042
「お前らは、人を殺したこと、あるんだよな」
死生観を語ったことはないけれど。
ないのであれば、語ってやろう。
憂原と初古に、そんなことを聞いた。聞かなくてもいいようなことを。聞くべきではないかもしれないことを。聞きたくはないようなことを。
「ありますけど……」
「あるわよ」
憂原と初古は、予想通りの返事をした。
隠さず、臆さず、悪びれず。
分かっていた。
当然だ。
『繁栄派』の上位ランカーで、『戦闘班』。自分に相手の強さを上乗せする『英雄の剣』に、異形の怪物に変身する『魔物』。バリバリの直接戦闘タイプの異能使いで、殺人経験がないなんて、そんな話がある筈がない。
実際二人とも、俺と戦った際には『腐喰の王』がなければ死ぬような攻撃を繰り出して来ていたのだ。腕を食い千切られ、骨を砕かれ。頭を潰され、心臓を貫かれた。人の殺し方くらい、分かっていて、当然だ。どうすれば人が死ぬのかくらい、知っていて、当然だ。人を殺したことくらい、あって、当然だ。
「そうだろうとは思っていたけどよ。そりゃあ、そうなんだろうな。聞くべきじゃなかった」
「分かってたんでしょ?というかまあ、殺してないわけはないわよね。引く?」
「べつに……」
鴉が人を殺していようが今更どうとも思わないのだけれど、初古や憂原が、人間をその手で殺していると考えると。
引くとか、そういうわけではないのだけれど。
しかし。どうしても。気が沈む。
俺より若い、少女達が。若いからといって。女の子だからといって。道徳や倫理観も身につける前に行為に手を染めたのかもしれないが、今の初古は道徳も倫理観も持ち合わせている。それでなお現状があるということは、情状酌量の余地があるかと言ったらないと思う。そしてその幼少時代は同情の余地はあるが、免罪符にはならないと思う。憂原に関しては一般家庭に生まれ、普通の学生生活で虐げられ、鬱屈して生まれた負の感情を殺意に変換している気がするので、同情の余地はあるが断然罪深い。いじめの程度によっては、殺意も当然とは、思うけれど。
しかし、とはいえ、異能を手にして日の浅い俺なんかには到底想像できないような葛藤があって、苦悩して、紆余曲折を経て、今があるのだろう。
そうして人の死に、慣れてきたのだろう。
他人の死に――と、言うべきか。
「引いても構わないけどね。あんたは、こっちの世界の人間じゃないんだし。千切ちゃんと、平和に暮らしなさいよ」
「九里古里と暮らすつもりはねえが、必要以上に足を踏み込むつもりもねえよ。お前に言われなくともな」
「だけどね外喰」
ワントーン落として。
「あんたのやり方、甘いと思うわ。私も甘い方だけど、あんたは特に甘い。逆に敵を作るわよ。『繁栄派』のアジトに乗り込んでよくもまあ、あんた自身を含めて誰も死なせずに終わらせたわね。本当に凄いと思うし、その固い意思には感心するし、正直あんたの甘さに私個人としては感謝もしているけれど、危なくなるのはあんた自身なんだからね」
「分かった分かった」
俺が誰も殺さなかったのは、相手のためじゃない。
俺自身が気持ち悪いからである。ヒーロー気分で凱旋しても、殺人を犯したなんて寝覚めの悪い。一生引きずるだろう。
初古はもちろん、『繁栄派』の下っ端連中も、麻柄々も、仕宮さんも、鴉も、牙綺でさえも。勝てた相手だが。殺そうと思えばたぶん、殺せた相手だが。
とは言え憂原に関しては、俺の意思ではないにしろ、殺しかけたのだけれども。
「まあさ、今も聞くべきじゃなかったと思っているけど、聞かなかったことにして、俺はお前らとこれまで通り普通に接するよ」
「うん。そうね。ありがと。そうしてね」
気にしていても仕方がない。意味がない。『繁栄派』にいる以上、こいつらは人を殺すのだろう。それを俺が止めたところで、何の意味もないどころか、こいつらの居場所を奪う行為に他ならない。その点に関しては、干渉すべきでない。そっとしておくべきなのだ。住む世界が違うというやつだ。
あまり、暗い話ばかりしていても景気が上がらん。俺から始めた殺人談義ではあるが、早々に見切りを付けさせてもらうことにした。達人+10。
「まあ、それはともかくとしてさ。お前最近、どうなんだ?」
「どうって、慣れてきたわよ。私ってわりと、遅い方だったのね」
俺としてはもちろん鴉との恋仲の進捗状況を問いただしているのだけれど、初古は一体何に対しての答えを示してきているのだろうか。分からん。
遅い……って、何だ。初恋の話か。確かに、14歳で初めてというのは、遅い方だと思うけども。初恋の話だとして、じゃあ、慣れてきた……って、何だ。恋する感覚にか。何だそれは。『恋する感覚』という言葉のロマンチックさとは裏腹に、『慣れてきた』の無粋さたるや。恋は慣れちゃったら終わりだろ。
「千切ちゃんも去も環瑚玖も、小学生のうちに来たって言ってたわ。私は学校行ってないけど、それって12歳以下で始まってるってことだものね」
「ああ、うん。そうだな」
「やつりは?どうなの?もう生理始まってるの?」
「やめろ!」
俺は生理の話題が苦手なんだ!
