3章 セレナ・橘・セレスティア(8)
「レディ――――――スア――――――ンドジェ――――――ントルメェン! お待たせしました、やってまいりましたこの時間! 『奈々城祈とセレナ・橘・セレスティア どっちが料理上手でショー』! 実況はあたし、真田可奈と!」
「……」
「ノリ悪いよーエンドーくん。しっかり名前叫ばないと」
「うるさい」
「えー、いいじゃんこのくらいさー。扉閉めれば外には声聞こえないんだしー」
外には聞こえなくても、味審査員と言う括りで一纏めにされてしまったせいで、隣に座らされている俺の耳に丸聞こえである。だからこそうるさいし、図書準備室外の他人のことなんてどうでもいい。それとも俺が外に出ていけと暗に言っているのだろうか。それなら隠さずに直接言えばいいのに。応じるかどうかは別として。
「可奈には静かにしてもらうとして、揃ったのだし始めましょう」
「うるさくさせてよー。……って冗談はおいといて、どっちからやるの? 一緒に?」
「それだと味が混ざってまともな判定ができないでしょ。まあ、私はどっちでも構わないわよ」
「ならばわたくしからやらせてもらいますわ」
自信満々に三つの弁当箱を一つは真田に、一つは俺に、最後の一つは自分に配る。昨日と同じである楕円形の弁当箱。俺はその蓋を開けた。
「それじゃあご対面ー。……ハンバーグ弁当かな? 美味しそー」
同じく蓋を開けた真田が感嘆の声を漏らす。ラインナップは昨日と変わらない。少しばかり鮮やかさを強調する盛りつけ方になっているだろうか。その辺のセンスについては分からない。
しかしいくら見た目が良くても肝心なのは味だ。二日間で嫌というほど思い知った。昨晩教えたのでそこは大丈夫だろうが、万が一の時のために胃腸薬を持ってきている。使う機会が無いことを祈りながら、割り箸を割って手を付けた。
「さあどうですの?」
「美味しい! ハンバーグはタレと肉汁が程よく絡み合ってて、レタスやトマトの生野菜はみずみずしくてシャッキリしてる! ポテトサラダもまろやかな味してるしぃ、玉子焼きはふわふわしてて感触が気持ち良いねー。いいよーこれ。おかわりないの?」
「何であると思うんですの?」
「ちぇー、残念」
全然寂しくなさそうな顔で真田は言う。分かってて言っただろ、今。
セレナが感想を求めるように俺を見てきたが、特に喋らずに食い続ける。大体は真田と同意見だ。同じなら喋る必要もあるまい。強いて言うことがあるなら、二日で随分と成長したことについての驚きだけだ。ハンバーグに関してだけ言えば俺を超えられている気がする。ただ冷めきっているのが難点か。それは弁当だし仕方がない。誰が作っても同じだろう。
さっさと全部食べてしまいたいところであるが、そうすると胃袋的に奈々城の弁当を食べれなくなるので半分ほど食べてから水で口直しをする。真田も同じことをしていたようだ。
「あー美味しかった。さあ次行ってみよー!」
「なかなか好評のようだけれど、私は負けないわよ。さあ二人とも、しっかり食べて頂戴」
奈々城が円筒形の弁当箱を差し出し、俺らはそれを受け取る。セレナのと同じくどうせ冷めた弁当だろうが、その自信がどれほどのモノなのか見させて貰――
「……熱くね? これ」
「そーだね。なんかむわ~って感じじゃなくて、むわっとしてる」
真田の例えはさっぱり分からんが、それは置いといて。
ただ熱が冷めかけているぬるさとは違う。明らかに熱さが俺の手に伝わっている。けど、何故だ? 既に昼休みで、どんなにギリギリ学校に間に合うように作っても四時間以上は経っているはずだ。こんなに温かいはずがない。
「まさか、さっきまで学校サボって弁当作ってたの!?」
「なら可奈に数学を教えてた私は何なのかしら」
「きっとあたしの頭がおかしかったんだよ。もしくは夢でも見てたんだよ。間違いないね」
「どれも違うわよ……。知らないの? ランチジャー」
