら、探索者PMCに入りたいんです! とか言い出すのである。


 言っておくが、彼の母校は国立でも普通の大学である。PMCの後方事務要員や経理部門のアテなら幾らでもあるが、普通にオペレーターとしての募集は来ない。


 体育会系の私学ならば山のように案件はあろうが、ここは〝普通の人生を優秀に歩みたい人達〟が集まる場所であって、ヤクザな商売の斡旋所ではないのだ。


 それが急に成績優秀者で、学内でも人品と成績を評価されなければ入れないゼミの中でも教授に気に入られている生徒が、突拍子もなく傭兵になりたいです! とか言いながら突っ込んで来て対応ができるものか。


 様々な相談を交わした職員達は、最終的に前線要因募集なら常に企業ホームページでやっているから、そこからダイレクトにやった方が良いとお茶を濁してコウヅキを返した。


 要するに、手に負えないとして放流したのである。


 まぁ、なるほど! と愚直にそれを信じる方も信じる方だが。


 そして彼は意気揚々と多くの大手ダンジョン探索PMCに履歴書を送るのだが……。


 結果は知っての通り、惨憺たる有様。


 積み重なるお祈りのメールに、鍛え抜かれた海兵隊員であっても心が折れかけた。


 ただ、これは何もコウヅキばかりが悪いのではない。


 もし彼が列島人ではなく、旧世界の他国企業であれば「明日にも飛行機に乗ってくれ。契約金で三千万円用意する」と熱烈なオファーを処理仕切れないほど貰えていただろう。


 されど、ここは列島。閉鎖的で、世界からすれば一般的とは言い難い企業風土が蔓延る地だ。


 例えば考えてもみて欲しい。


 高卒で軍で勤めて八年、二六歳で退官した後にPMC企業に入った陸士長。


 彼が社内で着々と実績を上げて、三十を過ぎた頃に係長となって小隊を率いるようになった。


 そこにだ。急にコウヅキをブチ込むとしよう。


 劇薬以外の何物でもない。


 普通科だった君と違って超エリートの強行偵察小隊に属していた、二十代で一曹になった怪物が新人として入って来るよ。しかも、君が現役時代は掠りもしなかったメンコを山ほど持っている上に、一流ってほどじゃないが誰もが名前を知っているような国立大学卒業者だ。


 明日から新卒としてよろしくね! などと言えるだろうか?


 とでもないが、人事としては承服できないし、現場も嫌がるだろう。


 自分よりキャリアも階級も上の新卒など、扱いづらいこと他ならない。況してや能力まで裏打ちされているとなれば、下手すれば配下は自分ではなく彼を頼るようになるかもしれない。


 今まで苦労して作ってきた、部隊内の風紀は崩壊する。


 こんな人員をブチ込まれた係長は人事を恨むはずだ。恨まないはずがない。かつては背筋をピンとして、敬礼を送っていた相手をどうやって〝教育〟しろというのだ。むしろ、下手すると教わることの方が多そうではないか。


 コウヅキを放り込んで問題のない、元幹部が順調にキャリアを積んで部隊長をしており、同時に人員として放り込んで軋轢を生まない部門を抱えている会社。この条件を満たしているところは限りなく少なかった。


 その上、彼は十八から四年軍に行き、四年制大学を卒業した二六歳である。


 当然初任給は通常大卒者や高卒者とは、労働基準法の定めによって同じとは行かないし、慣例に従えば獲得徽章ごとに手当をはずむ必要がある。


 となると、コウヅキは大凡の企業で入社した瞬間に〝大抵の勤続三から四年のオペレーターより高給取り〟となってしまうわけだ。


 これで人付き合いが円滑に廻ったら、それはもう奇跡である。


 そして、そんな状況に陥ることのリスクを計算できないほど、大企業の人事部は間抜けでも愚かではなかった。


 故に、優秀だし欲しいけれど、新卒としてはあまりに扱いづらいとしてコウヅキは多くの企業から、惜しまれながらも将来をお祈りされてしまった訳である。


 気落ちしながらも彼は、妥協してダンジョン探索PMCなら選り好みするのは止めるか……とかつての夢を諦めきれず方々に履歴書を送り、流れ着いた先が株式会社防人組だったというわけだ。


 総合して評価すれば、彼は間違いなく優秀である。兵士としてはケチの付けようがない。


 ただ、どうしようもなく運が悪かった。


 親か親戚にダンジョンPMCに伝手があって、知識があったならば。


 退官希望時に「大卒資格を取ってPMCに入りたいからです!」と言葉を尽くしていたら。


 別のゼミに入っており、教授が国際法絡みの助言役としてダンジョンPMCの伝手があれば。


 彼はM2現代軽甲冑ではなく、より優れた装備を身に纏い、選び抜かれた精兵としてダンジョンに潜っていただろう。


 とはいえ、その場合はアゼリア達の出会いもなかったため、たった二年でドラゴンスレイヤーの仲間入りができたかどうかは、果てしなく微妙なところであるのだが。


 人生の選択肢、その岐路で色々下手を打った自覚がない男は、昼飯どうすっかなと廊下を行く。


 アゼリアは昼餐会の調整をしたいとかいって出て行ってしまったし、フェアルリリムは干渉式の質を上げるための絶食瞑想期間だと言って部屋に戻ってしまった。


 ではいつも通りのレーションを囓るかと思っていたところ、腰が引かれる。


 何事かと振り返れば、そこにはベリアリューズがいた。


「どうした、リズ」


「昼食に、行きましょう」


「今、コッチでの手持ちが……」


「私が、ご馳走、します」


 まさかの提案に硬直するコウヅキ。


 自分から奢ると言い出すなど、この借金とツケの塊が言い出すなど信じられなくなったのだ。


 故に彼は、普通に心配になり、額に手をやった。


 熱を出している。そう疑われたことを理解して激怒したベリアリューズが強烈に手を払い、甲高い音が響くまであと二秒…………。


 

コウヅキくんは運が悪いというのもありますが……まぁ、アレです、用は優秀な阿呆です。


いつもコメントありがとうございます。励みになりますし、参考になっているので、今回のお話にも是非是非多角的な意見をいただければと! コメントは作者の栄養! ちょろっと水をかけてあげるくらいの気持ちで、お気軽に面白かったの一言でもいいのでちょうだいできれば幸甚です!!

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弊社なら管理職候補で引っ張るよ! UR引けたのに引き直しとか人事が使えなすぎる…!研修やり直させてどうぞ
小中学の将来就きたい職業ランキングで冒険者が一位になってそうな世界だな 大体のやつは現地人と身体能力の差が埋められないの察して諦めるやつ
超優秀な人間をゴミ同然に扱う防人組 阿呆の集団で草
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