エッチな話は大好きだけれど、破瓜による出血は興奮するけれど、生理とか経血とかなんか、生々しいじゃない。なんか、アレじゃない。ほら、あの、じゃん?
この辺が童貞臭いのだと、自覚はあるのだが。だがしかし、苦手なものは苦手だ。仕方がない。
「女の子の日のことは置いといてさ」
「女の子の日?何それ」
小首を傾げて初古が言う。
わざわざ遠回しな言い方(でもない)をしておいて、伝わらなかった時の徒労感と羞恥心といったらもう。
俺は観念した。
「その、あの……だから、生理のことだよ」
「女の子の日って、ひな祭りじゃないの?」
「確かにその解釈も全く間違っちゃあいないけども。しかしそれだとこの場合、女の子の日というか、女の子の股から血が出る日というか。血の3月3日になるな」
「でも、その日一日で終わるってことはないし、その、女の子の日っていう言い方は、何だか違和感を感じるわね」
「じゃあ女の子の日々にしろって?それは俺に言われたってどうしようもないし、いまいち共感すら持てねえよ。違和感を感じられたところで、そういう言い方があるのですからもうそういうのは、周囲に合わせてください初古さん」
「うーん……。分かった、そうする」
「ところで、ひな祭りの『ひ』を『ち』に置き換えると、途端に生理感が増すと思わないか?」
「私から振っておいてなんだけれど、ひな祭りをこうも下品に弄る奴は初めて見たわ」
「勘違いするな。俺は何もひな祭りを馬鹿にしているわけではない。もちろん女性の月経を馬鹿にしているつもりも一切ない。ただ、同時に話すべきではなかったと反省している」
同時に話すべきではなかった。離すべきだった。離して話すべきだった。
血生つり。血な祭り。血生祭。血生クリ。
やや軽蔑したような表情をこちらへと向ける初古に対して、咳払い一つ。俺は態度を改める。話を改める。
そもそも聞きたかった話題だ。
巷で噂の。血股で噂の。なんつって。なんでもない。
「俺が言っているどう、ってのは、お前の身体の調子じゃねえ。鴉とはどうなんだ?うまいことやってんのか?」
「ああ、なあに、そういうこと?あんたに心配されるようなことはないけど……」
「心配をしてるわけじゃない。ただの好奇心だ。そう構えるな」
「あっそ」
簡素な反応。特別不機嫌そうに言ったわけではない。ただのあっそ。ただあっそ。
「悪くはないと思うけど、どうなのかしらね。進展っていうと、ないのかも」
そうなのか。まあ、そんなもんか。そんなもんだろうな。
相変わらずの彼シャツで、初古は細い足を組み始めた。
「でも、ねえ、外喰?私の生理と枕との進展って、あながち離れた話題じゃないんじゃない?」
大胆な14歳の隣で、内気な15歳が吹き出した。
余口初古の隣に座る、憂原やつりが吹き出した。失笑だ。
これまでの話題に――というか言ってしまえば、最終的にこの話題にも乗っかっては来ないのだけれど、しっかりちゃっかり聞き耳だけは立てておいて、よりのもよってこのタイミングで吹き出したのだ。
なんだ。むっつりすけべめ。下ネタ大好きか。引くわー。
「だって、私の身体はもうあいつのこ――」
「分かった分かった。その話はまた今度にしよう」
「な、何でよ。男の意見も聞いてみたいのに。外喰はどう思うの?好きな子があんたの子――」
「落ち着け初古!」
これ以上子作りの話をするのはやめるんだ!
