嫉妬の罪
「こいつが星奈王妃を殺した、連続王妃殺人犯か」
暗がりからさらに、柊と柊に匹敵するほどの大きな体躯の男、周囲の強くない明かりの中でもキラキラと輝く派手なガントレットをはめている細身で筋肉質な男が出てきた。
「恒人様、私の後ろに。障害は全て私が取り払います」
柊が恒人の前に陣取ったのに反応して、タキシードのような正装を身にまとった老人がカノアの前に立ち型をとる。
(あの老体は確か…)
「柊、あの老体はおそらく現状、殺すことができん。だから確実に足止めをしろ。それから、奴は我とでも戦える、油断はするな」
「了解いたしました」
そういうと柊は、膝を折り、ぐっと身体に力を込めた後、大剣を持ったまま、たったの一足で離れた位置にいた老人まで距離を詰めた。
そして、老人ごとカノアを切り飛ばす勢いで大剣を振り下ろす。
が、“ゴンッ”という鈍い音とともに、大剣は老人の拳によって止められた。
一瞬、素手で止められたという事実に驚きを見せた柊だったが、すぐに冷静さを取り戻し、今度は老人一点に狙いを定めて大剣を振り上げた。
「鈍化」
大剣を振り下ろす直前、ぼそっと柊が呟く。
すると、大剣は急に重量を増し、先ほどよりも速いスピードで老人へと向かっていく。
再び受けようと老人は拳を放ったが、今度は受け止めることができず、拳が粉々に砕け、さらに、大剣の勢いは止まらず、腕、肩、肋までも粉々に砕け散った。
ほぼ半身を失った老人に容赦なく追撃を加えた結果、老人の体は原型が残らないほど粉々になった。
老人の足止めを全うした柊は、次に、排除する存在であるカノアに視線を向けるため、老人から一瞬目を離してしまう。
「まだまだ未熟な若人のために一つ、助言をさせていただきます」
ほんとに数秒の出来事であった。
粉々になったはずであった老人の体はいつの間にか再生しており、柊の背後から不意打ちで、正拳突きを入れた。
完全な不意打ちであったため、柊は衝撃を軽減することもできず、まともに受けてしまい、数メートル先まで吹き飛ばされる。
「敵の息の根が完全に止まったことを確認するまでは、目を離すべきではございませんよ」
派手に吹っ飛ばされた柊であったが、軽度な傷しかおっておらず、すっと立ち上がった。
老人に対する自分の役割を完全に理解した柊は、カノアを視界に入れるのをやめ、全集中を老人に向けることにした。
「颯はこの場から離れてそいつを隔離してこい、貫と太我は残りの二人を捕らえろ」
「「「了解」」」
颯は指示を受けるとすぐさまその場から離れようとしたが、突如、目の前に現れた壁に行く手を遮られてしまった。
「ケン、ノアを連れてるあの子は逃がしちゃダメだぞ」
「わーってるって!! それよりアナ、かなり早そうだが捉えられっか?」
「大丈夫! 問題ないぞ」
「じゃあいくぜ……創造」
ケンが地面に触れる……三人の背後の地面から鋭利なトゲが発生して背中に突き刺さるかと思われたが、すんでのところで障壁のようなものがトゲから三人を守った。
「さすがは守護部隊隊長様。まさか全員守られるとは。まぁいいか、こいつらは足止めしとくから行ってこい」
「まかせたぞ」
アナスタシアがノアを奪い返すため、颯めがけて猛進を始めた。
その様子を見て、太我は颯を逃がすため壁へ向かい、パンチ一発で分厚い壁を破壊した。
壁がなくなり、颯が駆け出そうとするのを今度は、出口までの空間全てを覆い尽くすクッションのようなものが出現し、行く手を遮ってしまった。
「また……」
「どいてな、オラ!!」
太我が再び障害を取り除こうとパンチを放つ。
しかし、先程とは違い、パンチの威力は全て吸収されてしまった。
一方、柊は押してはいたものの、いまだ、傷を負ってもすぐに再生する老人に決定打を入れられていない状態であった。
「その若さでこれほどの強さとは、相当厳しい鍛錬を積んできたのでしょう。こんな地下ゆえ、あまり力は出せませんが、あなたに敬意を評して少し本気を見せて差し上げましょう」
老人は、片足を前に出し、全身を脱力させ、上半身がだらんとした独特な構えをとる。
「双無の業」
力が抜け、リラックスした声の後、全身から溢れんばかりの力が老人に宿ったことを柊は察した、と同時に老人は柊に発勁を叩き込んだ。
不意打ちで食らった正拳突きの時と違い、衝撃が体の内部に駆け巡る。
また、体の外部に受けた衝撃により、かなりの距離を吹っ飛ばされた。
逃げ場を失った颯の至近距離までアナスタシアが接近し、ノアを奪い返すために手を伸ばす。
颯はこれを難なく回避したが、避けた先に柊が飛んできて、二人はぶつかってしまった。
体勢が崩れたところを狙ってアナスタシアがさらに手を伸ばしたが、紙一重のところで回避する。
「危ッ……て柊君!? 大丈夫?」
飛んできた柊は、内部に受けた衝撃により、体は痺れたように痙攣し、吐血していた。
「颯! クソガキは?」
「大丈夫! それより柊君が……」
「分かってる!! でも、あの老人の相手は誰がすんだよ!」
「大……丈夫です。私が……」
途切れ途切れに返事をした柊は、全身の筋肉を固め、無理やり体を硬直させて痙攣を抑えて、何とか立ち上がった。
(初めての感覚……意識が飛んでしまいそうだ。だが、さっきの……新しい何かが)
ふらつきながらも老人に向かって振り下ろされた大剣は、いとも簡単に躱され、再び発勁を叩き込まれた。
しかし、柊は条件反射のように全身の筋肉を固め、体の外部と内部にかかる衝撃から身を守り、筋肉を固めた状態のまま、老人に猛攻をしかけた。
守りを捨てた無差別の攻撃に、さすがの老人も防戦一方になる。
(先程よりもさらに力が増している……まさか私の攻撃が利用されるとは)
「僕が嫉妬の罪と呼ばれるようになってからもう三年か……」
「呼ばれ方などどうでもよい、大事なのは貴様が星奈を殺したという事実だけだ」
「あれは、僕にとってはもちろん、君やみんなにとっても大切なことで……」
「黙れ!! 貴様は今、必ずここで殺す!!」
「殺す、か」
恒人の殺意をものともせず、カノアは、腰にたずさえた剣を抜きながらゆっくりと歩き始めた。
「君に僕を殺せるかな」