怒れるタフガイ
とんだ収穫だ。
まさかこんな所に居たとは。
車を見つけてから数週間が経っていた。一時はもう他の地方にでも行ってしまったのだと割り切り、それ以来マリンの事は努めて忘れていた。周辺の主要な町を廻り、燃料や物資をかき集めていた。車の中で地図に目を落とし、次の目的地を吟味している時の事だった。
「ボス、ポールが女を見たらしい!」
地図から顔を上げると、数人の部下がこちらに駆け寄ってきた。
「珍しいな。それで、どうした?」
うだつの上がらない顔でポールはたどたどしく答えた。
「それが、町の中で探索していたら後ろ姿を見ただけで…すぐに追いかけたんだが、見失っちまった。こっちには気づいてなかったと思うんだが、間違いなくブロンドだった」
マリン。よくも俺から逃げたな。
忘れかけていた嗜虐心と、どす黒く歪んだ欲望がマグマのように煮え滾ってきた。物資は期待していないが、今度こそ捕えてやる。
先ずは思い残すことなくなるまでヤッて、それから手下共に回して襤褸布にしてやる。
…最期にあの小生意気に整った顔を、この手で面影も残らないほどのブスになるまで殴り潰して、手足の腱を裂いてから感染者共にプレゼントしてやる。
ビッチの分際で…この俺を虚仮にした事を心から後悔しながら無様に息絶えるのだ。
その甘美で凄惨な光景を想像して打ち震える。二度とない最高のショーになるだろう。
地図を開き、町の出口になり得る場所に部下を配置するよう指示を下した。つい先日、新たに三人の荒くれ者をリクルートできた。これも日頃、出来の悪い部下共に悩まされる俺への、主の思し召しだろう。
「…よし、まずはその場所に案内しろ。ノーウッド、お前は六人連れて町の大通りを張れ。スミス、お前は三人で商店街周辺を捜索しろ。全員、建物や物陰から身を隠しながら監視するのを忘れるな!」
「商店街ってあの、ホテルの麓にあるやつか?」
「そうだ。とにかく静かに、潜みながら探せ」
あの女には車も仲間も無い。狩りを楽しませてもらうとしよう。
「そのホテルがある町だったら、ここから二日も経たないで着くな」
ダニエルは地図を満に返し、車を発進させた。時刻は昼に差し掛かり、ベティはクーラーボックスからベーコンとレタスのサンドイッチを全員に配ってくれた。
「良かった。最短ルートで向かってくれ」
急ぐのも考え物だが、時間ばかりかけていると彼女らが更に移動してしまう事も考えられた。サンドイッチを頬張りながら窓の外を眺めた。
ボミットスの連中の車は見当たらない。マリンらを見失ってどこかへ通り過ぎて行ったか…そんな希望的観測が頭を過る。幹線道路に戻り、目的地に向けて軽快に走り出す。自分自身がそうだが、明確な目的地が定まり、二人の表情も幾分柔らかい。肩の荷を下ろした様に見える。
「ベティから聞いたぜ。彼女らの一人が医療と狙撃の心得があるんだって?お前は勿論だが、彼女もぜひ防衛隊にスカウトしたいもんだ」
「それは彼女次第だが、その時は俺も説得してみるよ」
自分の見立てでは、ミカエラのレベルはプロの狙撃手には敵わないまでも、一流のマークスマンレベルだと思った。動きの無い標的は勿論だが、動く感染者相手でも遠距離から確実に頭部を撃ち抜く。外したにしても胴体に当たっていた。訓練などしていないにも関わらず、実戦だけでそれだけ適応しているのだ。傍から見てもあまりに勿体ない腕前だった。本格的な狙撃訓練を施していれば、二キロ先の狙撃も可能なレベルにもなり得る。
「もう一人の方にも何か特技が?」
「とにかく冷静な判断力と不屈の精神だ。それもあって、拳銃の扱いが非常に長けている。感染者との近接戦では、下手な散弾銃など問題にもならない銃捌きを見せる。格闘のセンスもある」
逆に視界の限られるライフルや長物の扱いは苦手としていた。本来は拳銃の方がプロでも扱いが難しい代物なのだが。
