33.レクのにおいをたどってみました
「アークはん! アークはん! おるかー!?」
メルの声が聞こえる。
うん……何だろう?
何かすごく焦っているような感じの声だ。
何かあったんだろうか?
僕が扉を開けた瞬間、メルが僕に近付き、僕の両肩に手を置いて問いかけてくる!?
「アークはん、レクはんを見てへんか!?」
「い、いや、見ていないけど……どうしたの?」
「実はレクはんがな……行方不明になってしもたんや!」
「……えっ、それはどういう事!?」
レクならば、先程この宿屋の一階でテイニーとリザと一緒にいたはずだ。
一体どうしてそんな事に……?
「どうやらテイニーはんがレクはんとケンカしたらしくてな。それで先に部屋に戻ってると言って上の階に上がっていったにも関わらず、部屋にレクはんがおらんねん。その事にリザはんが気付いてな」
「用を足しているとかそういう可能性は?」
「リザはんが確かめたようやけど、いないみたいやな。外に出た訳でもあらへんみたいやし、一体何がどうなっておるのか……」
不思議そうな表情を浮かべるメル。
確かに、レクがいくら方向オンチとはいえ、上の階に向かっているのに建物の外へ出てしまう事は考えにくい。
恐らくテイニー達も総出で探しているんだろうし、それでも見つからないとなれば、もしや――
「メル、魔物さらいがレクをさらっていったという可能性は?」
「魔物さらい……!? それって、レクはんがさらわれたいう事かいな!?」
「断言はできないけど、でもそんな気がするんだ。実はさっき何となくだけど、レクの身に何か嫌な事が起こるような予感がしたんだ。もしかしてそれってこれの事だったんじゃないかと思って」
「……よく分からんけど、とにかくさらわれたとなれば一大事やな。最悪このままじゃレクはんはどこの誰か分からん人の所に売り飛ばされてしまうでっ!?」
「そうなる前に、とにかく僕達全力で探してみよう!」
「……そやな。ほんなら、ウチ、テイニーに知らせてくる! ひとまず宿屋の一階に集合でええか!?」
「うん、そうしよう!」
僕は部屋で休んでいたラスとゴンを起こし、宿屋の一階へと下りていく。
日が沈みきった夜の宿屋の一階待合スペース周辺には誰もいない。
いくつか置かれている発光石によってほのかな灯りが空間を照らすのみだ。
そんな一階で少し待っていると……。
「あ、アークさん、すいません、お騒がせしまして……」
そう言って階段から下りてきたのは青白い顔をしたテイニーだ。
その顔が事の深刻さを物語っている。
「レクは見つかったの?」
「……い、いえ。でも、きっとこの宿屋の中にいるはずです。もっと探せば――」
「テイニーはん、これだけ探しても見つからんのや! 酷な事を言うようで申し訳ないけど、もう少し現実をみい!」
「……だ、だって、信じられないんです。レクが……あのレクがさらわれてしまうだなんて……。わたしのせいなんです。わたしがあの時ケンカしていなければ……」
そう言うと両手で顔を覆うテイニー。
レクとのケンカによって、テイニーはレクと離れてしまった。
そしてそれによってレクがどこかへ行ってしまった。
だから悪いのは自分である、と。
テイニーはそう思い込んでしまっているようだ。
「テイニーは悪くないよ。テイニーはレクに会ったらケンカした事だけを謝ればいい。それ以外の事を考える必要なんてないんだ」
「アークさん……」
「とにかくできる事をやろう。……ラス、レクのにおい、分かる?」
レクの場所が分からなければどうしようもない。
逆にレクの場所を追えれば何とかなるかもしれない。
という事で、何となくラスに無茶振りをしてみた。
まあ当然できる訳――
「……うん、なんとなくのこってるよーがんばればおえるかも」
って、できるのかいっ!?
