屍を操る剣
鞘から抜かれた剣は――
ドス黒い液体を滴らせながら、「カタカタ」と不気味な音を立てて蠢いていた。
「何……あれ……」
その異様さに、颯たちは思わず息を呑む。
それはもはや剣ではない。
人体の一部を無理やり継ぎ接ぎしたような、悍ましい“何か”だった。
だが――
恒人だけは違った。
一切視線を逸らさず、ただカノアを睨み続けている。
「これを見せたら少しくらいは驚いてくれると思ったんだけど、よっぽど僕が憎いみたいだね」
軽口。
だが、その声には微かな愉悦が混じっている。
――次の瞬間。
恒人が動いた。
深く息を吸い、吐く。
予備動作もなく、踏み込む。
「おっと」
カノアは軽くそれを受け流す。
続けざまの斬撃も、まるで遊ぶかのようにいなしていく。
――斬り結ぶたびに。
肉片が、飛び散った。
カノアの剣から剥がれ落ちたそれは、地に落ちてもなお蠢き続ける。
やがて膨張し――形を持つ。
腕。
足。
それらが無秩序に増殖し、絡み合い――
“人形”が、生まれた。
「紹介するよ」
カノアが楽しげに言う。
「僕の可愛いペット、哀れな屍肉……カニバルドールさ」
歪な人形たちは、ふらふらと揺れながらも、次の瞬間には一斉に恒人へと襲いかかる。
迫る。
膨張する。
枝分かれするように、無数の手足が生え広がる。
逃げ場は――ない。
「っ――」
斬り進む。
だが、密度が違う。
一瞬で囲まれ、絡め取られた。
無数の腕が、足が、
恒人の全身を拘束する。
「恒人様ァ! クッ……あれがこっちにも」
「キモイキモイキモイ!」
颯たちの方にも、同じように手足が伸びてくる。
「全員こっちへ!」
貫が叫ぶ。
四人が集まると同時に、ドーム状の障壁が展開された。
「貫、隙ができたら解除しろ。恒人様を――」
「大丈夫だ」
きっぱりと言い切る。
「あのお方は、この国で一番強い」
――その言葉の直後。
拘束の隙間から、光が漏れた。
次の瞬間――
地下全体が、白光に包まれる。
目を開けた時には。
カニバルドール達はすべて、消えていた。
「殺し合いの最中に人形遊びか」
恒人が冷たく言い放つ。
「恐怖で頭でも狂ったか?」
「お気に召さなかったかぁ、残念」
カノアは肩をすくめる。
「でも正直驚いたよ。あれを破るとはね」
「あの程度じゃ我は止められんぞ」
「そうみたいだね、じゃあ――これはどうかな」
剣先が、地面に触れる。
――再び、肉が広がる。
だが今度は違う。
形が、整っている。
顔がある。
体がある。
“人”に近い。
「カニバルドールじゃ楽しんでもらえなかったみたいだからね」
笑う。
「行っておいで屍者の兵隊達、恒人を楽しませてあげるんだ」
左右から挟む二体。
遠距離から牽制する一体。
そして拘束を狙う個体。
――連携。
(面倒だな……)
足止めされる。
カノアに届かない。
「恒人様、苦戦しているように見えますね」
「そう見えるか?」
「え?」
「よく見ていろ」
違和感。
(おかしい……恒人ならこのくらいすぐに倒してくるはず)
次の瞬間。
「やっと気づいたか」
背後。
「まずっ......」
振り向く間もなく。
一閃。
カノアの首が、宙を舞った。
胴が崩れ落ちる。
「残りを捕らえろ!」
だが――
「なんでまだ動いて……?」
デッドソルジャーは止まらない。
その時。
「ククク……ハハハハッ!」
笑い声。
転がる“頭”が、笑っていた。
「やぁ、恒人。久しぶりだね」
「……貴様」
背後。
振り返る。
そこに――
“無傷のカノア”が立っていた。
「やっと驚いてくれたね」
「あれは何だ」
「贖罪の屍人形」
にやりと笑う。
「僕の身代わりさ」
「……ならば、今度こそ本物か」
「僕? フフッ、もちろん僕は本物だよ」
「そうか」
――抜刀。
居合。
だが。
ガキンッ!!
別の剣が、それを受け止めた。
背後へ回る。
斬る。
止められる。
左右から攻める。
――すべて、防がれる。
(さっきから一体どこから……いや、まさか)
「颯! 子供は!」
「大丈夫です! ……って何これ!?」
颯は脇に抱えたノアの様子を確認したタイミングで、自分の体が靄の中に沈んでいっていることに気づいた。
靄から抜け出すことが出来ないまま、セバス達の近くまで飛ばされてしまう。
「すみませんが――ノアは返していただきますよ」
颯は逃げる。
だが――速さが違う。
ノアが、奪われた。
その様子を見ていた恒人は、急がなければ靄で逃げられてしまうと考え、急いで邪魔な剣を排除しようとする。
「無理だよ、恒人」
カノアが言う。
「彼らは屍人の将軍。さっきのデッドソルジャーとは違って剣の達人だ」
靄の中から伸びる腕。
ただそれだけで、圧が違う。
四人で――恒人の剣を全て受け切る。
「……チッ」
時間が足りない。
「さて、目当てのものも見つからなかったし、そろそろ帰るとするよ」
「待て! 貴様だけは絶対に!」
届かない。
「大丈夫。“次”があったら今度はちゃんと殺し合いをしてあげるよ」
笑う。
「じゃあね」
靄に沈む。
消える。
静寂。
そして――
「……ッ!!」
激闘が起こった城の地下には、恒人の悔しそうな叫び声だけが響いた。




