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「んあ……?」
不意に意識が覚醒し、ぼやけた視界を数度の瞬きで正す。すると、そこに映っているのは見慣れたコンテナの合板が剥き出しになった天井ではなかった。
「……知ってる天井だ」
えーと、天蓋っていうんだったか。矢鱈とデカくてふわふわの、四人くらいが派手に暴れ廻っても問題なさそうなスペースのベッド。このコイルの詰まり具合、現地製品じゃなくて列島輸入品だな。
幸いなことに、この矢鱈と金がかかっていそうな寝具にも、御姫様でも寝ているのが似合いの天蓋にも見覚えがあった。
アゼリアが借りているギルドハウスで、私が使っても良いことになっている部屋だ。差し込む光の角度、それと隙間から見える絨毯の色からして間違いない。
路上で寝込んでいたでもなく、起きたら全裸で隣に知らない女性がいるでもなく。
宿酔こそひどいものの、最悪は回避できたということか。
「うー……頭イッテぇ……アレ? 私なんでここで寝てるんだ……?」
ガンガンと痛む頭、軋む体、微かな吐き気。
とりあえず冷静になれと自分を落ち着かせてから、ハッと気付いた。
私は仲間達に六の鐘がなる頃には帰ると言っておきながら、タダ酒&故郷の味に惹かれて酔い潰れたのではなかった!?
やばい、状況判断だ。
えーと、記憶を辿るに私はかなり飲んだ。ぶっちゃけどれくらい飲んだか覚えてないくらい飲んだ。
だって、久し振りの米酒と焼酎に、こっちじゃ現地価格過ぎて手が伸びない列島産のおつまみと食べ物だらけだったんだぞ。揚げたてと遜色ないクオリティの冷凍食品唐揚げや、ベストなつかり具合の塩辛と蛸わさ、それとホッケの一夜干しを前にして耐えられる酒の飲みがいずくんぞにおらんや。
「あー、段々思いだしてきたぞー、めっさ飲んだなー……そんで美味かったなー……」
それにしても、久し振りに味わった米酒の味は格別だった。
しかも、しかもだ、合成清酒じゃなくて、きちんと醸した味がした。
その上、あの得も言えぬメロンを想起させる甘い香り!
純米大吟醸を一升瓶でドカンとおかれて、好きにしていいと言われた海兵隊員に我慢ができようか。
否、飲みたくないなんて言うヤツは兵士じゃない。
なにせ今の世の中、我々には酒精適応マイクロマシンがあるんだから、下戸という存在は死んで久しいんだからな。
しかも、我々には他の部隊からすると〝野蛮〟とか〝南州人か〟と言われるような文化がある。
それは、誰かが海兵隊のモットー、常に忠誠を、センパーファイと叫んだならば一気に酒を飲み干さねばならない奇祭だ。
今回は二人であったので、交互に叫ぶだけであったのでマシだったが、これが海兵隊一個小隊でやる宴席だったら修羅道の再現なのだ。
それこそ常にどこかの卓で声が上がる。都度都度呑み乾さないと「お酒が弱いあかちゃん」扱いされて煽られる。超煽られるのだ。
煽られるだけで軍務に引き摺ることはないが、これがまー……屈辱なのだ。
海兵隊とは軍の最先鋒。有事とあらば後方に浸透して敵の指揮・命令網をズタズタにし、補給デポを発破して、時には港や浅瀬に強襲上陸をお見舞いすることもある。そして、本体が到着するまでの間、自分達を堡塁として橋頭堡を守るのだ。
そして攻められた時は真っ先に諸島を抑え、ひたすらに本隊の到着まで耐える最初の盾。
弱いというのは、何においても、それだけで海兵隊員のプライドを擽るに値するのである。
ただ、ちぃとばかし馬鹿をやり過ぎたな。宿酔いは相当に重いし、体中から酒の臭いがする。こりゃ普通にシャワーも浴びずに寝床に飛び込んだな。
……いや、待てよ? ここにいる理由には繋がらないよな?
多分、この調子だと私は数年ぶりに酒で潰れたのだろう。喉の調子からして吐いてはいないが、寝たことは確実だ。
では、組合に帳簿を見に行ってくるといって出かけただけの私が、何故ここに。
一つの考えとして、郊外にあるトレーラーハウスよりも近いから、こちらに来た可能性もあるが、だとしても歩いて来られたか。
ちょっと自信がないな。
じゃあ、仲間が運んでくれた?
一体どうやって?
キヨミズ・ゼネラル・セキュリティの面々は、ここのことを知る由もない。況してや、馬蹄通りの酒屋にアゼリア達が運良く訪ねて鉢合わせ、なんて奇跡どころの確率ではあるまい。
となると、本当にどうやって、私はこの寝床に収まったのだ?
