動き出す影
─────とある遺跡の地下
靄がゆっくりと揺れる。
視界を覆うほど濃いそれが、内側から押し広げられるようにして裂けた。
その中から、数人の影が現れる。
先頭に立つのはカノア。
その後ろに、見慣れた顔ぶれが続く。
「久しぶりに来たね」
軽く周囲を見回す。
古びた石壁。ひび割れた床。崩れかけた柱。
「疲れた~! もう無理! しばらくは絶対働かないからね!」
その後ろで、ノアがその場に崩れ落ちるようにしゃがみ込む。
肩で息をしながら、床に手をつく。
「使いっぱしりにしすぎなんだよ……ほんとに……」
ぐったりとした様子。
靄での移動を何度も繰り返したせいか、明らかに消耗している。
その時。
軽い足音。
奥の通路から、小さな影が勢いよく飛び出してきた。
「あ~! ノア君だ!」
奥の通路から、小さな影が勢いよく飛び出してきた。
「小春じゃねえか! 元気してたか?」
「元気元気!」
そのままノアに飛びつく小春。
そのままノアに飛びつく小春。
勢いのまま、軽く押し倒す形になる。
「うおっ!?」
ノアがよろめく。
「それよりノア君、ワープなくなったからまた頂戴」
「えぇ……」
露骨に嫌そうな顔。
顔をしかめたまま、空を仰ぐ。
「今日はもうほんとに無理……また今度にしてくれ」
「これあげるからお願い!」
小春はポケットを探り、ビー玉を取り出す。
ころん、と手のひらに転がす。
淡く光るそれは、ただのビー玉ではない。
「アナお姉ちゃんに創ってもらったお菓子、三か月分だよ」
「……マジか」
一瞬、沈黙。
ノアの視線がビー玉に固定される。
「三か月……?」
ごくり、と喉が鳴る。
「……しょうがないなぁ!」
即答。
さっきまでの疲労感はどこへやら。
勢いよく立ち上がる。
「ほら、行くぞ! 場所どこだ!」
「こっちこっち!」
そのまま小春の手を引き、奥の通路へ走っていく。
「ノアのやつ、さっきまで死にそうだったよな……」
誰かが呟く。
遠ざかる足音。
残された空間に、静けさが戻る。
「……頑張ってくれたのだから、少しくらいは休ませてあげようじゃないか」
カノアが小さく笑う。
その声に――
「遅刻だぞ、カノア」
低い声。
振り向くと、そこに恒星が立っていた。
「おや、恒星じゃないか」
少しだけ目を細める。
「すまないね。いろんな場所を回っていると、どうも時間感覚が曖昧になる」
軽く肩をすくめる。
恒星は腕を組んだまま、じっと見ている。
「そういえば」
カノアが口を開く。
「君が言っていたものだけど……見つからなかったよ」
「そうか……」
短く返す。
「無駄足させたな。アンプルがあるとすれば、あそこだと思ったんだが」
少しだけ視線を落とす。
だが、その表情に大きな落胆はない。
それどころか――
「……それにしては、ずいぶん機嫌がいいな」
恒星が指摘する。
カノアは、くすりと笑った。
「分かるかい?」
一歩、距離を詰める。
「実はね」
少し声を落とす。
「見つけたんだよ」
わずかな間。
「僕のお父さんとお母さんを――蘇らせてくれるかもしれない人をね」
静かな言葉。
だが、その奥には確かな熱があった。
狂気にも似た執着。
「へぇ……」
恒星は軽く眉を上げる。
「そんな奴が日本にいたとはな。一度会ってみたいものだ」
その言葉に、カノアは何も言わず――
ただ、指を差した。
まっすぐに。
恒星へ。
「……は?」
一瞬、理解が追いつかない。
「まさか……」
次の瞬間。
何かに気づく。
表情が変わる。
(……来ているのか)
内心で呟く。
(あっちの俺が)
わずかに目を細める。
興味と警戒が混ざった視線。
━━━ ━━━ ━━━
─────遺跡地下 円卓の間
重い扉が、鈍い音を立てて開く。
広い空間。
中央には、大きな円卓が一つ。
石でできたそれは、無数の傷を刻まれている。
周囲に並ぶ七つの席。
すでに五つは埋まっていた。
それぞれの背後には、従者と思われる影。
動かない。
ただ立っているだけで、異様な圧を放っている。
「カノアを連れてきたぞ」
恒星が言う。
「さあ、始めようか」
「やっとか……」
熊の刻印の席。
だるそうな男が、体を預けたまま呟く。
「めんどくさ……」
大きくため息を吐く。
「相変わらずやる気ないのう~」
山羊の刻印の席。
妖艶な女が、くすくすと笑う。
「その体、いらんならわっちが使ってやろうか?」
細めた目。
明らかな捕食者の視線。
「え~いらないの~?」
豚の刻印の席。
巨漢の男が身を乗り出す。
椅子が軋む。
「じゃあ食べていい? おら、前からお前おいしそうだと思ってたんだよな~」
よだれが床に落ちる。
空気が一気に濁る。
「……黙れ」
机を叩く音。
狐の刻印の席の女が立ち上がる。
「私の前で、私以外が何かを奪う行為は許さないぞ」
低く、はっきりと。
その一言で空気が張り詰める。
殺気。
沈黙。
「はいはい、そこまで」
割って入る声。
獅子の刻印の席。
冷静な女が全体を見渡す。
「恒星、カノア。早く座りなさい」
静かだが、有無を言わせない口調。
「このままじゃ始まらないわ」
恒星は龍の席へ。
カノアは蛇の席へ。
椅子に腰を下ろす。
全員が揃う。
円卓の上に、見えない緊張が満ちる。
誰もすぐには話さない。
数秒の沈黙。
そして――
「それじゃあ」
誰かが口を開く。
「話し合おうか」
低く、重く。
「来る1月1日から開始する――」
一拍。
「破天計画について」
その言葉と同時に。
空気が、明確に変わった。
ただの集まりではない。
ここから何かが始まる。
そう確信させる重さが、その場を支配していた。