本当ラスって何でもアリだよなぁ。
スライムは従魔にしておけば有用だとは思っていたけど、まさかにおいまで分かるとは。
魔物を食べて美味しいとか言っている事から味も分かるみたいだし。
一体何者なんだ、スライムって……。
とにかくラスがレクのにおいが分かると言っている。
なら、これを利用しない手はないよね。
「そうか、それは良かった。みんな、ラスがもしかしたらレクを追えるかもしれないって言ってる。ここはラスを信じて追ってみよう」
こくんとうなづくみんな。
僕達はこうして宿屋を出て、レク探索へと向かう事にした。
今は完全に日が沈み、デコラーダの街には所々に発光石の灯りがほのかにある位で、外には暗闇が覆う。
ラスはそんな暗闇の中を迷うことなく進んでいく。
そしてしばらく進むと――
「ラス、一旦ストップだ。もしかしてこの外ににおいが続いているっていうのかい?」
「うん、そうだよ、あーく」
ラスが進もうとした先にあったのは首都デコラーダの北門。
レクはこんな所に来た事がないはずだし、この先ににおいがあるとすれば、レクはほぼ間違いなくさらわれたということになる。
そして北門から出た先にあるのは――
「アークはん、まさかこの先に行くって言わへんよな? この先にあるのは魔の森やで!?」
魔の森。
ここから進んだ先に広がるであろうその森は、人間の領域の中で最も危険な場所と言われている。
というのも、その森にはAランク魔物であるアラクネ、シルフがいる上に、Bランク魔物ヒッポグリフ、ペガサス、ユニコーンも生息しているのだ。
それだけに、この門から先に行く事が許されるのは相当な実力者のみとなっているはずなのだが――
「アークはん……ここの門番はん達、倒れてしまってるで!?」
北門に近付いたメルはその異常性に気が付く。
なんと、北門を守っているはずの門番が全員倒れてしまっているのだ!
北門は特に危険な地域への出入り口を兼ねている事から、門番が五人と多めに配置されているはずなのに……。
息はあるようで、倒れた門番の人達が気絶しているだけなのが不幸中の幸いか。
「ど、どうするんや、アークはん。これ、嫌な予感しかしないで!? 明らかにとんでもなく強い奴が関わっている気しかしないで!?」
恐らく、そうなんだろう。
レクの誘拐。
そのレクがいる先へと向かう北門のこの状態。
どう考えても無関係とは思えないよね。
犯人が力技でここを通っていったと考えるのが自然だろう。
だけど、どうする?
レクがさらわれたであろう先は、AランクやBランクの魔物がうようよしている魔の森。
少なくとも今の僕の従魔の実力だけでは到底生き残って帰る事すらできないだろう。
果たして、どうするべきか……。
僕はテイニーの方を見る。
テイニーは何とか僕達についてきてはいるが、今にも倒れそうな状態だ。
リザの支えがあって、何とか立っている状態と言ってもいい。
テイニーにとってレクはかけがえのない存在であり、そんなレクがいない生活なんて僕にだって想像がつかない。
なら、僕がやるべき事は決まっている。
「ヴァルド、ここから先は申し訳ないけど、僕達の力だけではどうする事もできなさそうだ。力を貸してもらってもいいかな?」
「……ふん、アークがそう言うのなら仕方ないな。付き合ってやるよ」
「ありがとう。そしてラス、ゴン、ここから先、非常に危険な所へ行く事になるけど、僕と一緒について来るかい?」
「……もちろんだよー! そもそもぼくがいないと、れくのばしょわかんないでしょー?」
「…………強敵、望む所」
みんな、本当にありがとう。
とても危険で無茶な事をしようとしているっていうのに、僕の従魔達からは悲愴感というものが全く感じられず、やる気に満ち溢れているようだ。
……ここは、みんなが無事に帰れるように、僕が頑張っていかないとね。
「メル、申し訳ないけど、ここで待っていてくれないかな? 僕達が帰ってくる時はフラフラになっているだろうから」
「……もちろんや。ウチも本当は一緒に行きたい……けど、きっと足手まといになるやろな。ここでおとなしく待っとるわ」
「本当にごめん。あとリザ、テイニーをよろしく頼んだよ。今テイニーを支えられるのは君だけなんだから」
「……アーク、任せろ。俺、テイニーを守る」
「うん、それでいい」
僕はヴァルドとラスとゴンを引き連れて、魔の森の方へと一歩進む。
そして僕はバッグから瓶を一本取り出し、黙ってヴァルドに手渡す。
ヴァルドはその中身を飲み干し、そして僕と同じ位のサイズにまで体を縮ませる。
さて、これで準備は完了だ。
「ラス、まだにおいは追えるよね?」
「うん、もんだいないよー」
「なら、ラスは引き続きレクの追跡をお願い。ゴンは僕の後ろについて、背後の警戒を頼む」
「…………任せろ」
「ヴァルドは僕達全体のサポートをお願い。ここから先は魔の森だ。どうしても僕達が対処できない事も多いと思う。その全ての対処を頼む。相当大変になるだろうけど、きっとヴァルドならそれをやり遂げてくれる。そう信じてる」
「無茶振りにも程があるだろ、全く……。まあ、それ位の事がなくては面白くねえよな?」
「ありがとう、みんな……。それじゃ、行くよ!」
こうして僕達はラスを先頭に、魔の森へと向かっていくのだった!