うんうん唸ってみるが、これ以上頭を逆さにして振っても出てくるのは頭痛ばかりで、それらしい記憶は欠片も浮かばぬ。むしろ、これ以上捻ったら反吐が出るだろう。
「何かやらかしてないだろうな……」
そう思いつつ起き上がると、いつの間にか私はスキンスーツしか着ていなかった。
おかしいな、野戦服とコンバットブーツは履いていたんだが。
誰か脱がしてくれたのだろうかと天幕から顔を出せば、ベッドサイドの棚にきちんと服が畳んで置いてあった。ご丁寧に水差しとカップもある。
とりあえずチェイサーも挟まない馬鹿の見本みたいな酒の飲み方による脱水と――アルコールは却って体から水分を奪うのだ――宿酔に苦情を上げる体を黙らせるべく、二杯、三杯と水を飲めば、気持ち悪さは随分とマシになった。軽い吐き気は残っているものの、急に〝波〟が来て「うっ」となることはないだろう。
畳まれた服に手を伸ばし、手に取ってみれば微かな石鹸の匂い。洗濯までしてくれたのか。
とりあえず体のライン丸出しで出て行くのも何かなと思い、ご丁寧なことにプレスまでしてくれている服を着て、ブーツに足をねじ込む。
それから向かうとするならば、普段皆が屯しているならリビングホールだろう。
踏み抜き防止用の鉄板が入った分厚い靴底で踏んでも、殆ど音がしない絨毯を踏みしめながらリビングへ行くと、案の定そこには三人が待っていた。
「コウヅキ、おはようございます。体調はどうですか?」
「昨夜は随分とお楽しみだったようですね」
「……お茶を煎れてきます」
仲間達は俺を出迎えると、まぁ座れと定位置を指さした。
大きな詰め物たっぷりのソファーに座ると、何故か自分の席を放り出してベリアリューズが肩を組んでくる。体格差があるから随分と無理な体勢をしているようだが、首とか腰をいわしたりしないだろうな。
「昨日は貴方の新しい一面が見られました」
「恥ずかしいところを見られたみたいだな……」
「これを預かっています」
リズの言い分からして、やっぱり彼女達が酒場へ広いに来てくれたのか。もしかして潰れたのを見かねた守本少佐かありあが、どうにかして連絡でもとってくれたのかな?
ニヤニヤしながら掌を突き出した彼女を見て、私は祝福を授かった信徒の如く舞い踊りたい気分になった。
小さな筒杖の無針アンプルは、大日製薬の大ベストセラー! 我々大酒ぐらいが縋る最後の駆け込み寺である同社の大ベストセラー〝グラストップ〟ではないか。
グラつきにストップと、グラスをストップのダブルミーニングを狙った商品は、人工アセトアルデヒド脱水素酵素を血中に素早く供給し、二日酔いの源を粉砕してくれる福音だ。
封を切って首筋にブチ込めば……ふぅー………効くぅー……ガンガンと居座っていた鈍痛と吐き気がすっと消えていく。
「はー……助かった……これ何処で?」
「列島の人から渡されました」
ああ、となるとこれはありあからの差し入れか。有り難いね、記憶がないってことは潰れたってことだろうから、必要だろうと握らせてくれた訳だ。本当に助かる。コンビニだと780円で買えたこれも、コッチで買うと三千円超えだ。軽々には使えんのだよ。
ベリアリューズが「それってそう使うのかよ」と少し驚いた顔をしていたが、列島じゃ無針注射器くらい普通だ。
まぁ、彼女達の前じゃあんまり使う機会がなかったな。大怪我して鎮痛アンプルをブチ込むような目に遭ったこともないし。
「それで、コウヅキ、少しお話があります」
目の前に音を立てずにカップを置きながら、アゼリアが微笑んだ。
なんだろう、いつもの笑顔のはずなのに、何だか凄く怖いぞ。
そうだ、目の光だ。形はきちんと笑顔になっているのに、光だけが笑っていないように見える。
「あー……なにかな?」
「仲間内で、お金の話は、失礼なので、あまりしたくはありません」
そりゃそうだ。部隊内でも普通に給料日が来たからって、幾ら貰ったとか大声で言ったりはしない。メンコの数で手当が違ったりするし、そんな下らないことで結束に傷を入れたくないのは常識ある兵士ならば弁えている。
しかし、痛飲した翌日にコレって、もしかして私、潰れる前に梯子酒でもして酷いツケを作ったとかじゃないよな……?
