3章 セレナ・橘・セレスティア(9)
「奈々城だな」
「右に同じぃ!」
奈々城に二票が確定し、片方が立ち上がり、もう片方が肩を落とす。
「やったわ! 私の勝ちね」
「あぁーダメでしたか……」
「これで勝ち越しね。やっぱり私が差をつけるほうが先じゃない」
「たかが二回多く勝っただけでなんですの……次は負けませんわ……」
セレナはぐでーっと机に突っ伏し言葉を返す。威勢が良いのは内容だけであり、言葉自体に覇気がない。それほどまでにショックだったんだろうか。
「セレナちゃんのも美味しかったよ? でも祈の方が上手だったかな~。次はチャンスあるんじゃない?」
「そうですかー? ならまた頑張りますわ……」
「もーう元気ないんだからー。祈に負けるとすぐこうなるー」
「私はこれが見たくてやっているのだけれどね」
「いい趣味とはいえないねーそれ。あーそうそう、エンドーくんもセレナちゃんに何か言ってやってよ。講評ないの? 講評」
「は? 講評?」
さっさと食えるもん食って教室に帰って寝たいのだが、審査員という立場上、とりあえずは言っておかないとダメか。めんどくせえ。
とは言っても言うことなんて無いな。適当に済ませるか。
「二日しかなかったとはいえ頑張ったんじゃねえか。ハンバーグはすごく美味かった」
「ありがとうございますわ……。料理を始めてから二日ですし、そこそこ満足出来る結果かもしれないですわねー……」
俺の言葉でも相変わらず気の抜けたような返事しかしない。まあ俺ごときの言葉だから当然だろう。気が入ったのは、奈々城と真田の方だった。……ん?
「「二日?」」
声を揃えて聞き返してくる。セレナが答えた。
「そうですわよー。一昨日まで料理をしたことなんて、ありませんでしたわー」
「つまり、貴女は料理未経験の状態で私の勝負を受けたっていうの?」
「そうですわよー」
「そ、それじゃあ、セレナちゃんはこのハンバーグ弁当を二日で作ったってこと?」
「そうですわよー」
「誰かに教わったりした?」
「遠藤に全部教えてもらいましたわー」
「本当なの? 遠藤君」
「本当だ。だが全部じゃない。味付けはセレナのオリジナルだ」
間違った箇所を訂正する。昨日の夜の時点で原型は完成していたが、ここまで美味くはなかった。昨夜から今朝にかけて結構頑張ったのだろう。しかしそれがどうだというのだ? 何故二人が驚いているのか分からない。まあいいや。カレー美味え。
「可奈。ちょっとそのハンバーグ、貰っていいかしら」
「うん、いいよー。どうぞ」
真田が弁当箱を手に持ち、奈々城がそこから一口分切り取って食べる。
「ありがと。頂きます。……これは」
奈々城が目を見開く。そこまで驚くような出来ではなかったと思うのだが。
「セレナさん、もう一度訊くわね。貴女は、料理未経験の状態で、私の勝負を受けたっていうの?」
「さっきからそう言ってるじゃありませんのー。聞こえないのですかー?」
「言い方が気に障るけれど……。それはどうでもいいわね。この勝負、私の負けよ」
「そうですかーじゃあわたくしの勝ち……えっ?」
「えっ」
俺も声が出る。なにそれ。お前が勝負決めるの? じゃあ俺いらなくね? 元々社会にいらねえと言われれば反論できないしむしろ自ら賛成する立場ではあるが。
「なっ、なんですのそれ! 納得いく理由を説明してくださいまし!」
「簡単な理由よ。私は二日でこんな料理を作れなかった。ただそれだけ」
「祈は――わたくしは食べていないですけれど、しっかり美味しいカレーを作ったじゃありませんの!」
元気が戻ったセレナは奈々城の言うことに納得できず、声を荒らげる。
「違うよセレナちゃん。祈が言いたいのは今のことじゃなくて、料理を始めてからの期間のことだよ」
「……どういうことですの?」
真田に聞き返すセレナに対し、今度は奈々城がメガネを上げながら答える。
「私が料理を始めてから二日の間に、こんな美味しいハンバーグは作れなかった、ってことよ。けれど貴女にはそれが出来た。それなら私の負けじゃない」
「今でこそこんなに美味しいけどね、昔の祈が作った料理ははホント酷――むぐっ」
「そっ、そんな話はいいじゃない! わざわざ掘り起こすこともないわ! とにかく、この勝負は貴女の勝ち! いいわね!」
何かを喋りかけた真田の口を塞ぎ、全力で話題を逸らしにかかる。しかしセレナはその逸らした内容についてまだ納得していないようだった。
「期間の話だとしても、勝負の内容は今現在のことですわ。ならわたくしの負けじゃありませんの」