「「なにそれ」」
真田とセレナが同時に聞き返す。声には出さなかったが、俺も知らない。初耳だ。
「簡単に言うとお弁当の保温容器よ。保温弁当箱って言ったほうが分かりやすいかしら? とにかく、これで温かいものは温かく、冷たいものは冷たいまま食べることが出来るのよ」
「なっ……なんですのそれ! 卑怯ですわ!」
理解したらしいセレナが不満をぶつける。この勝負のルールを最初に決めたのは奈々城だ。恐らく、その時からランチジャーを使う構想はあったのだろう。料理ではなく、容器で勝負する。それを卑怯だと言う言い分も、まあ分からなくはない。
だが、そのルールを了承したのもセレナだ。
「勝負のために全力を尽くすのは当然のことよ。それに、美味しいものの美味しさを保ったまま提供したいっていうのは間違ってるかしら?」
「それは……間違ってはいないですけれど……」
「こればかりは祈が正しいねー。まあ、大事なのは味だし、食べてみないと。ね?」
その通り。中身が良くなきゃ始まらない。いくら良い容器を用意したって中身がカスなら全部カスだ。人間だって外面は良くても性格が悪けりゃ非難される。それと同じだ。
少々キツイ上蓋を無理やりこじ開けると、漂ってきたのはツンと鼻につく、それでいてどこか懐かしい匂い。……カレーか。
「ワァオ! カリーアンドライス! イッツビューティフォー!」
「欧米人でもそんなリアクションしませんわよ。しかしカレーですの? なんか意外ですわね、もっと凝った料理をつくるのかと」
「カレーが冷めると水分が抜けて中途半端に固まっちゃうじゃない。アレを好きな人も居るのかもしれないけれど、私は嫌いなの。ランチジャーならその心配はないわ。それが採用理由よ」
「さては最初から計算済みですわね?」
「さあ、何のことかしら?」
目の前で二人の女子が口論しているようだが、それはどうでもいいのでスプーンで白米を掬い、ルーに付けて食べる。
「うまっ」
舌に走ったこの衝撃。つい正直な感想が漏れる。どう表現出来るのだろう。俺の数少ない語彙で説明するならば、母ちゃんのカレーよりもおふくろの味である、とでも言うべきか? 意識せずに手がカレーに伸びる。こんな経験は初めてだ。
「遠藤君は満足してくれたようね。可奈は?」
「水分が多くも少なくもなくてぇー、入ってる野菜は煮崩れしてないしぃー、辛さで味を誤魔化すとかそういうこともしてないし……特別なことはしてなさそうなんだよね。でも今まで食べたカレーで一番美味しいのかな。コクがあるっていうか……なんでだろ?」
小首を傾げる真田。それを見て奈々城が説明する。
「不思議に思うことはないわ。だってレシピに忠実に、正確に作ってるだけだもの」
「本当にそれだけですの?」
「これだけよ。考えてみなさい。レシピってのはね、先人が一生懸命試行錯誤した末に完成したものなのよ。それを遵守して作ったものが美味しくないわけないわ」
「言われてみればその通りですわね」
セレナは納得して、感心したように奈々城を見つめる。言っていることに間違いはなさそうだが、信じがたいものだ。奈々城が何を見てこれを作ったのか知らないが、俺が同じものを見て同じカレーを作れる自信がない。
「あー、なるほど。祈も成長したんだねー」
「……何を言ってるのか分からないわ。まあそれはいいとして、二人とも。結局どっちの料理が良かったのかしら?」
と、訊いてはいるが、その顔には訊くまでもないとでも言いたげな、まるで勝ち誇ったような笑みが浮かべられていた。セレナの方は両目をつぶり、両手を握って何かを祈っている。
一応、俺はセレナに票を投じることができる。セレナの方も俺に関わることで自分を有利にしようという思惑があったのかもしれない。仮にそうだったとしてもそんなのは全く以てどうでもよく微塵も有利にしてやろうという気なんて起こらないが。
俺は自分の舌が下した結論に従うだけだ。




