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3章 セレナ・橘・セレスティア(2)


 扉を開けると、そこは図書館だった。図書館の扉を開けたのだから当たり前である。


 やはり昨日より人は減っていた。昨日人がいた原因は、一昨日が休館だったからのようだ。その割には大した仕事をしなかった気がするが、鈴本先生が初日だからと配慮してくれた結果だろうか。そんなの気にしなくていいのに。

 カウンターを見ると奈々城が椅子に座っていた。どうやら人が来なくて暇ならしい。


「よお」

「図書館へようこそ。お探しの本はございますか?」

「人と関わらずに生活する百の方法ってないか?」

「あるわけないじゃない、そんなの」

 キツイ指摘をもらう。探そうとする素振りすら見せなかったが、まあ普通の反応である。興味本位で探してみたことはあるが実際になかったしな。似たようなタイトルの本はあったような気はするが。


「って、どうかしたの、顔が赤いわよ。病気?」

「ちげえ。大したことないから大丈夫だ」

「そう? 少しでも体調が悪いようなら早退していいのよ?」

「大丈夫だって言ってんだろ」


 あのパンの効果で病気に見えるほどなんだろうか。汗は引いたため自分では分からない。ちなみに、パンは完食して袋を牛乳パックと一緒にトイレ近くのゴミ箱に捨てた。

 もう二度と買わねえ。


「あーエンドーくんだ、おはよー」

「ん、ああ真田か。おす」

 本棚の陰から真田が現れ、本を数冊抱えたまま近寄ってくる。昨日に比べて足音も声量も小さめだ。それに加え、心なしか元気がなさそうである。


「あれ、どうしたのエンドーくん。あたしのことじっと見ちゃって。不倫はダメだよ? 祈が泣いちゃうよ?」

「なんでそうなるのよ」

 相変わらずの思考回路だった。元気が無いなんてことはなさそうだ、もし本当になかったのだとしてもどうせ宿題が多いとかそんな理由だろう。俺には関係ないことだ。


「なんでって言われても。あたしは見たままに言ってるだけだよ?」

「その見たままをどう曲解したらこうなるのかしら?」

「俺を見て言うなよ。知るか」

「えー、ふつーに見たまんまだよ。しりとりでリンゴの次にゴリラって続くくらいにふつー」


 唇を小さく尖らせて言う真田を観て確信する。他人のことなんて全く知らない俺でもこれだけは分かった。

 絶対に嘘だ。

「なーんで皆分かってくれないのかなあ、なんでなんだろう。誰か知ってる人いないのかな。……あーっ、セレナちゃんおはよー」


 突如として真田は俺の背後に視線を向け、身体を震わせる。右手を挙げたいようだが本を持っているためにできず、変なポーズになってしまっていた。

 ところでセレナとは誰だろう。視線を背後に向けると、そこには意外な人物がいた。


「おはようございます。まあ、今は昼ですけれど」

 オレンジジュースを片手に持った、購買にUターンした女だ。顔色に何ら異常がないところを見ると、どうやら辛さは治まったらしい。

「こんにちは、セレナさん。悪いのだけれど、図書館内は飲食厳禁よ」

「あら、失礼いたしました」

 そう言って彼女はジュースのパックを仕舞い、こちら側に寄ってくる。


「ん? 貴方は先程の……」

 俺に気付いたようだ。右手を小さく挙げ、無言で返答する。

「遠藤君と知り合いなの?」

「ええ、暴漢から助けていただきましたわ。言うなれば恩人ですわね」

「遠藤君が人助け?」


 まるで普段赤点ばかり取っている奴が満点を取った光景を見るような目で俺に視線を向ける。

 俺だって必要なら人助けくらいする。必要じゃなければ絶対にやらないと言う意味でもある。まあ今回の場合はただの彼女の勘違いだ。


「ちげーよ、偶然そんなカタチになっただけだ。意図して助けたわけじゃない」

「それなら納得ね。ちなみに何をしたの?」

「わたくしが購買に居たところしつこいナンパ野郎が絡んできて、そこを……遠藤でしたかしら? 彼が注意を引いてくれたので逃げることが出来ましたの」

「ああ、私も経験あるわね、そういう輩。断るのに相当苦労した覚えがあるわ。次にその機会があったらその時は遠藤君、よろしくね?」

「嫌だ」

 お断りである。


「まあそう答えるわよね」

「そんなこと言っててもエンドーくんなら血相変えて祈を助けてくれるって、大丈夫大丈夫」

「何で可奈が分かるのよ」

「女の勘。果物ナイフより鋭いからね、間違いないよ」

「私はそんな気がしないのだけれど」

 俺も奈々城と同感だ。流れでそうなることはあるかもしれないが、血相を変えるなんてことはまずない。もしあるとすれば、俺がトイレに急ぐときくらいなものだろう。下腹に響く腹痛は耐え難いものがあるからな、仕方ない。


「ところで、貴方は何でここにいるんですの?」

 俺を見ながら聞いてくる。居ちゃあ悪いか。

「俺は図書委員のボランティアだ」

「ボランティア? と言うことはわたくし達を手伝ってくれるんですの?」

「何でお前を手伝わなきゃ……って、まさか」

「わたくしも祈や可奈と同じく、図書委員ですのよ」


 合点がいった。奈々城と真田が親しそうに話しかけていたのも頷ける。全員が女だと思っていなかったが、これで三人いるらしい図書委員も揃ったわけだ。これだけ美少女が揃っていれば、彼女ら目当てにサボり委員らは来ても良さそうなものだが。現実は俺に楽をさせない方針のようである。


「自己紹介が遅れましたわ。わたくし、一年二組のセレナ・橘・セレスティアと申します。日本人とイギリス人のハーフですわ。以後お見知りおきを」

「俺は一年三組の遠藤孝だ」

「遠藤ですわね、覚えましたわ」

 手の平に文字を――恐らく俺の苗字を平仮名で――書いて、しっかりと頷く。


「わたくしのことは苗字では呼ばないでくださいませ。セレナか橘でお願いしますわ」

「セレナか。了解した」

 橘と呼ぶのはどことなく違和感が残るため、セレナと呼ぶことにする。日本人の面影があり、初見で外人だろうと断定できなかったのはハーフだからだろうか。


「前に祈が言ってた手伝いを募集するかも、というのは彼のことでしたのね」

「ええ。決めたのは一昨日だけれどね」

「どうして彼にしたんですの? 見た感じ、やる気がなさそうですけれど」

 うるせえ。


「遠藤君が暇そうだったのと、頼めばしっかりやってくれそうだったからよ。本好きでもあるようだしね」

「それなら納得ですわね。ボランティアの方々は他にいないんですの?」

「まだ探してる途中ね。可奈やセレナさんにも心当たりがあったら声をかけてほしいわ」

「分かりましたわ」

「はいはーい、りょうかーい」


 一人は伸びた声で、もう一人は気丈にそれぞれの受け答えで返す。遠藤君もね、とでも言いたげな目で奈々城は俺を見ていたが、言葉には出さなかった。俺に友達がいないのを知ってるので躊躇われたのだろう。それで正解だ。俺が募集したところでボランティアなんかに誰も来るはずないからな。


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