5章 遊園地(3)
「では並んでくださーい。皆さんもうちょっと真ん中に寄ってー……」
スタッフがカメラを構え、俺らの前に立つ。下らない押し問答してても時間がもったいないし、ここはさっさと済まそう。適当に奈々城の隣にでも並ぶ。
「ではハイ、チー……男の人、もう少し笑って、笑って」
ダメ出しされてしまった。さすがに仏頂面で写るのはやめた方がいいか。写真を取られるのなんて数年ぶりなのですっかり忘れていた。
こ、こうか……?
「よーし、いい顔ですね。ハイチーズ!」
スタッフは二枚ほど撮ると奈々城にカメラを返し、持ち場に戻っていった。奈々城は早速、撮った写真を確認している。
「祈、見せて見せて!」
「わたくしも見たいですわ」
「はいはい、ちょっとくらい待ちなさい。ほら、しっかり撮れてるわよ。あのスタッフ、いい腕してるわね」
「おー、ほんとだー」
女子3人が写真を見てきゃぴきゃぴ騒ぐ。何が面白いのか分からないが、とりあえず3人が落ち着くまで入場できそうにないことがわかった。まだ優待券渡してねえしな。
「遠藤も見ますの? って言うか見なさいな」
「ん? ああ、まあ、うん」
手渡され、反射的に受け取ってしまう。別に見なくてもいいんだが、一応見とくか。
小さい液晶の中には、釘山遊園地の看板と、それぞれのポーズを決めながら笑っている女子3人と、直立しながら笑顔を見せている、俺。
……笑顔? 俺が?
自分の笑顔を見るのなんていつ以来だろうか。受験の合格発表の時にも「まあ、落ちなくてよかったか」程度の感想で済ませた俺だ。鏡の前でも、写真の中でも俺は久しく笑っていないし、ましてやこいつらの前で笑ったことなど一度もない。
「笑顔か……」
つい呟いた独り言に、セレナが反応する。
「? 何を言って――あ、本当ですわね。笑ってますわ」
「なになに? エンドーくんが笑ってるって? いつもの仏頂面じゃーん」
「写真の話よ、可奈」
「あっ、確かにー! エンドーくんが笑ってる! めずらしー! 明日は雹でも降るんじゃないかな!」
俺としては今すぐ降ってもらって帰って寝たいところだ。くっ、約束さえなければ。
「いい顔してるじゃありませんの。普段からこんな表情してればいいですのに」
「ね? ね? この写真だったらちょっとイケメンに見えるでしょ? あたしの評価間違ってないでしょー?」
「しねーよ。そして知らねーよ。俺がイケメンなわけあるか」
笑える材料などないのに普段からあんな表情していたら疲れるだけである。今回はスタッフに言われたから笑顔を返しただけだ。だから俺は確信する。次に他人に笑顔を見せるのは遠い未来のことになるだろう。間違いない。
「もう、写真のことばっかり話してないで、そろそろ行くわよ」
「そだねー。あっ、明後日には現像して皆に配るよー! あたしに忘れないでねって言うの忘れないでねー」
「覚えときなさいな、それくらい。……それで遠藤。例の物はちゃんと持ってきたんですの?」
「問題ない、ここにある」
優待券を手に持って見せる。自分の入園料がタダになる紙切れを忘れるわけがないだろう。ただでさえ現金は(緊急用に隠してある数千円以外は)昼食代しか持ってきてないというのに。
「それなら大丈夫だね、モーマンタイだね! さあー皆さんレッツゴー! ぶーん!」
「気が早いですわよ、待ちなさいな!」
真田が手を広げながら入園ゲートに向かって走り出し、それをセレナが追いかける。この優待券がなけりゃ意味ねえってのに、なにやってんだか。
そう思う気持ちは奈々城も同じだったようで、軽く眉間を抑えていた。
「……まあいいわ、行きましょう」
「おう」
俺が一歩踏み出すと同時に奈々城も歩き出す。
「あ、そうそう。遠藤君」
「なんだ?」
「貴方も結構、似合ってるわよ? 及第点、といったところかしら」
「……は?」
「言葉通りの意味よ」
奈々城はにこやかに言い放ち、待ちなさーい、と言いながら前の2人を追っかける。
……まあ、なんだ。
言われて悪い気は、しないもんだな。




