20.メルは僕の成長を望んでいるようです
「あの、ちょっと質問いいかニャ?」
「ん、どうしたんや、レクはん?」
「ふと思ったんだけどニャ、エルフが助けを呼ぶ前に倒せればそんな面倒な事をしなくても良くないかニャ?」
「確かにそれはそうやなぁ」
「メルは上級魔法が使えるんだニャ? それならその上級魔法を使って、エルフを一撃で倒せたりしないかニャ?」
言われてみれば確かに。
メルの実力は相当なもので、二体のコボルトを全く寄せ付けずに瞬殺できる程の実力の持ち主だ。
そんなメルだったらエルフを瞬殺する事だってできるんじゃないだろうか?
「なんやレクはん。ウチみたいなか弱い乙女にそんな重責を負えというんかいな?」
「……へっ? か、か弱い、乙女、ニャ?」
「そうや。ウチはか弱くて、スライム一体も持ち上げられない程の乙女なんや。そんな乙女が、エルフを一撃で倒せる訳ないやろ?」
スライムを持ち上げられない程の乙女……。
何かすごく胡散臭い。
ジャイアントの部位を持ち帰る時、等身大程に膨れ上がった荷物を軽々と背負っていたあの姿を見ているから余計に……うん。
「それは冗談としてもや。そもそもウチはアークはんよりも弱いで? 実際、アークはんとサシで勝負して、ウチは完膚なき程に叩きのめされて負けとるからな?」
「えっ、でもそれは魔王様の手助けがあったからではないかニャ……?」
「ヴァルドはんは風を起こしただけやし、ほぼアークはんの実力みたいなもんやろ。それにウチはアークはんが世界一の魔物使いになれるように手助けをしたいんや。それなのにこんな大事な場面でウチがでしゃばってしまってどうするん? もう少し空気読めって話やろ?」
……きっとメルはそれが本音なんだろうな。
メル程の実力ともなれば、恐らくエルフを一撃で倒す事はできるんだろう。
でも、それでは僕は何もしない事になるし、それがメルにとって嫌なんじゃないかな?
僕の成長の手助けをしたい。
だからこそ自分はサポートに回る事はあっても、自分が主役になるような事は出来るだけ避けたい。
そんな思いがあるのかもしれないな。
「レク、メルの作戦でいこう」
「アーク、でもそれは……」
「ごめん。確かにメルはエルフを一撃で倒せる実力を持っているとは思う。そしてそれが最も安全な方法なのかもしれない。だけど、これは僕がやるべき事なんだ。その作戦をすればメル一人に責任を負わせる事になるし、メル一人に任せる訳にはいかない」
「アークはん……」
「それに僕は万が一複数のエルフと戦う事になっても勝てるように、一応ラスとゴンを成長させてきたつもりだよ? その為に今日は朝から頑張ってきたんだから」
ヴァルドがジャイアントを倒した後、僕はジャイアントの部位を回収せず、その時間をラスとゴンの育成に費やした。
それはどんな事があっても対処できる強さを身につける為。
そのどんな事というのは、ラスとゴンを失わない事でもあるし、テイニーやレク、メルを守るためという事も含まれているのだ。
「わたし……アークさんの意見に賛成です」
「テイニー、どうしてだニャ!?」
「わたしもアークさんが強くなれるように応援したいんです……。それにわたしも強くなりたいんです。この作戦ではメルさんが無防備になってしまいます。ですからその時は……わたしがメルさんを守ります!」
「て、テイニー、本気なのかニャ……!?」
「はい。でも、レク、わたしはわたしだけではもちろん何も出来ません。だからお願いです、レクの力を貸してくれませんか!?」
テイニーはメルと同様、僕の成長を望んでいるし、それに自身の成長も望んでいる。
メルが提案した作戦は、テイニーが自分の身を自分で守る事が前提になっており、その上でテイニーがメルを守らなくてはいけない事も想像がつく。
テイニーはその作戦に潜む自身の責務を進んで担おうとしているのだろう。
ただ、テイニーを心配するレクは当然不安でいっぱいになっているだろう。
果たしてその返答は如何に?
「……分かったニャ。テイニーがそこまで言うのなら、あっしもその思いに応えない訳にはいかないニャ!」
「レク、それって……!?」
「うむ。あっしもメルの作戦を支持するニャ。とっても責任重大になるニャ。テイニー、覚悟はできているのかニャ!?」
「はい。まだ実感が湧かないですけど、でも頑張ります!」
レクはテイニーの思いに応える道を選んだようだ。
その道はとっても危なくて、命の危険を伴うかもしれない。
だけど、きっとそれを乗り越えた時、テイニーは一回り成長する事が出来るんだろうな。
「ええな、みんな、その意気や! すまへんな、みんなに責任を押し付けるような格好になってしもて。でも、その分、ウチはウチの役割をしっかりと果たすさかい。戦う必要のあるエルフは一体だけ。その事は保証したる!」
「うん、頼んだよ、メル!」
こうして僕達がとる作戦は決まった。
メルがエルフ一体を隔離して、その間に僕はエルフの髪を確保する。
その間、テイニーとレクは自分の身を守ると同時に、メルの身を守る、と。
果たしてこの作戦は上手くいくんだろうか?
作戦が決まってから、テイニー達の口数は少なくなっていた。
それだけ、責任の重さを感じているし、そして緊張もしているんだろう。
だけどそれはテイニーの為でもある。
僕はそんなテイニーを黙って見守るのだった。
ヴァルドが戻ってきたタイミングで、僕達は出発する事にした。
目標は森の深部。
以前薬草を取りに来た時のさらに奥にある場所だ。
僕達は難なく森の入口までたどり着き、そこでヴァルドが一旦離脱。
森の深くまで歩いて行き、そしてついにエルフがいるであろう所までたどり着く。
「あそこにいるのがもしかして……」
「うん、あれがエルフだね。どうやら単独でいるようだ。今がチャンスかな?」
「いや、もうちょっと待った方が良さそうや。見てみい? 奥に三体ほどエルフがおるで。この辺りは分が悪そうや。ちょっと移動しよか?」
僕達はメルの言葉に黙ってうなづく。
僕達がこれからやろうとしている事は大きな危険が伴う事だ。
少しでも良い状況の時に実行しなければ、作戦が失敗する危険性は大きく高まる。
妥協は許されないのだ。
エルフの生息域の外縁を沿うようにして、移動する僕達。
なかなか良い条件の場所は見つからなかったが、ついに絶好のチャンスがやってくる事になる。
「……うん。ここら辺なら良さそうやな。一体のエルフしかおらんし、その周囲に他のエルフは見当たらへん」
「なら、早速作戦を開始しよう。あまりもたもたしていると、他のエルフがこちらの方に近付いてくるかもしれないし」
「せやな。みんな、心の準備はええか? ……なら、早速始めるで!」
僕達が黙ってうなづいたのを確認したメルは、呪文を唱え始める。
そして、エルフの周囲に黒いもやみたいなものが付着した!
「これでエルフの声は誰にも届かん。今やでっ!」
「うん、分かった!」
こうして僕はラスとゴンと共に、エルフを攻撃しようと駆け出していった。




