彼女が主役のこの世界
学校へ向かう足はいつも重い。
踏み出すごとに重くなる足を引きずりつつ、なんとか前を向いて歩く。
私、アンナ・グレースの通うのは、貴族子女が在籍するカースルレイ王立学校である。
国内唯一の国営教育機関のこの学校では、全国から集まった子が親元を離れ寮で暮らしている。
子どもたちは卒業までの六年間を寄宿舎で暮らし、学問だけでなく礼儀作法も含めあらゆる学びの機会が与えられる。国内の貴族の子女はこの学校への入学が義務付けられており、特別な事情がない限り皆親元を離れて宿舎で暮らすことになる。
学びは貴族に与えられた権利であり、また国を支える者としての義務だった。
ほとんどの子が寮に入り集団生活のなかで生活しているため、当然私も学校の寮で暮らしていた。
まだ皆が食堂で朝ごはんを食べている時間に私は寮を出た。
他の人たちがあまりいない時間を狙って登校している。まだ閑散としている通学路を一人で歩く。
わざわざ早く出るのは、朝のうちに予習をしておきたいからというのもあるが、それよりも会いたくない人がいるからだ。
「……アンナ! アンナってば! おはよう!」
甲高い声が聞こえ、ビクッと肩が跳ねる。
動揺しているのを悟られないよう、ゆっくりと振り返った。
金色のシルクのような髪をたなびかせ、女の子が走ってくる。私はできるだけ自然に見えるよう笑顔を作った。
「……おはよう、ココ。今日はずいぶん早いのね」
「アンナこそ! いっつも先に行っちゃうんだもの。昨日だって、あなたの寮の前で待っていたのよ」
「そうだったの? ごめん。学校で勉強したくて」
適当な言い訳を並べて愛想笑いでかわすとココは陶器のような頬をぷっと膨らませ「もう!」と可愛く怒っているポーズをする。
青い大きな瞳に見つめられると、なんと愛らしいのかとため息がでる。同性の自分から見ても、目がくらむほど美しい。
彼女の名前はココ・オベール。
私の……友達だ。
肩にかかる自分の髪を見下ろす。
癖のある赤茶色の髪に、くすんだオリーブ色の瞳の私。
とてもココとは釣り合わない、平凡な見た目。
友達相手に釣り合いを考えるなんて間違っているのかもしれない。でも彼女の隣に立って、引け目を感じない女子はいないだろう。
劣等感がにじむ顔を伏せてココから目を逸らすと、また後ろから声がかかる。
「なんだよ、昨日ココがどんだけ待ったと思ってるんだよ」
「危うく遅刻するところだったよ。僕らが待ちぼうけになるとは思わなかった?」
ココの後ろから追い付いてきた二人が顔をしかめながら文句をつけてくる。
彼らはルイ・ベッソンとセナ・ブランシェ。
二人はココの幼馴染で、常にココと一緒に行動しているから、昨日も私を待つココに付き合って寮の前で待っていたのだろう。
ルイは短い黒髪をガシガシと掻いて、顔をしかめながら不満げな顔をしている。大柄な彼に責められると少し怖い。慌てて謝罪を口にする。
「ごめんなさい。でも早く登校するから一緒に行けないってココには前の日にちゃんと言ったんだけど……」
「でもココは一緒に行くって言ったんだろ? 待っているかもって気にかけてくれてもよかったんじゃないか?」
理不尽なことを言われているが、愛想笑いを浮かべて「そうだねごめんね」と重ねて謝罪する。
反論したら、その倍怒られるだけだと分かっている。黙って頭を下げるほうが楽なのだ。
何度もごめんなさいと言うと、セナが「もういいよ」と許してくれた。
振り返った拍子に、彼の緩く結んだブルーグレーの髪がさらりと揺れる。
大柄なルイに対してセナは細身で中性的な印象だが、ルイよりはほっそりしているというだけで長身なのは変わらない。
彼らがココの両隣に立つと、大きな壁ができたみたいになる。他人を寄せつけまいとする意思表示だと、私は思っている。
壁ができてそっと一歩後ろにさがった。またココが悲し気な顔になる。
ぐいっと顔を近づけてきて、鼻が触れそうな距離に彼女の顔がきた。
彼女のパーソナルスペースは私に対してとても狭い。それを嬉しく思った時もあったが、いつまでたってもこの距離感には慣れなかった。
「でもアンナと寮が離れてるから、あんまり会えないし寂しい。もっと一緒にいたいのに、アンナってばここ最近は勉強とか委員会とか課外活動とかですごく忙しくしてるんだもの。放課後も会えないのだから、朝くらいは一緒に行きましょうよ」
「うーん、私あんまり成績良くないからさ、勉強以外でも頑張って評価をあげないといけないのよ。要領悪いから、朝の時間も勉強に当てたいし、放課後は課外活動で点数を稼がないと」
「ええ~そうなの? だったら私もアンナが行く課外活動とか誘ってよぉ」
「雑用とか奉仕活動だよ? ココは体弱いし無理できないでしょ。……ねえ、セナ?」
ココの保護者のような顔をしているセナ。予想通り、彼は私の問いに頷いてくれた。
「そうだね、ココはすぐ熱を出すから奉仕活動は無理かな」
「えーひどいセナ! 最近は丈夫になってきてるもの!」
「いや、ココはアンナと違って成績上位者なんだから課外活動で点数かせがなくていいんだ。むしろ加点が必要な生徒たちの仕事を奪うことになるからダメだぞ」
「ええっ、そうなるのね⁉ じゃあ我慢するわ」
「奉仕活動を、我慢って。そんなこと言うのココだけだよ」
あははと笑い合う三人。
気づけばココの隣にルイとセナが立ち、はじき出された私は後ろを歩く。
話に夢中のココはもう私を振り返らない。
これもいつも通りの構図だ。
三人の仲良し幼馴染の、金魚のフン。
それが私に与えられた立ち位置。