「そんなに誰も彼も引き抜いたら、他部署の責任者達に睨まれるよ。そうでなくても水道部のオーウェンは新入りを横取りされた、ってぼやいていたらしいし。多分、満の事でしょ?」
気のいい現場監督の顔を思い出した。しかし仕事は正式に配属されたものではなく、日雇いのようなものだった筈だが。
「下水でほぼ丸腰のまま、三体の感染者相手に大立ち回りしてエイデンを助けただろ?あれが決め手になって農業部と水道部から正式なオファーが来てたって訳さ。まぁ最終的にお前をどうするかはトラヴィス隊長が決めるんだが」
確かに、作業中に襲われるかもしれないと思えば仕事が捗らなくなる。自衛できる作業員がいれば歓迎されるか。
「ついでに言うと保安官も後釜というか助手を欲しがっていたな」
「ジョンソンならまだ大丈夫。当分頑張ってもらいましょ」
自分はどこに配属されようと結構だが、できる事なら日がな一日、同じ仕事をのんびりとしていたいものだ、と思った。
次第に荒野が目立つようになってきていた。州境を越えた頃には夜の帳が降り、小高い岩山から覗く残光だけが淡く輝いている。地図で予め目星をつけていた、ハイウェイから引っ込んだ集落に向けて車を走らせた。
寂れたモーテルの駐車場に車を停め、ダニエルはホースと工具箱を手に小さなガスステーションへ向かい、ベティは周囲を警戒し、満はモーテルの部屋を一つ一つ確認した。どの部屋もドアの鍵が破壊され、ほとんどの部屋でベッドなども使用された形跡があった。
「燃料も物資もダメだな、略奪された後だ。宿の方はどうだ?」
ベティと共にダニエルが合流した。
「ほとんどの部屋に使った跡がある。同じ団体が使ったとしたら十数人は居た事になる」
「数が合うな」
「ああ…」
進む方角が同じだけに一抹の不安を覚えるが、焦った所で仕方がない。夜の間も捜索を続けるのは愚行でしかない。万一にも連中に発見されて先に攻撃されてしまえば、二台の車に小隊規模の相手から逃れる事はできず、勝ち目もない。ダニエルとベティまで道連れにしてしまう。
「二階の奥側の部屋は荒らされているが、使われていなかった。変な病気を移されて土産にしたくもないから、そこを使おう」
各々で食料と必要な荷物を持ち、各部屋に別れた。車は施錠した上で適当なシートやゴミで偽装した。略奪される心配はない。モーテルの階段にのみささやかなトラップと鳴子を設置しておいた。
ホテルの中はどの部屋も荒れていた。転がった椅子に躓き、マリンは声にならない悲鳴を上げて倒れた。
先を走っていたミカエラが振り返り、ほんの数秒静止するとライフルを発砲した。廊下の奥から押し寄せる男達の一人に命中し、男が罵声を上げながら床に転がる。その男を屈強な男達が踏み越えて突進してくる。
空のライフルを投げ捨てながらミカエラはマリンを助け起こすが、足を痛めたマリンに肩を貸す間に男達との距離は絶望的なものとなった。行き止まりにある部屋に逃げ込んだ二人に最後の時が訪れた。
朽ちたテーブルを盾に抵抗を試みるも、既にマリンの拳銃は用を成さず、ミカエラのささやかな三八口径拳銃も一人を負傷させて役目を終えた。
決壊した堤防から押し寄せる濁流の如く、大柄な男達が二人に迫った。迫る無数の手に引き離された二人の魅力的な肢体が見る間に露わになっていく。
抵抗する二人の顔面にハンマーのような拳が何度も振り下ろされた。やがて身動きさえしなくなった二人を肴に十数人の男達よる狂宴が始まった。
男達の行為がようやく終わった。残されたのは変り果てた二人の姿。殴打によって、それこそ時間経過した感染者のように腫れ上がったマリンの顔に唾が吐きかけられた。
あの男が侮蔑の言葉と共に拳銃の引き金を引いた。
強烈な吐き気に目を見開いた。身を起こしたが堪えきれず、ベッドの下に吐瀉物を撒き散らしてしまう。消化され切っていない肉片と胃液から饐えた臭いが立ち上ってくる。
『なんて最悪な…』
