76.訪問
外が何やら騒がしい。最初は雨の音だと思っていたけれど、馬車が近づいてくる音や、人の声がすることに気づいたシェリーは、違和感を覚えた。
「こんな雨の中、だれが来たのかしら?」
シェリーが部屋から出て玄関をうかがうと、雨に濡れた服と髪を拭く男性の姿が見える。
「まあ! アシュトン様!」
シェリーが慌ててアシュトンに駆け寄った。
「今日はどうしたのですか!?」
「シェリー様、婚約の際にお話ししていたのを忘れておしまいですか? 結婚式の前に、必要なものをクラーク家から運んでくると伝えたと思いますが」
シェリーはハッとした。
「そうですね。おっしゃっていらしたわ。日々の忙しさで、時間の過ぎる速さに気づけなかったようです」
シェリーが顔を赤くしてうつむくと、アシュトンはシェリーの肩をかるく抱き寄せ、頬にキスをした。
「今日は荷物を持ってきただけですので、すぐに帰ります。シェリー様がお元気そうで良かった」
「雨が続いたら、どうしましょう」
シェリーが窓の外を見ながらアシュトンに尋ねると、アシュトンは笑って答えた。
「雨の結婚式も、悪くないのではありませんか? ロマンティックです。それに……」
「それに?」
「忘れられない式になりますよ」
「まあ、アシュトン様ったら」
アシュトンの笑顔につられてシェリーも笑った。
「結婚式の準備は順調ですか?」
「ええ。アシュトン様も準備はすすんでいらっしゃいますか?」
「はい。とは言っても、大体のことはホワイト家が取り仕切ってくださっていますので、私のできることは限られていますが」
「フロックコートは体に合いましたか?」
「少し派手過ぎる気がして、不安です」
「そうですか? アシュトン様は普段はシックな装いが多いから、シャンパンゴールドの服は新鮮かもしれませんね。楽しみですわ」
アシュトンは「そうですか」とつぶやき、シェリーの手を取った。
「女性は結婚式のときに、色々なものが必要でしょう? 準備は大変ではありませんか? 私にできることがあればおっしゃってください」
「大丈夫です。たしかに、色々と集めるものがあって大変でしたけど。サムシング・オールドはおばあさまのシルクの手袋をお借りしましたし、サムシング・ボローはメイリーン様が下僕経由でヴェールを届けてくださいました。サムシング・ブルーはアシュトン様が下さったラピスラズリのブレスレットにしましたし、サムシング・ニューは絹のストッキングをあつらえました」
「まるで宝探しですね」
アシュトンが目を丸くしてシェリーを見つめている。
シェリーは得意げに微笑むと、アシュトンの頬にキスをした。
「そろそろ、お暇しなくては……。名残惜しいですが」
アシュトンはシェリーの頬に右手を当て、その柔らかな肌を優しくなでると、シェリーの目をじっと見つめてかすかに微笑んだ。
「結婚式の前日は、またホワイト家に泊めていただけると伺っております。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「迷惑なんて」
シェリーは「もう家族になるのですから」と言いかけて、口をつぐんだ。
アシュトンのあたたかな笑みが、眩しく感じられた。
「結婚式が楽しみですわ」
「私もです」
荷物が置き終わり、アシュトンは帰路に着いた。
シェリーは、水しぶきを上げて走る馬車が窓から見えなくなるまでじっと静かに見つめていた。




