表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ashpunk Blues−灰燼世界のマシンシティ−  作者: I∀
第四章:【Desperado】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/95

第46話:「Point of No Return」

――地下・アークシティ・核融合エネルギー施設。


 


 空調の死んだ空間に、電子機器の駆動音だけが鳴り続けている。

 半透明の液冷パイプが天井を這い、青白い光が脈打つたびに、床にゆらめく影が揺れた。


 ジンとリルは、その中を静かに歩いていた。


 無数の監視ドローンの残骸が転がっている。砕けたレンズ、焼け焦げた外装。セキュリティ用ヴァルスのフレームも無残に裂かれ、ハイチタンの骨格が剥き出しになっていた。


「……ジン、コレハ……」


 リルが足を止め、不安げな声を漏らす。音声モジュールがわずかに震えていた。


「……動き出したから来てみたが……これは」


 ジンは警戒を強めながら、破壊の痕を見つめる。


 セキュリティ群は明らかに、通常の戦闘では説明がつかない力で蹂躙されていた。AI制御の兵器たちが、まるで意志ある何かに狩られたように。


「……なんて薬だよ」


 ジンがぽつりと呟く。


 血痕も、銃弾の痕もない。ただ一方的な暴力の爪痕だけが残されていた。


 やがて、制御室のドアが視界の奥に現れた。

 アクセスログは改竄(かいざん)され、IDリーダーは焦げ付き、機能を失っている。それでも、扉そのものはなぜか閉じられたままだった。


 ジンは立ち止まり、リルを振り返る。


「……ここから先は、一人で行く。

 お前はここにいろ」


「……了解。ジン……気ヲツケテ」


 リルの声は、微かに揺れていた。


 ジンは何も言わずに頷き、ドアパネルに手をかざす。

 手動開錠モードが作動し、低い唸りとともに扉が横へと滑って開いた。



 * * *



 制御室の中は、薄暗かった。


 中央の操作卓だけが機器の光で照らされ、その前に一人の男の影が立っていた。

 光の縁取りが、彼の背を冷たく浮かび上がらせている。


 ケインだった。


「……本当に来たのか、ジンさん」


 振り向かずに放たれたその声は、静かすぎて、壊れた機械のようだった。


「ウイルスの起動なんて、許さねぇぞ」


 ジンはゆっくりと足を踏み出す。警戒を解かず、視線を一点に集中させた。


「……地上で、静かに暮らしていればよかったんだ。  

 あんたは関係ない」


 ケインの背中から漏れる声に、ジンは首を傾げた。


「……止めてほしかったんだろ、お前は」


 その言葉に、ケインの肩がかすかに震えた。


「何を……言ってる」


「セヴェルのことはわかる。あいつは戦いを楽しんでる。破壊に取り憑かれた男だ。でも……お前は違う。

 ケイン、お前は“二日後に起動”なんて、律儀に守って……何を期待した?

 俺を、待ってたんじゃねぇのか?」


 沈黙が落ちる。


 ジンは一歩、また一歩と近づく。

 青い照明がその顔を斜めに照らし、冷たい光が目元を濡らした。


「……違う」


 ケインの声はかすかに震えた。


「“戦いは終わらない”って言ったな。

 ……あれは、どういう意味だ?」


「この世界は……もう、終わらせるしかないんだよ」


 その言葉には、絶望でも諦念たいねんでもない、どこか決意めいた熱があった。


 ケインはゆっくりと振り返る。

 その手には、起動用のデバイス端末が握られていた。


「このボタンを押せば、ウイルスは拡散する。

 ネットワークを介して、この核融合施設は制御不能に陥る。……そして、アークは崩壊する」


 ケインの指が、静かにボタンに触れた。


「やめろ、ケイン」


 ジンの声が鋭く空気を裂いた。


 しかし、ケインの目には迷いはなかった。


「俺はもう……戻れないんだよ、ジンさん」


 


 その目には、罪の意識ではなく。

 ——覚悟が宿っていた。





――See you in the ashes...

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