自分が思い付く限りの悪夢。それも夢と気付けないほどに鮮明な。連中の痕跡を見つけたせいだろう。夢であったことが最大の救いだが、正夢となり得る事もまた事実だ。
バスルームに放られていたタオルで自分の吐瀉物を片付け、ペットボトルに詰めた水を片手に外へ出た。
月明かりが煌々と砂漠を照らしている。乾燥した冷気が衣服の上からでも感じられたが空気は極めて清浄で、今しがたの悪夢を幾らか薄れさせてくれた。
ペットボトルの水を喉に流し込み、気を静める。砂漠を人影が当てもなく彷徨い歩いているが、足取りからして感染者だろう。腕時計はようやく午前三時を示していた。時間の流れがもどかしい。だが、肝心な時に睡眠不足が祟っても困る。目を閉じる事に一種の恐怖を感じながらもベッドに戻った。
午後四時に差し掛かる頃、その町に着いた。夕刻が近づいているとはいえ、まだ日は明るい。にも拘らず、町中の至る所に感染者が跋扈し、それも目的があるかのように一定の方向へと進んでいた。この町に来る道中にしても、町に近づくにつれハイウェイ上に感染者の数が増えつつあったのを訝しんでいた矢先の事だった。
胸騒ぎは確信へと変わった。感染者の向かう先には小高い丘にあるホテルがあった。
「なんてこった…一つ一つの集団はせいぜい五、六程度だが、これが押し寄せたらヤバいぞ」
銃座からスコープ付きのカービンで周囲を見回すダニエルの声は強張っていた。折しも銃声がホテルから散発的に響いてくる。
「畜生!奴らに見つかったんだ…!」
悪夢が現実になろうとしている。ここへ来るまでに費やした無駄な時間を呪ったが、それこそ無意味な事だった。
「突っ切るよ。ダニエル、戻って」
ベティがハンドルを切り、ダニエルは後部座席に戻り、自分のボディアーマーを着込みに掛かった。満も自分の装備を再確認した。
不穏な予感があったお陰で既に装備は万全にしてある。小銃は既に初弾を送り、予備の弾倉は二つ。農場で譲り受けた拳銃は元々予備が無かったが、武器庫で見つけてくすねておいたものが一つ。小銃の予備弾薬も二十発、ベストのポーチに収納してある。
歩兵の標準的な装備からすれば滑稽なほどの軽装備だが、こうなってしまった以上、どの道いくら自分が重武装をした所で一人でどうにかできるものではない。
ベティとダニエルを見た。二人には本当に申し訳ないことをした。
最悪のミスだった。
町へ調達に出た際、奴らに姿を見られていたのだろう。夜が明け、周囲が明るくなると共にホテルに二台のトラックが侵入した時にはもう逃げ場は無かった。ホテルは高い塀で囲まれており、唯一の出入り口にトラックと見張りを残して十七人もの男達がホテルへ侵入を果たしていた。最上階の九階の窓からトラックに気付き、慌ててミカエラを起こし、全ての武器と最低限の荷物を手に逃げ場を探したが、非常階段の出口にも見張りがつき、一階から男達が虱潰しに捜索を終えて迫ってくるのを察し、脱出を諦めた。
仕方なく、マリンは挟み討ちだけは避けるために上階全ての非常階段口を施錠して回り、四階の階段口にミカエラを残し、可能な限りライフルで狙撃してもらう作戦に切り替えた。
圧倒的な敵の数にミカエラは青ざめながらも銃撃戦を展開した。最初の狙撃は見事に相手の頭部を撃ち抜き、相手に少なからぬ恐怖を植え付けたものの、相手も数的有利を活かした陽動と射撃でミカエラのミスを誘い、元より少なかったライフルの弾薬はすぐに底をついた。交代したマリンが拳銃で抵抗し、更に一人を撃ったが、残る十ニ人の男達に追い込まれ、マリンとミカエラは最上階の一室に逃げ込むことを余儀なくされた。
残るのはそれぞれ予備の無い拳銃とナイフ。全て合わせても十発にも満たない弾薬。
どの部屋も略奪によってドアは破壊され、取り外されている。最上階から飛び降りる訳にもいかず、自分たちの運命を悟った。
