第46話:「Point of No Return」
――地下・アークシティ・核融合エネルギー施設。
空調の死んだ空間に、電子機器の駆動音だけが鳴り続けている。
半透明の液冷パイプが天井を這い、青白い光が脈打つたびに、床にゆらめく影が揺れた。
ジンとリルは、その中を静かに歩いていた。
無数の監視ドローンの残骸が転がっている。砕けたレンズ、焼け焦げた外装。セキュリティ用ヴァルスのフレームも無残に裂かれ、ハイチタンの骨格が剥き出しになっていた。
「……ジン、コレハ……」
リルが足を止め、不安げな声を漏らす。音声モジュールがわずかに震えていた。
「……動き出したから来てみたが……これは」
ジンは警戒を強めながら、破壊の痕を見つめる。
セキュリティ群は明らかに、通常の戦闘では説明がつかない力で蹂躙されていた。AI制御の兵器たちが、まるで意志ある何かに狩られたように。
「……なんて薬だよ」
ジンがぽつりと呟く。
血痕も、銃弾の痕もない。ただ一方的な暴力の爪痕だけが残されていた。
やがて、制御室のドアが視界の奥に現れた。
アクセスログは改竄され、IDリーダーは焦げ付き、機能を失っている。それでも、扉そのものはなぜか閉じられたままだった。
ジンは立ち止まり、リルを振り返る。
「……ここから先は、一人で行く。
お前はここにいろ」
「……了解。ジン……気ヲツケテ」
リルの声は、微かに揺れていた。
ジンは何も言わずに頷き、ドアパネルに手をかざす。
手動開錠モードが作動し、低い唸りとともに扉が横へと滑って開いた。
* * *
制御室の中は、薄暗かった。
中央の操作卓だけが機器の光で照らされ、その前に一人の男の影が立っていた。
光の縁取りが、彼の背を冷たく浮かび上がらせている。
ケインだった。
「……本当に来たのか、ジンさん」
振り向かずに放たれたその声は、静かすぎて、壊れた機械のようだった。
「ウイルスの起動なんて、許さねぇぞ」
ジンはゆっくりと足を踏み出す。警戒を解かず、視線を一点に集中させた。
「……地上で、静かに暮らしていればよかったんだ。
あんたは関係ない」
ケインの背中から漏れる声に、ジンは首を傾げた。
「……止めてほしかったんだろ、お前は」
その言葉に、ケインの肩がかすかに震えた。
「何を……言ってる」
「セヴェルのことはわかる。あいつは戦いを楽しんでる。破壊に取り憑かれた男だ。でも……お前は違う。
ケイン、お前は“二日後に起動”なんて、律儀に守って……何を期待した?
俺を、待ってたんじゃねぇのか?」
沈黙が落ちる。
ジンは一歩、また一歩と近づく。
青い照明がその顔を斜めに照らし、冷たい光が目元を濡らした。
「……違う」
ケインの声はかすかに震えた。
「“戦いは終わらない”って言ったな。
……あれは、どういう意味だ?」
「この世界は……もう、終わらせるしかないんだよ」
その言葉には、絶望でも諦念でもない、どこか決意めいた熱があった。
ケインはゆっくりと振り返る。
その手には、起動用のデバイス端末が握られていた。
「このボタンを押せば、ウイルスは拡散する。
ネットワークを介して、この核融合施設は制御不能に陥る。……そして、アークは崩壊する」
ケインの指が、静かにボタンに触れた。
「やめろ、ケイン」
ジンの声が鋭く空気を裂いた。
しかし、ケインの目には迷いはなかった。
「俺はもう……戻れないんだよ、ジンさん」
その目には、罪の意識ではなく。
——覚悟が宿っていた。
――See you in the ashes...