「これは、帳簿です。今までの、仕事の、分配を書いてあります」
どんと分厚い革表紙の本が置かれた。野戦服を探ればきちんと定位置に端末が入っていたため――ということは、この服は干渉式で洗濯されたのか――翻訳アプリを起動して翳せば、ちゃんと帳簿と書いてあった。
彼女がそれをパラパラ捲れば、列島から輸入されて普及した複式簿記方式にて、これまでの収支が記載されており、最初は私とアゼリアの二人であった内容が、次第に四人分になっていくのが分かる。
そして、先のダンジョンでドラゴンを倒した際の収支が書かれているが、それはまだ世界晶の売上げだけだ。
ここから私がカンパニーに送ったドラゴン素材の分配が加わり、それを等分するのが決まりだ。
一度たりとて破られたことはなく、今後とも破ることのない仲間が仲間であるための条件。それがキッチリと守られていることは確かだった。
「コウヅキ、貴方はいつも、現金ではなく、世界晶で、報酬を受け取りますね」
「そりゃあ、会社に送らないといけないから……」
株式会社防人組にノルマはないが――というよりも偶発的に湧くダンジョンなんだから、ノルマなんて言われても困る――月間の送付量が低いとおちんぎんが悲惨なことになる。そして、会社の人からめっちゃ溜息交じりに文句を言われる。
なので私は分け前を世界晶で貰い、それをカンパニーに送った上で、こちらの通貨と列島での円を3:7くらいにして貰っているわけだ。
「ただ、これは会社務めの探索者なら普通のことだ。みんなそうしている」
「それは昨日、守本さんに聞きました」
守本さん……少佐か。うわー、ってことは私、余所の会社の部長サンに潰れたところ見られたのか。普通に恥だな。原隊で余所の大隊長に酔っ払って死んでるところを見られたりしたら、しばらくは擦り倒される煽り案件じゃないか。
「そして、私は、人が何にお金を使うか、細かく、言いたくありません」
「子供じゃない、ですからね」
「……リズは、少し、怒られるべきです……」
「なんですか?」
フェアルリリムに言われて食ってかかるリズだが、そこは私もちょっと同意する。
この女は流石に金遣いが荒すぎるのだ。普通、ドラゴンを狩ったら成金ムーブをカマしたって数ヶ月は余裕で遊べるはずだ。
それがコイツ、どうしてこうも簡単に金を溶かして、私に集れるんだよ。
幾ら手数料が抜かれてるからって、為替レート的に億単位はあったはずだぞ。土地でも買わなきゃ中々の金額が、どうしたらポケットから消えるんだよ。理解に苦しむ。
私だったら欲しい物を片っ端から買い続けたって三分の一も使えるかどうか……いや、装備を自弁しはじめたら一瞬で消える金額ではあるけども。
「ですが、これは聞かなければならないと思います」
「……なんだ?」
ものすごく笑っていない目で、しかし言葉は普段通りの調子でものすごく重い、剛速球がど真ん中に飛んできた。
「コウヅキ、お給料、どれだけ貰っていますか?」
「あー……」
私は天を仰ぎ、それからうつむき、数度頭を振った後、また天井を眺めた。
どうしよう、普通に年収をガチで聞かれるのって、この年齢でやられるとキツい。
特にアゼリアなんて私より一廻り年下だし、一番歳が違いっぽいリズでさえ――本人は計算なんてしてないと言っていたが――二つか三つは下だろう。
となると、年収を明かすことは普通に恥ずかしい。
ただ、彼女の目には、王女らしく威圧的な有無を言わせぬ圧があった。
「ろっ……」
「ろ?」
「六百ソルドゥス……くらい、かな」
西方にはかつて巨大な帝国があり、我々が来る直前くらいに崩壊して小国が林立している状態にある。一応、その帝国の後継を名乗っている比較的大きな領地があり、各王家は臣従しているという体ではあるが、実態はまったくと言って良いほどに伴っていない。
まぁ、要するに神聖ローマ的なアレだ。
そして、その国が使っていた通貨が今も使われており、最も普及している銀貨はソルドゥスと呼ばれる。列島で言うお札的な立場であり、流通量は最も多い。
これがまぁ、鋳造時期による銀含有量云々で一枚の価値が微妙に違うという、異世界クソ面倒くせぇ事情はさておいて、物価が違いすぎる列島とこちらで無理矢理に貨幣価値を合わせるとしたらだ。
私の収入は一千二百万円くらいってところか。税金で源泉徴収を喰らっているから、手取りはもっともっと、削られるんだけど。
「それは、月収ですよね?」
「武器と、食べ物を、会社が、買ってくれているとすれば、妥当ですか?」
「……いや、でも少なくないですか……?」
「そうですね、私なら最低でも倍くらいは……」
「……です……」
絞り出すように言えば、ん? と三人が何かを聞き間違えたのかと耳を寄せてきた。
「額面年収です!!」
私は死にたくなった。発作的に手元の拳銃に手が伸びかけるくらいに。
けれど、他人様の家の床を汚してはならないという常識によって、辛うじて手を押さえ込んだ…………。
ということで新章。いよいよコウヅキくんが深みに沈んでいくフェイズです。
可哀想だなーと思ったらコメントしてあげてください。
明日(2026/04/12)も更新できるかは不明ですが、まだまだ頑張りますぞー。