男達が階段口に迫ってくる足音が微かに聞こえる。反撃を警戒し、ゆっくりと近づいてきている。部屋の隅にあるクローゼットに気付く。勿論、二人で隠れても意味は無い。
「ミカエラ、拳銃をくれない?」
絶望を押し殺し、マリンは小声でミカエラに向き直った。
「…どうするつもり?」
「あいつら、私の顔しか知らない。ライフルの時は距離があったし、戦ったのも一人ずつだったから、こっちが一人だと思っているかも」
「まさか…そんなこと」
部屋の十数メートル先に気配が迫りつつあった。
「…これしかない。元々私のミスだし」
本当なら自分が隠れたい。だが、自分の姿を見られた以上それはできない選択肢だ。これが運命なのだ、と自分に言い聞かせた。
「…さっさと隠れて!」
ミカエラの拳銃をもぎ取って突き飛ばし、自分は対面の部屋に飛び込んだ。
「どこへ行くんだ、マリン?いきなり逃げるなんて酷ぇじゃねぇか?」
怖気を感じるほど穏やかなボスの声が響いた。
「あら、それはいつの事かしら?町での事?」
朽ちたテーブルを盾に相手を待ち構えた。向かいの部屋でミカエラが立ち尽くしていた。微笑んで親指を立てて見せると、嗚咽を抑えながらクローゼットへと消えていった。ありがとう、ミカエラ。でも、死ぬつもりはない。一人一発で倒せば可能性は見えてくる。弾が尽きたらナイフでも…あの人が教えてくれた格闘術で戦ってでも…生き残る、何があっても。
そんなことは不可能だ、と認めてしまいそうな自分を押し殺し、押し寄せる絶望に震えながらその時を待った。
戸口に屈強な男の姿が現れ、すぐに引き金を引いた。しかし男はすぐに身を隠し、銃弾は壁を虚しく削った。別の男が素早く駆け、反対側の壁に取り付く。これも外した。舌を上下させて下卑た笑みを浮かべている。
自分を弄び、弾薬の浪費を誘っている。
こちらの残弾が少ないと知って…。
恐怖と屈辱が込み上げてくる。今度は剽軽な笑みを浮かべて顔を出したままでいる。引き金を引こうとしてホールドオープンした拳銃に気付き、マリンは表情を凍らせた。
「どうかしたのか、マリン?相談なら乗るぜ?」
愉しげな声が響いてくる。勝利を確信し、余裕に満ちた声。
すぐにミカエラの回転式拳銃に持ち替えた。弾を外す毎に確実に忍び寄ってくる破滅への絶望が、すぐそこに迫っていた。
「俺とお前の仲じゃないか?そんな俺を裏切って、心は痛まないのか? かわいい部下まで撃ち殺しやがって…さすが血も涙も無い、酷い女だ」
涙なら流してしまいそうだった。だが、コイツにだけは屈したくない。
「それは嬉しいわね。でも、か弱い女一人をこんな大勢で襲うなんて、ジェントルマンとしてどうなの?」
廊下の向こうで高笑いが響いた。
「この荒くれ者どもを四人も殺すような、か弱い女がいるか!」
外から物を投げつけられ、思わず身を隠してしまった。急いで身構え、突入しようと姿を現した男に向けて撃った。男が罵声を浴びせながら逃げ戻る。床に少量の血が滴り、周りの男達が囃し立てて笑う声が響いた。
仕留められなかった…残されたのは五発の弾丸。屈強な十二人の男。
「本当に酷い女だ…そういえば、あのイエローの召使まで捨てたのには笑ったがな」
その言葉に一瞬、全ての思考が止まった。
「ほら、お前が捨てただろう?あの鼠みたいな野郎だ。哀れなモンだったよ。あまりに酷くて道端のゴミかと見間違えたぜ。今頃は天に召されてるだろうがな。お前も向こうに逝ったらせいぜい慰めてやりな」
生きていた。その事実が折れそうになる心を支えてくれた。だったら尚更、私も死ぬ訳にはいかない。
「…それで、いつまで後ろに隠れてるの?甘い顔を見せてよ、ハニー?」
忘れかけていた決意が漲ってくる。
恐怖は消え、闘志の火が灯る。廊下に広がる獰猛な気配を感じながらもマリンは銃を構え直した。
不意に、ホテルの外から銃声が鳴り響いてきた。
