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第一話 少年との出会い

ソニアは途方に暮れていた。

 ここまでの道のりは特に苦難に満ちたものではなかったし、どちらかと言えば順風満帆。平穏無事でたいていの人は満足できる旅であろう。

 

 彼女は詠う(うたう)魔術師、ソニア・トーニ。魔術を詠唱し発現させる魔術師である。

 ここまでは普通。魔術師とはそういうものである。

 彼女に限って他の魔術師と違うところは詠む事しか出来ない事である。

 

 一般的に魔術師は既存の魔術も新しい魔術も使う為に詠唱もしくは記述を行う。そして彼らは魔導具を作る事も出来、それも同様に記述する事で魔導具として人の手を使わずに発現できるのである。

 彼女の場合、既存の魔術の詠唱しか出来ないので、記述する事は勿論、新しく魔術を作り出す事もそれを記述や詠唱する事も出来ない。だから魔導具なんて以ての外。

 

 そしてもう一つ。彼女はその詠唱をリズムに乗せるのである。精霊を呼ぶと言われる楽器を奏で、歌うように魔術を発現する魔術師。

 それが『詠う魔術師』と彼女が呼ばれる所以である。

 

 もし仮にこの世界に『詠唱師』などと言う職業があれば彼女はピッタリとその枠に収まっただろう。

 でもそんなものはこの世界にはない。

 それでもソニアは楽しく魔術師として旅をしていた。

 

***


 ここはクトール国内でも北の地域にある、テットの森。

 近くにある村、テット村に準えて付けられた名だ。

 

 テット村はオレンジ色の三角屋根が特徴の家が多い村である。

 三角屋根が多いこの村は機知に富んだ魔物である魔獣の襲撃が比較的少ない。

 それは三角屋根に聖なる力が宿っているからだと言われている。


 その森の中。ソニアは道端に座りこんでいた。

 

「あ〜お腹空いたなぁ〜」

 ソニアが途方に暮れていた理由はそれである。


 持って来ていた食べ物は干し芋と固いパンだけ。それも今日の昼で食べ終わった。


「はぁぁ〜お腹が〜」

 ぐるるるると獣が唸り声を上げるように腹が鳴る。

 ソニアはしょんぼりとしながらキョロキョロと周りを見渡した。

(何か食べ物……と。)


 やっぱり森の中で取ってすぐに食べられるものと言えば、種実や果実だろうか。

 

(今から探すのか〜。はぁ)

 ため息をつきながらソニアは空を見上げた。

 沈みかけている太陽が通り過ぎてきた天井の空には儚げな星たちが瞬いている。

 

(あぁ……お腹空いた)

 そのまま視線を周辺の木々に移すと何やらガサガサと音がしてそこの草むらが不自然に揺れている。

 

(何かいる!)

 背負っていた三冊の魔術書が詰め込まれたリュックを下ろし、そこに括り付けていた祖父(じじい)の遺品である古めかしい流木の杖を手に取り身構えた。


「ぷはぁ。はっ、やめて!僕何もしないから!」


 草むらから飛び出してきた少年が、ソニアの前に両手の平を突き出して慌てている。

 ソニアはしばらく杖を構えていたが、彼は明らかに無害そうだったので杖を下ろした。

 すると少年はホッとして地べたにしゃがみ込んだ。


「はぁあ。びっくりしたぁ。……その杖……お姉ちゃん、魔術師なの?」


(この杖はただの遺品でしかないのだけど、そんな事は彼には関係ないわね)

 そう思いながらソニアは頷き、名乗った。


「……私は……ソニア。……まぁそう魔術師よ。君は?こんなところで何してたの?」

「僕はコリン。おつかいで隣ん家まで届け物した帰りだよ」

 

 隣の家と言ってもだいぶ距離がありそうだ。

 ここは森の中だし、この森を挟んだ隣という事かも知れない。


「この森を一人で?この森は魔獣は少ないかもしれないけど魔物が出ない訳ではないでしょう?もし遭遇していたらどうしていたの?」

「大丈夫だよ。コレを持ってるから。コレを使ったらすぐに逃げるつもりだったからさ」

 

 コレ――魔導具の『爆風玉』。風属性の魔術『爆風』を封じ込めた球状の魔石に魔術式を記述した紙を巻いた魔道具。対象物に投げ付けるとその名の通り爆風が吹き荒れる。

 これを使って魔物にスキが出来たタイミングで逃げる算段だったのだろう。


(まさかこんなところで幼馴染が作った魔導具に出会うなんて、思いもしなかったわね)

 その魔導具は故郷のエルアリア王国でソニアの幼馴染であるジーン・チャイルズが開発し、販売しているものだ。

 

 彼女は、元々魔導具コレクターだったが、魔導具好きが高じて現在では作る側になっていた。


(帰ったらジーンに報告しなきゃ。使用年齢制限はしなくて大丈夫なのかって。あ、今はジーンの事は置いておいて……)


「とりあえずさ、君一人だと心配だから。村まで一緒に行くよ?」

 ソニアがそう言えば、パァっと彼は明るい笑顔を向けてくる。

「ありがとう!大丈夫とは言ったけど、実はちょっと不安だったんだ!」


(うっ、純粋な笑顔が眩しい!)

 その笑顔に、ソニアは俗世に塗れた汚らしい自分の心が浄化される気分になる。

 コリンの容姿はそれなりに整っていたので、その笑顔の効果は絶大で、ソニアは目潰しをくらったかのような痛みを目に感じていた。

 

 考えてみれば彼にとったら『爆風玉』を使うべき危険人物は自分だったかも知れないと自分の心と小汚い身なりからそう思ったソニアであった。


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