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第二話

第二話「意志、招かれし者」


ショコラが力を覚醒させてから、二日が過ぎていた。

あの夜、庭を震わせた神雷は跡形もなく消え、寺にはいつもの静けさが戻っている。

だが――ただ一つだけ、変わらないものがあった。

ショコラが、目を覚まさない。


部屋の中。

敷かれた布団の上で、ショコラは静かに横たわっている。

呼吸は安定している。

顔色も悪くない。

それでも――まるでどこかへ行ってしまったかのように、意識だけが戻ってこなかった。


その傍らに、レイは座っていた。

膝の上で手を握りしめ、何度もショコラの顔を見つめる。


「……じいちゃん」


ぽつりと、声が漏れる。


「このまま……にいちゃん、目覚めなかったらどうしよう……」


その声には、隠しきれない不安が滲んでいた。


少し離れた場所で、福禄寿が静かに目を細める。

レイの方へ視線を向け、穏やかに口を開いた。


「心配はいらんよ」


柔らかな声。

だが、その奥には揺るぎない確信があった。


「ショコラは強い子じゃ」


一拍置いて、続ける。


「それは、わしよりも……お前さんの方が、よく知っておるじゃろう?」


レイは言葉を詰まらせる。

分かっている。

頭では、理解している。

それでも――


「……そうだけど」


視線を落とす。


「もう二日だよ……」


指先が、わずかに震える。


「にいちゃん、こんなに寝てたことなんて……なかったのに……」


静かな部屋に、言葉だけが落ちる。


福禄寿はその様子を見つめていた。

表情は変わらない。

穏やかなまま。

だが――


(……分からぬな)


内心で、小さく呟く。


ショコラの中で何が起きているのか。

あの神雷が、どこへ行ったのか。

意識が戻らぬ理由すら、掴めていない。

それでも。

(今は……待つしかあるまい)

それが、導く者としての判断だった。

福禄寿は、ゆっくりと視線をショコラへ戻す。

「……ショコラ」

その名を、静かに呼ぶ。

返事はない。

ただ、穏やかな呼吸だけが続いていた。

まるで――

どこか別の場所で、何かと向き合っているかのように。




ここは――どこだ。


意識が、ゆっくりと浮かび上がる。

まぶたを開けた瞬間、ショコラは違和感に気づいた。

見慣れない天井。

やけに高い。

装飾が施されているにもかかわらず、どこか“温度”がない。

身体を動かそうとする。

だが、動かない。

視線だけが、かろうじて周囲を捉える。

自分は――椅子に座っていた。

長いテーブル。

磨き上げられた木の表面は、光を鈍く反射している。

その脚部には、見たこともない複雑な彫刻が刻まれていた。

植物のようであり、獣のようでもある、不気味な意匠。

椅子の背もたれは高く、身体を深く包み込んでいる。

だが、その座り心地は妙に現実離れしていた。

柔らかいはずなのに、どこか“沈まない”。

視線を横へ移す。

誰もいない。

長いテーブルの周囲には、いくつもの椅子が並んでいる。

数は――五つ。

自分を含めれば、六席。

すべて、空いている。


静かすぎる。


自分の呼吸の音だけが、やけに大きく感じられた。

「……なんだよ、ここ」

口を動かしたつもりだった。

だが、声は空気に溶けるように、ほとんど響かない。


夢――か。


そう結論づけるには、あまりにも鮮明だった。

(能力開花してから……)

記憶が、断片的に蘇る。


雷。

光。

身体を引き裂くような感覚。


(……そこから、ずっと寝てんのか?)

眉をひそめる。

戻らなければならない。

そう思う。

レイの顔が浮かぶ。

心配しているはずだ。

じいちゃんも――

(戻る)

意思を込めて、身体に力を入れる。

――動かない。

指一本すら、反応しない。

(……は?)

もう一度、力を込める。

それでも変わらない。


意思はある。

感覚もある。

だが、身体だけが“繋がっていない”。


まるで――


ここにいるのは、“意識だけ”であるかのように。

 

その時。


「……」


気配。

音ではない。

だが、確かに“何かが来る”と分かる。

一拍遅れて、足音が響いた。

――コツ。

静寂を裂くように、乾いた音。

――コツ……コツ……

ゆっくりとした歩調。

焦りはない。

迷いもない。

その音は、確実にこちらへ近づいてくる。

ショコラの視線が、自然と一点へ引き寄せられる。

テーブルの最奥。

上座。


そこに――扉があった。


今まで気づかなかったはずのそれが、まるで最初からそこにあったかのように、静かに佇んでいた。

足音は、その扉の向こうで止まった。

一瞬の静止。

空気が、わずかに張り詰める。

そして――


扉が、開いた。


「――お、目覚めたようだね」

声が、落ちてきた。

やわらかい。

それでいて、不思議と耳に残る声だった。

張り詰めていた空気が、ほんのわずかに緩む。

扉の向こうから現れたのは、一人の青年だった。

年は――そう変わらないようにも見える。

だが、その佇まいには、どこか“時間の重み”があった。

穏やかな表情。

柔らかく細められた目。

敵意は感じない。

――それでも。

(……なんだ、こいつ)

