2章 真田可奈(6)
「ガラケーとは懐かしいね。お、何つけてんの? ストラップ? かわいー!」
「ウサギかしら? いい趣味してるじゃない」
「これは貰いもんだ、俺の趣味じゃない。それより登録するなら早くしろ。ほら」
「わわっ、急に投げないでよー!」
とは言いながらもしっかりと受け止め、真田は慣れた手つきで俺のと自らの携帯を操作する。
「次! 祈の番!」
「はいはい、ちょっと待っててね」
わずか一〇秒も経たないうちに操作を終え、奈々城に手渡した。
「終わったわ。どうぞ、遠藤君」
「おう」
奈々城から携帯を受け取る。試しにアドレス帳を開いてみると、そこには確かに「奈々城祈」「真田可奈」と載っていた。初めてだな、両親以外の名前が載るのは。
「これでエンドーくんといつでも電波を通じて繋がれるよ、やったね!」
「遠藤君、着信拒否って知ってる? 良ければ教えるわよ?」
「いらねえ。必要なら自分でやる」
「祈は前からだけどさ、エンドーくんも十分酷くない? まーいーや、帰るねー。祈も、エンドーくんもまた明日! ばいばーい」
「さよなら」
「おう。またな」
俺達に手を振りながら、真田は駆け足で部屋を出てそのまま消えた。良くも悪くも、裏表がない純粋そうな奴だ。素なのか、わざとかは知らないが。
真田は帰ったことだし、俺も帰っていいだろう。左腕のGショックを見ると、なんと六時近くであった。こんな時間まで学校に残るのは初めての経験である。少しばかり驚きを覚えながら、俺は奈々城に訊ねた。
「なあ、帰っていいか」
「ええ、いいわよ。私はもう一仕事終えてから帰ろうかしら。このままだと遠藤君に仕事してないって思われそうだしね」
安心しろ、別にどうとも思ってない。俺に害が及ばなければ、誰がサボろうと働こうと興味はない。自分の荷物を取ろうと、奈々城の隣を通る。
一迅の風が吹いた。
「遠藤君って」
「?」
足を止め、振り向く。奈々城はこちらを向いてはいなかった。
「遠藤君って、友達いないの?」
ド真ん中ストレートの質問である。さきほどオブラートに包めと言ったのはどこの誰だっただろうか。変化球で来ても困るため俺としては直球の方がありがたいが。
「いるわけない。見て分かるだろ」
「分からないわ、気付いたのはついさっきよ」
「さっき?」
「アドレス帳に登録すると番号が割り振られるじゃない。私は四番目だったわ。つまり、私が登録するまで貴方の両親と可奈しか登録されてなかったということ……じゃないかしら」
「そうだな。親以外を登録したのはお前らが初めてだ。当然だろ、俺なんだから」
「どうしてそう思うのよ。私とも可奈とも、普通に接していたじゃない」
「俺がお前と話していたのは、お前が俺に利益のある話を持ちかけたからだ。お前らと話してたのもその環境を壊さないためだ。それ以外の理由なんてない」
「じゃあ、私や可奈と話してて、つまらなかったの?」
「面白くもないしつまらなくもない。ただ他人の会話がそこにあっただけだ」
「……憎らしいほどに正直ね」
正直は美徳だ。馬鹿正直という言葉もあるが、馬鹿なら馬鹿で結構だ。他人が俺をどう評価したところで飯が不味くなるわけでもない。全く関係のないことだ。
「例え、私と友達になりましょうって言っても。貴方は拒否するのでしょうね」
「当たり前だ。友達なんていらん。今も昔も、これからも必要ない」
「どうしてそういうことを言えるの? 友達といれば楽しいことがあるかもしれないじゃない」
「そうだな。確かにその可能性はある」
だがな、と前置きして、続ける。
「同じく、面白くないことがある可能性も、面白くないことの方が多い可能性もある。マイナスの可能性があるのなら最初から人と関わらない。初めからプラスマイナスゼロで十分だ。なんの問題がある」
「本当に問題ないって思ってるの? 遠藤君は、寂しくないの?」
言葉が詰まる。俺がこの考えを持ったのは小学生のときだ。その質問は今更なのだ。寂しくなんてない。寂しくなんかない。寂しいはずがない。
仮に俺が寂しいと感じたら、期待しないと決意してきたこの数年間は、一体何だったというのだろう。
「……全然」
「そう。……そう答えるとは思っていたけれど」
奈々城はゆっくりと席に戻り、重力の赴くままに着席する。ずっと俺に顔を向けず、と言うより焦点が虚ろで、どこも見ていない様子だった。
やがて一息吸うと、顔を上げる。それは紛れも無く教室で見せたような、真田と一緒にいた時のような、満面の笑みだった。
だが何故だろう。無理している、と思ってしまったのは。
「じゃあね遠藤君。また明日」
「ああ。……明日な」
いつもの笑顔で、いつも通り手を振る。そんな、変わらない奈々城の挨拶を見たあと、俺は荷物を持って部屋を出た。後ろ手に扉を閉める。
図書準備室の扉は、俺と彼女を断絶するかのように、冷たく、固く閉ざされた。




