7-4 海を静かに見守るもの
洞窟からでると、空はうっすらと明るくなっていた。
桟橋には漁に出掛ける町の人が慌ただしく走り回っている。
昨夜見たあの大きな船の姿はない。
明るい空には月が今にもその姿を消そうとしていた。
「今日が私たちがこの町に泊まれる最後の日かぁ!」
私は大きく背伸びをして碧く輝く海を眺める。
「きら」
「ねぇ、なにしよっか!?」
今日が夜まで遊べる最後の日。
・・・そう、あの船が現れる夜まで。
私は、二人に何かを言われる前に捲し立てるように話を続けた。
「今日が最後かぁ。もっかい海で遊ぶ?」
2人からは返事がない。
「それとも、馬車でこの辺をもっと散策してみる?食べ歩きもしてないし、もっといろいろ遊べるんじゃないかしら?」
「お姉ちゃん」
「ふたりは、何がしたい?」
私は振り返り、二人に笑いかける。
「うちは・・・、後悔したくない!」
「ねぇね」
「私は、2人に何して遊ぶ?って聞いたんだけど・・・」
「うちたちで、どうにかできることがあるんじゃない!?」
「・・・ないよ」
「うちたちで、助けてあげようよ!」
気まずい沈黙が朝の海に漂う。
アリシアがそららと私を交互に見ながら何かを言いたそうにしている。
「うちたち―」
「うるさいなぁ!!」
私が声を上げると、二人とも黙った。
「うちうちうちうち。うるさいのよ!なんなの?そんなにどうにかしたいなら二人で行けばいいじゃない!私を巻き込まないで!私は、2人みたいに強くないのよ!わかる!?弱い人間の気持ちが!あんたたちみたいに強くない人間が、あの時も、どれだけ悔しい気持ちだったか!!」
「きらら、そんな言い方しなくても」
「うるさい!アリシアは黙ってて!あなたは魔法も使えるし、恵まれてるじゃない!」
そんな、思ってもいないような憎まれ口が私の意思とは無関係に出ていく。
心に渦巻く暗い気持ちが抑えきれず、私は目の前の2人に吐き出してしまう。
「私の事は放っておいて」
私は2人をその場に残し、1人宿に戻り休むことにした。
目が覚めたときは陽が傾き始めた時だった。
部屋に戻った私はシャワーを浴び、その後眠ってしまったらしい。
部屋には、二人の姿はない。
水着も見当たらなかったので、二人はそのまま戻ってきていないのだろうか。
(さっきは、少しひどいこと言っちゃったかな。)
寝起きに水を飲みながら、私は眠りにつく前の事を思い出した。
2人の姿が見えないのは、ただ遊んでいるのだろうか。遊んでいるだけならいいのだけど、もし、あの船を待っているのだとしたら・・・。
私は心のモヤモヤを抑えきれずに、手短に着替えるとすぐに部屋を出て2人を探すことにした。
私は、とりあえずこのネスタを散策してみることに決めた。
まだ陽は高く、夜まで時間はある。あの船、夕方以降に現れるなら、まだ時間はある。二人を止めるのはそれからでも間に合うだろう。
1人、いつものメイド服に着替え、小さなカバンに神弓エルフィンを入れて漁師町を歩く。
それにしても、ほんとにこの黒い棒切れ。ごぼうか何かにしか見えないわね・・。
「どこに行こうかな・・・」
いつもは横であのうるさい2人が何が食べたいとか、どこに行きたいとか、何したいとか言うのに。
1人というものは、なかなかに寂しいものらしい。
もともとここに来たのも、そららとアリシアのわがままから始まったようなものだしね。
私は宿からでると、いつも3人で歩く海への道ではなく、反対の方向に歩き出した。
ただ、住宅が並んで建っているだけの何もない道。アレクサンドリアと比べると本当に何もない。
ゴォーン・・・ゴォーン・・・
遠くで鐘がなる音がする。時間を知らせるものだろか。そういえば、今何時かもわからない。
初日でそららが荒れる海へ魔法をぶっ放せ!!と言っていた高台の方から聞こえる気がする。
あの時は気が付かなかったけど、なにかあるのだろうか?
(ま、一人でやることないし。)
私は緩やかな坂を上りながら、高台へと昇ることにした。
高台の上には、数人の町人が花束を持って何かを話していた。
「今宵は満月。我等が英雄に祈りましょう。」
手に持っている花束を大きな石碑に向かって並べて置いている。
(何かの、慰霊碑なのかしら)
あいにく、こちらの文字は読めないため何が書いてあるのかさっぱりわからない。
「今でもこの街を見守り続けている勇敢なる魂に、安らかな眠りを。光の精霊フィリアのご加護がありますように、祈りましょう」
1人立っているのも申し訳ないので、参列者の中に紛れて祈りをささげる。
(魂・・・。)
私は昨日のクリスタルの事を思い出した。
海賊に襲われた・・・。
悪魔から逃げている・・・。
苦しい、助けてくれ・・・。
私の耳に、昨日聞いた亡霊の声が生々しく蘇る。
(救われることのない魂は、やがてモンスターとなる・・・)
アリシアの言葉が胸を締め付ける。
(だって、仕方ないじゃない。私も、ここの人も何も変わらないわ。同じ人間、無力なのよ)
短い黙祷のあと、神父と思われる男性の声で解散となった。
私は、一人残されて慰霊碑と思われる石碑に近づいてみた。
両手を広げても届かないくらい大きなその石碑には、名前のようなものがたくさん彫られていた。
これだけの人が、犠牲になった。
私は無意識に彫られた名前を指でなぞっていた。
「その方に、ゆかりがある方ですか?」
振り向くと、神父が私に声をかけてきていた。
「い、いえ。そんなんじゃないんです。そもそも、わたし、何があったか知らないし、ただの旅行者で」
「あぁ、そうなんですか。」
神父はカバンから小さな丸いものを取り出すと、
「少し、話しませんか?」
と、笑顔で私にその丸いものを一つ差し出していた。
「は、はぁ・・・」
私は、神父の座る大きな石の隣に座った。
丸いものはムニムニしていてそららのほっぺ・・・いや、お饅頭や餅のような弾力だった。
「美味しいですよ。この辺ではあまり見かけない食べ物なんですけどね」
40代くらいの神父は、大人なのに、って思わず言いたくなるくらい嬉しそうに笑顔で頬張っていた。
「ありがとうございます。いただきます。」
私も一口。
(あ、お餅だ。大福なんてこの世界にもあるんだ)
私は懐かしい食べ物に目を丸くしてしまった。もう、食べられないと思っていたのに。
そう思うと、無性に元の世界が恋しい。
こんな、魔法なんてよくわからない物が出て、ドラゴンや、お化けや、ゾンビが歩いてて、ご飯も簡単に買えないし、友達もいないし、だれがなんだかさっぱりわからない。
最近はあまり考えなくなっていたのに、もうパパやママに会えないと思うと、すごく悲しい。記憶も、思い出せるところとゴチャゴチャだし。
「あっ、」
私は大福を頬張りながら涙が頬っぺたを流れるのがわかった。
べつに、悲しくもないのに。
「おやおや、いきなりどうされたんですか?」
「い、いえ。少し昔の事を思い出していたら勝手に・・・。すいません」
「いえいえ、別に構わないのですよ。あなたのような多感な時期ならなおさらね。」
「そんなもんなのですかね・・・。私にはわからないですけど。」
「ふふっ、若いときには、色々悩むものです。それでは、そのまま少し私の昔話に付き合ってくださいませんか?」
神父はお茶を一飲みし、高台から眺める海を見つめて話し出した。