「セレナさんが経験者だったなら私もそうしていたけれど、まるっきり素人だったならそれを確認しなかった私の責任よ。だから貴女の勝ちでいいじゃない」
「その勝負内容で納得したのはわたくしですわ。ですから祈の勝ちでしょう!」
「私の負けよ!」
「いいえ、わたくしの負けですわ!」
そして新たに、どっちが負けたかについて口論が始まる。面白くもなんともないが、なかなかにシュールな光景だ。どっちが負けでも勝ちでもいいが、ポテトサラダが不味くなるような真似はやめて欲しい。
「それじゃーさー。引き分けってことで」
「「それは嫌」ですわ」
「あっ、そう……」
どうしても決着を付けたいようだ。だったら早く自分を勝ちにして終わらせればいいと思うのだが、見る限りそれも納得できんらしい。俺には訳がわからない。
「エンドーくーん。助けてー」
「断る。勝手に喧嘩でも何でもやってろ」
「そー言わずにさ。何かないの、何か」
「ない。じゃんけんでもさせとけ」
「じゃんけんー? ……それだー!」
うるせえ。飯くらい静かに食わせろ。
「何? どうしたの」「何か有りましたの?」
「決着がつかないときはさ、二人でじゃんけんすればいいんだよ! 祈だってよくやってるでしょ? じゃんけんで勝ち負けを決めよう!」
「確かにそうしてるわね。……じゃあ、やる?」
「もちろん受けて立ちますわよ。これでどっちが正しいか決めようじゃありませんの!」
「それなら、最初はグー!」「じゃんけん!」
「「ぽん!」」
「それじゃあセレナさん、遠藤君。また放課後」
「あたしは部活で行かないから、月曜日かな! またねー」
奈々城と真田が準備室を出て、扉を閉める。
料理対決もその後の昼食タイムも終わり、今この場には俺とセレナしかいない。セレナは後片付けを任されていて、俺はといえば食後の紅茶が熱すぎてぬるくなるのを待っている最中だった。割と五時間目まで時間がないが、まあ少しの間なら大丈夫だろう。
周辺の掃き掃除を終えたセレナが席につく。そして、大きく息を吐いた。
「……わたくし、勝ちましたわねー」
「そうだな」
「負けたあとに、まさか勝つとは思いませんでしたわ」
「そうか」
じゃんけんは奈々城が勝ち、料理対決はセレナの勝ち、ということになったらしい。よく見てなかったから細かいことは分からん。俺に分かるのは、熱い紅茶は美味いということだけだ。
「二人の勝ちってことで、結局祈が一勝多いままですわ」
「そうなのか」
「ええ。でも勝ちは勝ちですのよ。わたくし、料理対決には勝ったんですの」
「そうだな」
「……やったー勝ちましたわ! 祈に勝ったんですわ! やったー! あははははっ」
年甲斐もなく両手を上げてはしゃぐ。勝つとはしゃいで負けると気が抜ける。随分と難儀な性格である。俺には関係ないが。
紅茶を飲み干し、紙コップを机に置く。時間も時間だしそろそろ教室に戻るか。施錠はセレナに任せておこう。そもそも俺がやっていいのかすら聞いてないしな。図書委員ボランティア四日目で今更という感じはするが。
椅子の背に手をかけ、腰を浮かせて立ち上が――
「ありがとうございますわ! 貴方のおかげですのよ!」
「のわっ!?」
机越しにセレナが身を乗り出し、抱きついてくる。……なんだと!?
「おい離れろ! 俺を教室に帰らせろ!」
「えっ? ……あっ!」
セレナは今更気づいたという風に慌てて俺から離れる。そしてどこか赤い顔をキッと引き締めて、俺に人差し指を突きつけた。
「かっ、勘違いしないでくださいませ! これはただ喜びのあまり興奮しただけであって、決して他意などは
「知ってる」
あっ、そうですの……」
他人が俺に好意を持つことなどないし、あり得ない。俺のことはどうでもいいはずのセレナなら尚更だろう。違う意味に決まってる。勘違いなんかするはずがない。そもそも何と勘違いするというのか。まずそれが分からない。
「よし、帰る」
「あっ……その、遠藤!」
「なんだ」
さっさと出ようとしたところを呼び止められ、振り向く。
「約束、しっかり守りますわ!」
「わざわざ言うことじゃないだろ」
「それもそうですわね!」
「……?」
何が楽しいのか分からないが、彼女は笑っていた。笑顔になるような会話があっただろうか? ねーな。まだ勝った嬉しさを引きずってんのか。長い興奮状態である。
まあ約束は守ってくれるに越したことはない。いつか俺がなんか言えば、簡単なことならやってくれるのだろう。
面倒事でも押し付けようと心に決めつつ、俺はその場から去った。
そして、鐘が鳴った。……遅刻っ!?