ホテルに続く坂道にも感染者が迫りつつあった。それを可能な限り避けながらベティはハンドルを切り、ホテルの敷地へと侵入した。
二台のトラックが門を塞ぐように停められていた。荷台に残っていた男がこちらに気付き、慌てて銃を構えながら何か叫んでいたが、銃座に上ったダニエルの狙撃を受けて荷台に倒れ込んだ。そのうちの一台に体当たりをして進入路を抉じ開け、車を進入させた。
前庭が見えてくるが、ホテル内から続々と男達が現れ、それぞれ玄関付近の遮蔽物に散っていった。非常階段からも一人が駆けつけ、十一人の敵が確認できた。
足りない分はマリン達の反撃を受けたか、逆にマリン達を捕えているか。
ベティは車を噴水の陰に隠して降車し、ダニエルも噴水の反対側に陣取ってからスコープを覗いている。
「もたもたしていると感染者も来てしまう。二人は狙撃と援護を頼む」
そう言い置くと二人の返事も効かず、予め目星をつけていた遮蔽物に向かって駆けた。銃弾が周囲を掠めるが、まだ百メートル近い距離があり、段差や花壇など遮蔽物を利用して走る人間にそうそう当てられないだろうと思った。自分を狙って身を乗り出しかけた男が狙撃を受け、崩れ落ちるのが見えた。
ダニエルの狙撃は正確だ。自分が囮と牽制を引き受ければ、その隙を的確についてくれると踏んでいた。ベティによる援護射撃の庇護を受け、徐々に相手の側面へと回っていく。敵の注意がベティ、そしてダニエルに向きつつある。小銃を構え直し、遮蔽物にカバーしきれていない敵を狙って数発撃ち込む。大口径の七.六ニ㎜ライフル弾が石柱を削り、破片でも当たったか悲鳴が聞こえた。軍用ボディアーマーにヘルメットを身に着けた男が防御力を当てに身を乗り出して反撃してきたが、構わず数発撃ち込む。最高レベルの軍用防弾装備であったとしても、最低でも六年以上経っている。既に実戦で撃たれているかもしれない。少なからず劣化しており、七.六ニ㎜弾を完璧に防ぐことは限りなく不可能に近い。悲鳴を上げて男が倒れ込む。 劣化したボディアーマーを装備していたことが仇となったようだ。半端に防いで貫通すれば銃弾と破片が体内で臓器を破壊して暴れ回る。世界的名医でも居ない限り、まず助からない。
あと九人。防弾装備をも貫通した威力と轟音への恐怖感から、必然的に敵の圧力はこちらに向かった。既に遮蔽物まで後退してそこから牽制程度に銃撃を加える。また一人、ダニエルかベティかの銃撃の餌食となった。あと八人。
ベティとダニエルが距離を詰め始めた。援護すべく、フルオートに切り替え、残弾をばら撒いた。銃自体が五キロ近くもある重量のせいか、体格のお陰か、連射の反動は予想より小さかった。相手は二方向から絶え間なく猛攻を加えてくる相手に物陰で隠れ続ける事を余儀なくされていた。反撃するか移動でもしようものなら、たちまちダニエルの正確な狙撃でまた一人、命を落とした。ベティも散開し、三方向からの攻撃に対して相手は堪らずホテル内に逃げ戻った。
再装填のもどかしさに舌打ちしながらも満は全力で追撃した。二人を人質にでも取られたら形勢は逆転する。廊下を一目散に逃げる敵の内、勇敢な一人が振り返って散弾銃を乱射してきたが構わず、逃げる連中の背中に全弾を撃ち込んだ。長い廊下を一直線に逃げている分、標的としては申し分なかった。七人の内三人が倒れ、一人はその場で倒れて呻いている。一人は階段で逃げる事を諦め、必死に廊下を走り続けていく。それでも階段に辿り着いて逃げる二人の敵を執拗に追い続ける。最後の弾倉を取り、この銃独特のもどかしい操作で詰めて初弾を叩き込んだ。ダニエルの声が一階から響いてきた。
「ベティ、満を頼む。俺はあいつを始末して物資と退路を確保しておく」
淡々として容赦ない、プロの精兵の声だった。
「久しぶりだな」
追いついた一人を殺害した後、血痕を頼りに最後の一人に追いつくと、自分からナイフと靴を奪った男が階段の踊り場で観念したように座り込んでいた。
