7-3 魂の水晶
「だ、だれよあなた!!」
私はクリスタルに浮かぶ見知らぬ男性の姿に驚き、その場を飛び退いてアリシアのそばに駆け寄った。
「なに?どしたの?いきなり」
そららは私のことを、『なにやってんの?』って顔で見ている。
気づいてないの?そららは。
「み、見えないの?」
私はクリスタルを指差して教える。
「見えないって、何が?」
そららはクリスタルにおでこをくっつけて覗き込んでいる。
(そららには、見えていない?)
私には、クリスタルの中に半透明の男性の姿が見える。
50歳くらいだろうか。中年の、少し太った男性だった。
「そこ、知らない男の人のお化けがいるんだけど、見えないの?」
「え!?お化け?」
最初は驚いてクリスタルから一回離れるも、ジィーッと見つめるクリスタルには何も映らないようで
「なぁんにも」
そららは再びクリスタルにおでこをつけて中を覗いている。
私は手招きして彼女をこっちに呼ぶ。
「ほら、あそこ」
私はクリスタルのほぼ中央、床に近い面を指差す。
「いや、いないけど・・・。アリシアを怖がらせたからって、仕返し?」
「そんなんじゃなくて、ほんとにいるのよ!」
明らかに不機嫌そうな表情をするそらら。
困った私はクリスタルを見つめると、今度は男性が自分の右胸を指差している。
右胸・・・?。私は上着の上から右胸に手を当てると、なにか違和感を感じた。
シャツの中に手を入れて、右胸を調べてみる。
(あ、指輪・・・)
そこには、さっき拾った指輪を入れてあった。水着だとどこにもしまえないし、指に通すのも嫌なのでとりあえず。ってことでしまったんだった。
私は取り出した指輪をそららに渡してクリスタルを指差す。
「こんなの持って、何か変わるの?」
そららは指輪を受け取るとそのままクリスタルを見つめる。
「うーん・・・」
上からゆっくりと視線を降ろし、一応探してくれている。
「あ!!いた!見えた!オジサンがいる!」
うわぁ。何あのクリスタル。気持ち悪ーい。って顔で表情がひきつっている。
そんな、オジサンに向かってオジサンだなんて。っていうか、あんたそんな態度取ってると呪われるわよ。
やっぱり、この指輪に触れていればあの男性は見えるらしい。
「さっき、急に現れたのよ。その指輪を持っていれば見えるみたいね」
私は指輪を持っているそららの左手と手をつなぐ。
再びうっすらぼんやりと男性の姿を確認できた。
「何か、言ってるのかな?」
男性は口を開いて何かを言っているように見えた。
「どうする?そら」
「え?うちに聞くの?」
私たちは顔を見合わせたまま、お互いにゆっくりと頷きクリスタルに向かって歩き出す。
いきなり襲ってくるかもしれない。相手の正体が不明な以上、うかつには近づけない。
「なにか、言いたいことがあるの?」
私は彼に話しかけてみる。
【苦しい・・・】
「な!なに!!?」
「気持ち悪い!!」
急に男性の声が聞こえた。
それも、耳元でボソッと聞こえる感じだった。そらは耳を触りながら半泣きで気持ち悪いぃ!!と訴えている。
確かに、耳元で囁かれるのは気持ち悪い。
【たすけてくれ】
【助けてくれ】
【タスケテくれ】
【タスケテ・・・】
1人ではなく、大勢の声が聞こえる。男性、女性、子供から大人までその声は様々だった。
「やめて!ホントにムリ!」
そららが手を放してアリシアの方に戻っていく。
クリスタルが、淡く光り出す。
「な、なにから助けてほしいの?あなたはだれ?」
【俺は、このそばの海域を航海する船乗りだった】
船乗りって感じには見えないんだけどなぁ・・・。
【数か月前、海賊に襲われたんだ・・・】
海賊。どこの世界も山賊や海賊っているのね。
【俺たちは積み荷を全部取られた。貴重な鉱石、アイテムを王都へ運ぼうとしたんだ。その指輪も、その一つ・・・】
私の右手にある石のない指輪を指差す。
【俺たちは、満月の前の晩にこの魂の結晶、ソウルクリスタルに逃げるんだ】
「逃げる?誰から?」
【海の悪魔から・・・】
海の悪魔。自分を死に追いやった海賊のことを言っているのかしら。
【明日の晩。また、悪魔が現れる・・・。】
【助けてくれ】
【俺たちを開放してくれ】
【苦しい】
【つらいよ】
【痛い】
【悔しい】
【タスケテ・・・】
クリスタルの光が徐々に小さくなっていく。
【頼む。俺たちを救ってくれ】
男性が私に最後に見せた顔は、苦痛に歪む表情だった。
明日の晩。何が起こるっていうのかしら。
「うにゃ・・・」
「あ、起きたね」
クリスタルが輝きを失ってから少しして、アリシアの目が覚めた。
周りをきょろきょろと見回す。
「ここどこ?あれ・・・あのでっかいのなに!?」
寝ぼけた彼女の前に現れたのは巨大なクリスタル。さっきまで暗い洞窟にいたのだから驚くのも無理はない。
「こんなお宝があれば、大儲けよ!アリシア!」
「いきなり立って、大丈夫なの?」
アリシアが起き上がりゆっくりとクリスタルの方へ歩き出す。
先ほどの輝きはすでになくなっていたが、それでも、この大きさは圧巻だ。
「ソウルクリスタル・・・。」
アリシアの手がクリスタルにそっと触れる。
「ソウルクリスタル?」
「そう言えば、さっきの人もそんなこと言ってたわね。」
私もアリシアたちの方へ歩み寄る
「ソウルクリスタル・・・。魂の結晶」
「このクリスタル、普通のモノじゃないの?」
「うん。このクリスタルには思念が入っている。」
「思念?」
「魂が死の間際に残した強い波長。怒り、悲しみ、憎悪、喜び、寂しさ、愛情、その思いが強いと成仏できないで地上を彷徨い続ける。そして、いつか悪魔に魂を狩られるか、その魂がモンスターになり果てる。」
「アンデット・・・」
「うん」
「悪魔って・・・邪竜王みたいな?」
「そう」
アリシアがさみしい瞳でクリスタルを見つめる。
「ここの人は、きっとかなり苦しい思いをしていると思う・・・。」
「わ、わかるの?そんなこと」
私の問いかけに彼女は首を横に振るだけだった。
「わからない。でも、魔力の波長と、思念の波長は似てる。ここは、すごく暗い深い感じがする。」
魔法と、霊感は紙一重なのかしら。よくわかってらっしゃること。
「大勢の人がいるけど、このまま放っておくとモンスター化すると思う。ネスタの街も、こんなところからモンスターが現れたらきっとただじゃすまない。もしかしたら、廃墟になるかもしれない。」
そ、そんなこと言ったって・・・。
この場合、領主として戦うべきなの?海賊と?
