二人のヒミツの時間
初めて電車で話をしてから数日後、もしかしたら、また風月に会えるかもしれないと思い、泉水は公園に向かった。
ベンチに座ってノートを書いていると、風月があの日と同じように反対側を歩いて来た。
もし会えたら、手を振ってみようかな、声を掛けてみようかな、と考えていたが、いざ本人を見ると心臓がドクンと跳ね、緊張して手も口も動かない…
歌では、『動き出さなきゃ』『伝えないと伝わらない』と言っているのに、動けない、一言も声も掛けられない自分が嫌になり、膝の上にあるノートを見つめる…
(何も話せなくても、せめて手を振るくらい…)
目を閉じ深呼吸で心を落ち着けてから、意を決して顔を上げると、いつの間にか目の前に人が…
あの日以来、風月は公園を通るたびに泉水が座っていたベンチが目に入るようになっていた。
(あれは…)
今日は学校と同じで髪を下ろしているおかげで、すぐに泉水だとわかった。
「散歩の休憩?」
気が付くと、泉水のもとへ歩いていて、俯く彼女に話しかけていた。
目に前に立たれたことに気が付いていなかったのか、顔を上げた泉水はポカンとしていた。
(急に話しかけたから、また驚かせちゃったかな…)
「前野?」
風月が名前を呼ぶと、泉水はハッとしたような表情をして、気持ちを落ち着けるように髪を撫でながら口を開く。
「う、うん 久しぶりにまた来たいな~と思って…」
と少し俯きがちに話す泉水の表情は、髪で風月には見えなかった。
「そっか…」
そう言って風月は帰ろうとしたが…
「―…隣座っていい?」
何となく、すぐ帰るのは惜しい気がして思わず言ってしまった。
驚いた表情を浮かべる泉水に、
(一度電車で話しただけなのに、こんなこと言ったら困らせるだけだな)
と思い、風月は「やっぱ…」と言いかけた。
その時、泉水は隣に置いていたカバンを膝の上に乗せ、少し端に寄って風月の座るスペースを空けた。
「どうぞ」と自分の隣を差し出す泉水。
(もっと戸惑うと思ったけど…)
泉水の空けてくれたスペースに腰掛る。
「ありがと」
お互い手探りで話題を見つけながら15分ほど会話をした。
途中、無言になることもあったが、不思議と気まずいとは思わなかった。
ー
「そろそろ帰るか…じゃあ、また明日。学校で」
「うん。また明日ね」
公園を出て、お互い反対方向へ向かう…
(来てよかった〜 桜樹くんから声かけてくれたし、話もできたし!
次は私から声かけられるように頑張ろう!次いつ来ようかな…)
泉水は、持っていたカバンをギュッと握りしめて家へ向かった。
お互いの肩には、さっきまで一緒にいた相手の感覚がまだ残っていた…
それから何度か公園で会うと話すようになった。
お互い同じようなテンポで、どちらかが一方的になることもなく、最近では夕暮れの空を見ながら写真を撮って見せ合ったりもしている。
そんな心地良い時間は、泉水にとっては魔法のような、風月にとっては不思議な二人だけの時間になっていた…
ー
「泉水、最近楽しそうだね~ なんかあった?」
朝、教室に入り席に着くと友だちに言われ、昨日風月と公園で話していたことを思い出し、ドキッとした。
「うん。散歩しているときに見つけたところがお気に入りで、最近そこに行くのが楽しみになってるんだー」
「いいな~ 今度、私も一緒に連れて行ってよ」
「あっ…でも、ただの公園だから!楽しいことはないよ!落ち着くってだけで…」
友だちの言葉に動揺を隠しきれず、つい早口になってしまった。
話しながら風月の顔が浮かんで、顔が熱くなるのを感じる。
そんな泉水の様子に何かを察したのか、
「…なるほどね~ それじゃ、邪魔はできないね。何があるのか、いつか教えてよ~」
と含みのある言葉と笑顔で言われた泉水は、恥ずかしくなり俯きながら
「…はい。」と返事をするしかなかった…
「風月~昨日、公園で女子と会ってただろ~」
泉水はその言葉にビクッとした。
教室に着いた瞬間、みんなに聞こえるような声で風月に聞いたクラスメイトは、自分の席に着かず風月のもとへ。
声が聞こえた周りも興味津々といった様子で、どういうことかと聞いてくる。
年齢的にも男女問わず、この手の話はみんな興味があり、さらに風月は今まで絵以外に興味がなさそうだったので、みんなの関心度が高い。
近くに行かなくても、耳だけ集中しているような状態の人もいる。
「俺、見ちゃったんだよ~ 相手は私服だったけど、同じ学校?他校?それとも年上?」
まさか、その相手が同じ教室にいるとも思っていない周りは「誰なんだよ~」と冷やかしながら聞く。
泉水は平静を装ってはいるものの、内心バクバクで風月がみんなに何て言うのか気になっていた。
後ろのロッカーから教科書を取るため、席を立ち、チラッと風月を見ると目が合った。
ドキッとした胸を抑えるように「普通に…普通に…」と心で唱えながら、ロッカーに向かい歩く。
風月の席は泉水のロッカーの前。
泉水がロッカーから教科書を取ろうとしゃがみ、風月と背中合わせになった時、無言だった風月が口を開く。
「ー…ヒミツ。俺の大事な時間だから、今度見ても邪魔するなよ」
普段、あまり表情の変わらない彼が少し浮かべた笑みは柔らかく、声のトーンも穏やかだったが、しっかりと牽制するような口調だった。
さっきまで騒いでいた周りも、見たことのない風月の顔と声に、まるで時が止まったかのように静まりかえり、その声を背中で聞いていた泉水は、嬉しさと恥ずかしさで胸がいっぱいになった。