相手の驚愕する顔が目に焼き付く。
「アジアの彼氏だぜ?」
その顔を銃撃で吹き飛ばし、最上階に向かって駆けた。
男達に様子を見に行くよう命じる声が響くと、十人の男達は駆け去っていった。それから間を置かず、外では銃撃戦が始まった。
クローゼットに隠れていたミカエラにも事の顛末は全て聞こえていた。もしかしたら満かもしれない。自分達も援護ができるかもしれない。そうでないにしても、最大の好機であることは間違いない。
マリンが自分を逃がしてくれたことが幸いした。足首に巻き付けていたシースから中型ナイフを抜き、静かに戸口に忍び寄った。マリンの立て籠もる部屋の戸口の両脇に拳銃を持った男が張り付いている。二対二。自分の存在が気づかれていない分、タイミングさえ合えばこちらが有利だ。
組み合ったらとても敵いそうにない、筋骨隆々の大柄な男と、もう一人はこの世界にそぐわない、馬鹿みたいなスーツ姿の小太りの男。そちらに狙いを定めた。マリンも緊張した表情でこちらの意図に気付き、軽く頷きながら銃を構え直した。
息を整える。刃物で人を殺すのは初めてだった。震える右手に左手を添え、一気に飛び出した。驚愕に目を見開く男と目が合い、その腹に向けて両手でナイフを突き出した。
男の罵声が響き、もう一人の男は驚愕しながらもミカエラを抑え込もうとして、マリンに胴と首を撃ち抜かれて倒れた。
強烈な拳が腹部にめり込み、ミカエラは体を折った。ナイフが床を転がり、悲鳴を上げる間もなく羽交い絞めにされた。
「ミカエラ!」
「この…クソアマが!」
ナイフは急所に至らなかった。ボスは怒りと苦痛に顔を歪ませながらもミカエラに銃を突き付けて怒鳴った。
「銃を捨ててそこに立て!さもなければこいつを殺す!」
「わ、分ったから…」
机の陰から銃を放り投げた。
「…よし、いい子だ。立て」
立てば自分が殺されるのは分かっている。が、これ以上時間は稼げそうにない。これ以上待たせればミカエラが撃たれかねない。
観念して両手を上げ、立ち上がった。銃撃は無かった。
「最後にその無様な面を見れて良かったぜ。じゃあ死にな」
ボスの銃口がミカエラから離れ、こちらを捉えようとした瞬間、轟音が響いた。
「すまん、遅くなったな」
亡骸と共に倒れ込んだミカエラに手を差し伸べた。
「…遅いよ、満!」
抱きついてきたミカエラを受け止め、マリンに向かって頷いて見せた。
「すまん。ミカエラが人質に取られたのは見つけたが、確実に狙撃する為にな…よく持ちこたえてくれた」
更に抱き着いてきたマリンを受け止め、流石に体が揺らいだ。しばらくして二人が離れると、二人の服が血に染まっているのをみて狼狽えた。
「怪我を…!?」
「違う…それ…」
安堵していた二人の顔が見る間に青ざめていく。
自分の体を見ると、ベストの下から血が溢れていた。今の今までアドレナリンで麻痺していた痛覚が俄かに蘇った。
「う、ぉ…」
「皆急いで、感染者が集まってきてる!下で仲間が車で待機しているから!」
「あなたは…」
「自己紹介は後!急いで」
駆けつけたベティとマリンに支えられた。
「医療バッグを取ってくる!」
ミカエラが走り去るのが見えた所で満の意識は途絶えた。
「…丈夫、一時的な過労と出血によるものだから。でも、早くどこかで横にして、ちゃんとした応急処置を…」
「そこにリンゲルパックなら…」
トランスミッションの段差越しにミカエラが自分の傷を応急手当してくれている。前部座席に着いたマリン、ベティと話している。ダニエルの姿は見えないが、座席が足りず、前方を走るトラックを運転しているのだろう。
何はともあれ、全員が生き残った。奇跡のような結果だが、たまにはこんな幸運があっても良いだろうと安堵すると、再び満の意識は薄れていった。
穏やかな寝顔を浮かべる満を見て、マリンもミカエラも安堵して胸を撫で下ろした。