でもそれって、領主の仕事っていうよりも、フランたち王国騎士の仕事じゃないの?
「フランに任せてみれば、いいのかなぁ」
私は、どうしようなく思いついたことをそのまま口に出した。
2人は黙って何も言わない。
私は、さっきの男性から聞いた話を二人に続けた。
「ここの人、さっきの男の人は、船に乗ってたって。」
「外にあるでっかいの?」
「そこまではわからないわ。でも、船でアイテムや鉱石を王都へもっていくときに海賊に襲われて、・・・この指輪もその時のアイテムらしいわ」
私は手に持っていた指輪を見せる。
「海賊に殺されて、恨んでるの?」
「そうだと思う」
「思う?」
「断片的にしかしゃべってなくて。よくわからないのよ。でも、海賊に襲われて、海の悪魔から満月の前の日にこのクリスタルに逃げるんだって。」
「海の悪魔?」
「そう言ってたわ。後は、特にないわね。助けてって。」
再び沈黙が広がる。
最初に口を開いたのはそららだった。
「でも、気に入らないよね」
「え?」
「いや、お姉ちゃんが。じゃなくて」
びっくりしたぁ。今、そららが私のフランに任せれば?の発言にムカついたのかと思った。
「何が気に入らないの?」
「なんていうか、ここでウジウジしている奴らもそうなんだけど、自分さえ良ければ他人はどうしてもいいってその考えかた。」
珍しく、あまり人のことには首を突っ込まないそららが私のフランにお任せって他力本願に反発し、ここに彷徨う魂に対して同情の色を見せる。
「ここの人、結局どうしてほしいの?海の悪魔ってなに!?」
「海賊の事じゃ―」
私が答えるより先にそららは指輪を私からとると大声でクリスタルに向かって叫ぶ。
「もっかい出てきて、ちゃんと大きな声で話しなさいよ!!」
洞窟の中に声が響いた。
・・・返事はない。
「返事、ないね」
「ねぇね、どうしたの?」
「悔しいじゃない!?一方的に殺されて、悔しいってふつう思うでしょ!?そう思ってて、だれも助けてくれなくて、助けたくてもどうしたらいいかわからなくて、ほっといたら同じ人間がアンデットになりましたって。悪魔に魂取られましたって。そんなのないよ!」
「そら・・」
珍しく感情的になっている彼女。アリシアも黙ってその様子を見ている。
「うちたちも、邪竜王との戦いで負けたら、アリシアがいなくなったら、エル様が死んじゃってあの世界に取り残されてたら、・・・同じなんだよ」
「それは・・・。」
返す言葉を失ってしまう。
「うち、この剣見てて、たまに思うんだ。」
手に持っている剣を抜刀し、刀身を地面に突き刺す。
「お姉ちゃんの弓もそうだけど、この剣がうちに何か世界を変えろって言ってる気がする。剣が言っているのか、ローラの気持ちかはわからない。でも、この誰かが泣いたり、苦しむ世界を変えろって」
私の、弓・・・。
私は手に持っている弓を見てみる。
神弓エルフィン。邪竜王との戦いで手に入れた神の使う武器。
時空魔法が発動した時、私たちは壊滅した別の世界からこの世界に移動してきた。この世界にはないはずのそららの魔剣と一緒にこの弓も時空を超えて私たちの手元に今ある。
私も考えていた。邪竜王との戦いがなかったことになっている世界なら、ローラがいない世界ならこの魔剣も違う持ち主がいて、この弓の持ち主も違うんじゃないかって。
それでも、歴史を塗り替えてでもこの二つの武器はここにある。何か意味があるのかな?って。
「うち、困っている人を助けたい。それが死んじゃってた人だとしても。誰も救えないのに。そんなの、領主じゃない。」
「ねぇね・・・。」
「きららは、どう思う?」
「どうって・・・。」
正直、返事に困っていた。
邪竜王との戦い。正直思い出したくもない。また、あんなモンスターや悪魔と戦うなんて絶対に嫌!
「いや・・・。だって、私には力がないもん。アリシアみたいに魔法が使えるわけでも、そららみたいに武器が使えるわけでもない。」
「弓があるじゃん?」
「こんなの、使いこなせるわけないよ!フレイアも、消える前に魔力の少ない私じゃ無理だった言ってたし・・・。私は2人みたいに強くないの!」
気持ちが声に出てた。
私の思いに黙り込む二人。
「ゴブリン退治とは、違うのよ・・・。」
私は最後にそう言って、洞窟のクリスタルに背を向けて歩き始めた。




