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4章 伊沼義彦(1)

「マジめんどいわー。別にこんなんしなくてよくね?」

「だよなー、あちーし購買でアイス買いたい。すげー買いたい」

「だったらさー負けた奴がアイス奢りってことにしね?」

「それいーわ。そうすっぺ。おーっしゃやる気湧いてきたァ――!」

「ちょっ、おまマジ食い意地張りすぎ! 自重しとけって!」


 このうるさくて元々無いやる気をさらに減退させるような声は、俺のものではない。偶然隣にいたクラスメイト二人の声である。あまりにも耳障りなので意識して聞かないようにして、俺は虚ろな目で顔を前に向けた。

 火曜日の四時間目。一年三組は毎週この時間に体育がある。今日は湿度がそれなりに高く、個人的にはプールで汗を流したい気分なのだが、佐倉坂高校のプール開きは七月からという決まりがあるそうで、ぎりぎり今週まで水泳じゃない体育だった。だるい。


 では何をしているのかというと卓球である。クラス内で卓球大会をするのだそうだ。小中学校の時にはバスケなりバレーなりで対抗戦をやったのは覚えてるが、卓球でやるのは初めてだ。常に除け者にされていたのは言うまでもない。

 大会とは言っても一時間だけだし器具の数には限りがあるので、出席番号の奇数と偶数でチームを分けて一人一ゲームの対抗戦だ。出席番号が九番の俺はもう出番が近い。早めに終わるのはいいことだが、残りの時間が暇になってしまう。まあ寝てればいいか。自己解決。


 それにしても、スポーツで戦わせようとするだなんて愚の骨頂だ。どうしてもセンス、経験、体格によって差がでてしまう。スポーツは争いの手段ではなく、健康維持の手段であるべきだ。争いたい奴は勝手に争っていればいい。どうしても争わせたいなら入試の項目に体育も入れて無理やりやらせたらどうだろう。そうすれば、少なくとも俺は不満を出さない。どちらにせよだるいが。

 しかしこうグチグチ言ったところでやらなければいけないのだ。授業だから。これで成績が決まるのだから。……やはり手段と目的が逆転している。これでいいのか日本の教育。


 まあ、普段からだるい面倒やりたくないとほざいている俺であるが、今日は少しばかりやる気がある。なぜなら、本日は市の職員会議にて午前授業であり、四時間目が終わったらすぐに帰っていいと言われている。そして図書館も休館日。放課後は全く何の制約もない自由人なのだ。家で勉強するも、ゲームをするも、図書館で本を読むのも自由。おかげで微妙にテンションが高く、やる気に繋がっているわけである。俺にしては珍しい。

 だが、休館日の図書館にはどうやって入ればいいのだろう。前は偶然開いてて勝手に入り込んだのだが、今日は開いているという保証も、中で鈴本先生や奈々城達が居るという保証もない。それは開いてなかったときに考えればいいか。


「次! 遠藤と小田原!」

「はい」

 体育教師に呼ばれて立ち上がる。隣のうるさい奴と同時だった。対戦相手はコイツか。別に誰でも変わらんが。


 備品入れからラケットを取り、空いた卓球台の片端に向かう。相手の小田原だかいうやつも移動すると審判である卓球部のナントカからじゃんけんをするように指示され、相手の掛け声に合わせてじゃん、けん、ぽん。俺が勝ったのでボールを受け取り、構える。


 小田原は俺を鋭く睨んでいる。まるで俺が相手だからと言う理由だけではなく、個人的な恨みでもあるかのような目つきだ。恨みを買われるようなことなんてやった覚えがないのだが。そもそもクラスメイトと関わりを持った記憶が無い。でもどっかで見たような……? 気のせいだろうか?

 まあいい、先生に手抜きと見られない程度にプレーしよう。試合開始の笛の音を聞き届け、ボールを真上に軽く投げてサーブを打つ。

 ボールは俺のコートから相手のコートへ、さらにそこから懐に吸い込まれるように跳ねたあと、俺に向かって打ち返される。俺はそれをまた打ち返し、相手もまた打ち返す――俗にいうラリーが続く。……長引くのはやだな。かと言ってわざと負けるわけにはいかんし。とりあえずボールを返すことだけに集中する。


 それがいけなかった。上半身ばかりに意識がいっていたせいで足が引っかかり体勢が崩れ、緩いボールが前に飛ぶ。小田原はそれを見逃さずに強めのスマッシュを打ってきた。俺は対応できずにボールは左脇を抜けていく。

 小田原がガッツポーズを取ると、突然横から大きな声が聞こえた。恐らく小田原の友人が歓声を飛ばしているのだろう。ウェーイとか口笛がうるさい。その中には根暗ザマァとかいう罵声もあった。

 そんなのを気にしていたらキリがないので無視して、もう一度サーブを打つ。すると、小田原は慢心していたのか、初球から空振った。


「やっべ、ミスったミスった」

 彼が苦笑すると、途端に何してんだよーとかもっとちゃんとやれよ! という彼への叱咤激励や、他にも俺へのブーイングが……もういいやウザい。外野の音声はシャットアウト。


 サービス権が相手に移る。ミスったことで逆に気合が入ったらしく、右側に力強い球が飛んできた。追うのが面倒くさい球速だが対応できないほどではない。左足を軸に右へ身体を滑らせ、右手を振り上げる。打った球は相手のコートで跳ね、そのまま小田原の左側を抜けるかと思われたが彼も負けじと打ち返す。しかしその球は、俺の目の前でバウンドした。好機だ。

 強く打ち込む。打球は彼が伸ばした右手の更に右を通り抜けた。


「……チッ」

 露骨な不快感を表しやがる。不快に思うのは構わんが、俺までやる気がなくなるようなことはやめて欲しい。

 やっぱり面倒くせえ。小さくかぶりを振りながら、俺はその場で構え直した。


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