ショコラの中で、警戒だけは消えなかった。

青年は自然な足取りで歩み寄ると、テーブルを挟んだ向かいの席へと腰を下ろした。

「よいしょ、と」

軽い調子。

場違いなほど、気負いがない。

肘をつき、頬杖をつくようにしてショコラを覗き込む。

「気分はどうだい?」

まるで、目を覚ましたばかりの知り合いに声をかけるような口調だった。

ショコラは一瞬、言葉に詰まる。

目の前の存在が分からない。

ここがどこかも分からない。

それでも――

「……悪くはない」

慎重に、言葉を選ぶ。

青年はぱっと表情を明るくした。

「そっか、ならよかった!」

心から安堵したような笑み。

「改めて――能力開花、おめでとう」

その言葉に、ショコラの眉がわずかに動く。

「あの……」

口を開きかける。

だが、その言葉は最後まで続かなかった。

「いやあ、とうとう目覚めたね!」

青年は嬉しそうに続ける。

「あの……」

「ほんと、目覚めない時はどうしようかと思ったよ!」

「あの!!!」

思わず声が強くなる。

その瞬間。

――静寂。

空気が、一瞬で張り詰めた。

青年が、きょとんと目を丸くする。

そしてすぐに、ふっと笑った。

「ああ、ごめんごめん。喋りすぎたね」

軽く手を振る。

「質問、あるよね?」

その言い方は、最初から分かっていたかのようだった。

ショコラは、ゆっくりと息を整える。

目の前の青年から、視線を逸らさない。

「……ここはどこで」

一拍。

「あなたは、誰?」

まっすぐな問いだった。

青年はその視線を受け止める。

一切、逸らさずに。

そして、ゆっくりと口を開いた。

「ここはね」

わずかに、背後の空間へ視線を向ける。

「覚醒者が集まる場所」

その声には、先ほどまでの軽さはなかった。

静かで、確かな重み。

「通称――操想卓そうそうたく

その名が、空間に落ちる。

まるで、最初からそこにあった言葉のように。

ショコラの胸の奥が、わずかにざわつく。

「君は、“覚醒”という力を開花させた」

青年の視線が、再びショコラへ戻る。

「だから、ここに呼ばれたんだよ」

「……覚醒?」

聞き慣れない言葉。

だが――どこかで引っかかる。

あの夜の感覚。

あの暴走。

あの、得体の知れない“力”。

青年は、小さく頷いた。

「よし」

軽く指を鳴らすような仕草。

「ここからが本題だ」

その瞬間、空気がわずかに変わる。

先ほどまでの柔らかさの奥に、別の“顔”が覗く。

「君たちが生きている世界では、能力を持つことが当たり前になっている」

「火や水、風や雷といった“属性式”」

「空を飛ぶ、姿を消す、獣へと変わる――そういった“特性式”」

言葉は滑らかに続く。

だが、一つ一つが正確だった。

「大きく分けて、この二つが存在する」

ショコラは黙って聞いている。

否定も、肯定もせず。

ただ、受け取る。

「そして――」

青年の目が、わずかに細まる。

「その中でも、“人の枠内で目覚めた力”を凡式」

「“神の領域に触れた力”を神式と呼ぶ」

静かな断言。

その言葉に、ショコラの脳裏にあの雷が蘇る。

黒と金の閃光。

身体を焼くような衝撃。

「普通はね」

青年は肩をすくめる。

「神式なんて、まず目覚めない」

「でも――ごく稀に、“起きてしまう”」

その“起きてしまう”という言い方に、どこか引っかかるものがあった。

「そして原則」

青年は指を一本立てる。

「能力は、一人につき一つまで」

「それが、この世界のルール」

一拍。

そして、少しだけ口角を上げる。

「……なんだけどね」

その視線が、まっすぐショコラを射抜く。

「君は、例外だ」

空気が、わずかに重くなる。

「属性式――神雷」

「特性式――覚醒」

言葉が、静かに積み重なっていく。

「二つを持つ、双式保持者」

断定だった。

逃げ場のない言葉。

ショコラの思考が、一瞬だけ止まる。

「……は?」

かろうじて、声が漏れる。

だが、それ以上の言葉が出てこない。

能力は、一人につき一つ。

それが、この世界の“当たり前”だったはずだ。

なのに――

「……なんだよ、それ」

理解が、追いつかない。

胸の奥で、何かがざわつく。

自分が、自分でなくなるような違和感。

青年は、そんなショコラを見つめたまま、静かに笑った。

「さて――」

その声が、ほんの少しだけ低くなる。

「ここからが、本当に大事な話だ」

――その瞬間。

視界が、わずかに揺らぐ。

空気が、変わる。

何かが“始まろうとしている”気配だけが、確かにそこにあった。

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