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5章 遊園地(1)

 六月三十日、日曜日。朝の九時過ぎ。天気は快晴、湿度は低く、珍しく涼しい。

 谷風と日差しを同時に浴びながら俺はひとり、釘山遊園地の前で佇んでいた。


 あのアイドルのライブから五日。待ち合わせの時間は木曜の夜に奈々城からメールで送られてきた。人生で初めて両親とケータイ会社以外から来たメールである。おかげで「了解した」という四文字を返信するだけでも手間取ってしまった。そんなにメールする機会はないかもしれんが、入力に慣れておこうと誓う。


 その待ち合わせ時間は九時半だ。まだ姿が見えないから奈々城たちは向かっている途中なのだろう。ボーッとしていても仕方がないので、近くにあった「釘山の由来」が書かれたパネルでも見ながら暇を潰す。


 ちょうど読み終えた頃、人混みに紛れて騒がしい足音が聞こえてきた。

 足音だけで誰だか分かってしまった。俺も成長したものだ。……嫌な成長の仕方である。


「だ~れ、だっ!」

「真田」


 後ろを取られる前に体ごと振り向いて真田と顔を合わせる。両手を上に掲げて固まった体勢の真田は不満そうに頬を膨らませていた。


「えー、エンドーくん、後ろくらい取らせてくれたっていーじゃん! 定番の目隠しくらいさせてくれたっていーじゃん! 先に動くのは反則だよ、反則!」

「どんなルールに違反してるのか知らんが、後ろ取りたきゃ足音を消せ」

「それは出来ないね! だってうるさい足音はあたしのアイデンティティーだもん!」

「もっとマシなアイデンティティーはねえのか」

「ない!」


 小さい胸を張って断言までする、その潔い姿勢は格好よくさえ見える。完全に錯覚である。

 やっぱアホだ、コイツ。


「そんなことよりエンドーくん! どう?」

「なにが」

「いやほら。この場で言うことなんて一つしかないじゃん! ね? ね?」

「? ……ああ、しっかり持ってきたぞ。優待券」

「そーゆーことじゃなくて! ねえ、ほんとに分かんないの? そんなんだったら女の子に嫌われちゃうよ? あたしはどうでもいいんだけどさ」

「分からん。言わなくていい。どうでもいい」

「エンドーくんがそれじゃあダメじゃん! あたしが言ってるのは服装! この服似合ってる? って聞いてるのー!」


 服装? 何故俺に聞くのだろう。俺より自分の親にでも聞いた方がいい回答を得られそうなものだが。

 とはいえ聞かれたからには一応答えておこう。真田の服装は青色を主としたシャツ、デニムのホットパンツ、そしてサンダル。もともと小さい体格と相まって歳相応の美少女に見える。

 外見だけなら。


「似合ってるな、多分」

「リアクション薄い! もっとないのなんか」

「ない」

「えー……まあいいけどさ。あたしは服とかあんまり気にしないし。祈やセレナちゃんにはちゃんと言ってあげてね?」


 不満さを前面に出して真田はつぶやきを漏らす。そもそも俺に聞くのが間違っているのだ。俺よりはもっと適した人物がいる。例えば。


「元気なのはいいことだけれど、一人で先行かないで頂戴……」

 真田の後ろから顔を出した、奈々城とか。


「わぁお、祈じゃん。脅かさないでよー」

「そんなつもりはないのだけれど……。あら、遠藤君おはよう。今日は来てくれてありがとね」

「約束は約束だ。礼を言われる筋合いはない」

「こういうのは素直に受けとるものよ?」

「祈の言う通り! 祈が言うことじゃないと思うけどね」

「可奈の褒め方は褒められてるように感じないからよ……」

「ひーどーいー、褒めたいから褒めただけなのにぃー」

「……まあ、いつもありがとね、可奈。という訳だから遠藤君も素直になってね?」


 俺以上に素直な奴もなかなかいないと思うが……善処しよう。やるかどうかはまた別である。


「それにしてもエンドーくん早いねー。もっと時間ギリギリに来る人だと思ってたよ。もしかして楽しみにしてた?」

「ただ早起きしただけだ。ところでお前ら二人だけか? セレナも来るんだろ」

「わたくしならここにいますわよ。遠藤って意外と盲目ですのね」

「んだと」


 罵倒が飛んできた方に目を向けると、そこにはセレナがいた。金髪はもっと目立つものだと思ってたが、人混みに紛れるとあまり変わらないんだな。


「セレナちゃん家ってすごいんだよ! あたしリムジンなんて初めて乗っちゃった!」

「は? リムジン?」

「駅からそこの駐車場まで送って貰ったのよ。ホントはバスで来る予定だったのだけれど、セレナさんが乗ってけって言うから」

「シオリさんに運転してもらった! かっこ良く運転できる女の人って憧れるよねー。……あ、シオリさんってのはセレナちゃん家のメイドさんのことだよ」

 それは知ってる。


「遠藤のことを仲間外れにしたわけじゃないですわよ? 偶然祈たちを見かけたから乗せただけであって、ただそれだけですわ」

「別に仲間外れでもいいが」


 悔しくも羨ましくも悲しくもないが、リムジンと言えば胴体がやたら長いあの車か? 乗る乗らない以前に生で見たことがない。そういや伊沼がなんか言ってたが、ホントに金持ちなんだな、セレスティア家。

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