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4章 伊沼義彦(2)

 中途半端なやる気を出しながら、十対十の局面を迎えた。本来ならジュースで二点差がつくまで続けられるのだが、授業ということで先に十一点取った方の勝ちにするらしい。

 ここまでくると体が温まり、少しばかり速い球でも割と対応できるようになってきたが、それは相手も同じである。どれだけ打っても点を取れず取られず、つまり膠着状態であった。

 終われ終われと念じながら打っても打ち返される。もどかしい。

 どうすればこれ以上手を抜かずに終わらせられるだろうか。気合入れるのも面倒……

 と、ここで気付いた。


 もしかして、ここで本気出したほうが、早く終わるのではないだろうか。


 今まで気づかなかった自分がアホらしい。反吐さえ出る。だがまあ、やるしか無い。

 決意を固めた瞬間。タイミングよく――本当にベストなタイミングで、向かって来た球が、ネットの少し手前で跳ね、高めに飛ぶ。

 すかさずそれを迎撃しようと、いや、違う。もっと右だ。半歩だけ体を動かす。


 上半身をひねり、右手を退げる。そしてボールが今、最高点に達しようとしている。

 右足にかけていた重心を左足へ。そして左足で踏み込みながら、俺は渾身の力でラケットを球に叩きつけた。


 勢い良く飛んで行く。最高の打球だ。だがやりすぎた。コントロールが効いていない。このままでは相手コートをオーバーする。小田原もそう読んだのだろう。ボールに触らないよう、バックスイングの途中で動きを止めていた。

 ボールは相手コートの、台の角に当たってほんの少しだけ上に跳ね、小田原の目の前を通りすぎた。


 静寂が訪れる。角? ……今のはどういう判定なんだ?

 疑問に思う俺の横から、審判の声が響き渡った。


「イレブン・テン。ゲーム トゥ、 えーと、遠藤」


 俺の名前を忘れかけてたらしい審判が俺に近い方の手を、グーにして上に上げる。どうやら俺の勝ちのようだ。くやしがる小田原を見ながらとりあえずお疲れ様でした、と形だけ頭を下げて、元居た場所まで戻る。


 ……あー疲れた! 蒸し暑いし体育着は汗でグチャグチャだし、何かもう凄まじく眠い。

 授業終了までまだ三十分以上ある。普通なら誰かのプレーを見学して残りの時間を過ごすのだろうが、見たくもないし見る必要もない。先生は試合中の生徒に集中しているし、少しばかり休んだところで文句は言われないだろう。言われたらその時はその時だ。

 俺は近くの壁に体を預け、ゆっくりと瞼を閉じた。ふああ、眠い……



 ……

 …………

 ………………



「ねえ、わたしの上履き知らない?」

「え? 知らない。ほんとに無いの?」

 ぼくは彼女の下駄箱を確認する。確かに何もない。彼女は周りの友人や知らない人にまで上履きの行方を聞いているけど、誰も分からないようだ。

 ぼくも周辺を歩き回って探す。アレはただのパンの袋。アレはただの落ち葉。アレはただの小さくなった鉛筆。ずいぶんと床が汚い。昇降口前の掃除当番はだいぶさぼり気味のようだ。


 下駄箱の上かな? と思ってよじ登ってもホコリしかなかった。彼女を見てもまだ上履きは見つかってないようだし、どこにあるんだろう?

 途方に暮れていると、どこからかクスクスと笑い声が聞こえた。

 声の出どころを見る。三人の女の子が柱の陰から彼女の方を見て変な笑顔を浮かべていた。

 これはもしかして、もしかするのだろうか。下駄箱から降りてその女の子たちに近づく。


「ねえ、上履き隠したのって、君ら?」

 問いかけるともの凄くビックリしたようで、ヒエッ、という悲鳴とともに下がりかけたけど、一番背の高い子がぼくの目を見て話し始めた。

「はあ? あたしたちじゃないし。証拠はあるの? 証拠は」

「特にないけど……」

「証拠もなしにあたしたちを疑うの? サイテー」

「ひっどーい、謝ってよ」

 三人とも口々にぼくを非難する。まあ証拠もなしに疑ったぼくが悪い。


 だからぼくは言ってやった。

「いやだ」

「「「は?」」」

「だって君らがやったんでしょ。分かるもん」

「だから証拠は!?」

「証拠はないけど、でも分かるよ。君らの態度を見てたらさ」

「はあ? 意味分かんない」


「嘘つくのは止めなよ。謝れば許してくれるよ」

「あたしたちが謝る必要ないし」

「何でそんなことするの? そんなことして楽しいの? みんなと仲良くしてさ、ゲームしたり、アニメ見たり、マンガ読んだっていいじゃん! 仲良くしようよ!」

「うっ、うるさい! 変なコト言わないでよあたしは知らないって言ってるでしょ!」

「もうどいてよ! そういうの、うざい」

「うわっ」


 一番大柄な子に突き飛ばされ、尻餅をつく。その間に三人とも逃げるように去って行った。

「いたたた……」

「あっ、たかしくん、大丈夫?」

 倒れてるぼくを見つけて、彼女は駆け寄ってくれた。ちょっと腰が痛いけど大したことないや。


「うん……大丈夫だよ。上履きは見つかったの?」

「うっ……うん」

 頷いたけど、元気が無い。その理由は後ろからやってきた友達が答えてくれた。

「すぐそこのさ、燃えるゴミ箱に入ってた。酷いことするやつもいるもんだな」

「そっか……。ねえ、さっきの人たち、誰だか分かる?」

「たかしくんを突き飛ばした人? 私と同じクラスの子だよ」

「分かった。ちょっと話に行ってくる」

「え? たかしくん、危ないよ。あっちは三人だし、やめたほうがいいよ」

「大丈夫! ぼくに任せて!」

 友達に呼び止められたけど、ぼくは気にせず走りだした。


「だって話せば、分かり合えるはずだもん!」



 ………………

 …………

 ……

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