そんな意思を込めて、俺は初古の貧乳をわし掴んだ。
大丈夫。
貧乳ならさっきも揉んだ。
手が揉み慣れている。慣らしておいてよかった。今回ばかりは憂原に感謝すべきだな。
「痛いんだけど」
「ちょっと待って初古さんごめんなさい腕だけ変身するのはやめて僕の手を離してください!」
折れる折れる折れる折れる折れる。
電柱程度の太さの白い腕が、俺の両拳を掴んでいる。初古の細い肩から先が、異形の怪物へと変身している。このまま初古が拳を作れば、生身の俺の手など、いとも容易く粗挽き外喰100パーセントだろう。
必死で謝罪した。
「何で胸を触るのよ。というか掴むのよ」
「お前を落ち着かせようとしての行動だ」
「外喰さん?ここにもありますよ?外喰さんの好きなおっぱい」
初古の隣から怪談読み聞かせのトーンで何か聞こえてきて怖いので、聞こえなかった振りをした。
「俺はな、何もいやらしい気持ちでお前の胸を揉んだわけじゃあないんだよ。本当に、お前を落ち着かせようとしただけなんだ」
「意味が分からないわ」
「いや、だって、考えてもみろよ。会話の最中、突然胸を揉まれて違和感を感じない奴はいるか?」
「いないわね。不快感もセットだけどね」
「だろ?だからだよ。俺は、お前にあれ以上暴走した子作り話を続けさせないために、お前の胸を揉んだんだ」
「口で言えば分かるんだけど?」
「いいや、聞かないね。お前みたいなタイプはヒートアップすると鼓膜シャットだね」
「自覚がないでもない。だったら最悪、引っ叩けばいいじゃない。私の頬でも肩でも。バシッと」
「暴力はよくない」
「痴漢とどっちがよくないかしらね」
……暴力……なんじゃないか……?いやでもこれは性的暴力……?
しかし、そんなこと。
「グチグチ言うなよ『繁栄派』最強。小さいのは胸だけじゃないってか」
「殺すわよ」
「すみません」
「分かればいいのよ」
この聞き分けのよさたるや。
なんていい子なんだ。
「ところで初古。話は変わるんだけど、お前はなんで『繁栄派』最強を自称しているんだ?」
唐突か。
自分で振っておいて唐突なんだけれど。
馬鹿にしながら口に出しておいて、後から気になり始めた。最初の頃はクソ生意気なパワー系メスガキだったのでまあそんな戯言も口走るだろうと納得していたものの。いざ付き合ってみると意外と常識も良識もあるようだし、なんなら『繁栄派』のキチガイ共の中ではまともな方なのでは……というくらいだ。
にも関わらずクソ生意気なパワー系メスガキみたいなキャッチコピーで未だに活動しているところを見ると、何か訳でもあるのでは?知ったところでたぶん俺には何のメリットもないだろうけど、気になったのだ。
「まず、あの、自称って言うのやめて」
「だって自他共に認めてないだろ」
「認めてるわよ。一部の人は」
一部でいいのか。
「だいたいお前、ランキングでは鴉より上だけど鴉よか弱いだろ」
『繁栄派』内部ランキング。
これを全く鵜呑みにしているわけではないが、ちょっとばかし違和感がある。そもそもは戦闘能力順じゃなくて、『繁栄派』上層部からの評価の順番ということらしいので、俺の言い分もおかしいのかも知れないけど。
いや、だというのなら。上層部からの評価だというのであれば、中村が1位とか、初古の隣に座っている根暗が3位とか、ロリコンストーカーが5位とか、自由殺人鬼が9位とか、むしろますますおかしい気もするのだけれど。
まあ、それはいいや。
たぶん上層部も相当頭がおかしいんだろうし。
「失礼ね。私は枕には勝てるわよ」
「そうなん?」
本当か?
仮に模擬戦闘を行っていたとして、そして初古が勝っていたとして。それは鴉が手抜きをしているに違いない。
「枕の体にダメージは与えられないけどね。枕の体を遠くに投げ飛ばせば、私の勝ちよ」
たしかに。
鴉の動きは別段速くない。『魔物』の巨体とスピードなら、成人男性1人掴んで投げ飛ばすくらい、わけないわけだ。
殺すことはできなくとも、その場から排除はできるわけだし。勝ちは勝ちか。
野生のポケモンに使う『ほえる』みたいな。
納得だ。納得はしたが。
「なるほどな。俺はお前より断然鴉の方が戦いづらかったけど」
「枕は戦闘中にのん気にごちゃごちゃ言うからね。ペースを乱されたんでしょう」
「それもある」
すごいごちゃごちゃ言うあの人。すごい言ってくる。
自分は痛くないからって。ふざけてんのか。
「鴉より強いのは分かったけどさ、他の上位ランカーはお前より強かったよ」
「仕宮は遠距離攻撃があるからね。あんたは苦戦したんでしょうけど。私なら勝てるもん」
初古がどうやったら仕宮さんに勝てるのか、具体案は言わなかった。思いつかなかったのだろうか。
「私はね、すごいの。本当はね、超パワーなのよ。たまたまあんたの方がパワーで勝っちゃったから大したことないように感じているかもしれないけどね。本当はすごいの。すごいんだから」
「すごいって3回言ったな」
自分で自分のことを。
実際、あの巨体とパワーはすごいんだろうけど。異能を自分の意思で発現できなかった時は恐ろしかったものだけど。
それにしたって。
「憂原にだって勝てないだろう」
置物と化していた憂原がぴくりと反応した。
べつに呼んでないよ。名前出しただけ。
「うーん。まあ、やつりは。やつりには、ちょっと勝てないかもね」
それは仕方ない。みたいな表情の初古。
認めるんかい。おい、『繁栄派』最強。確固たる意思はないのか。
「やつりはあんたね、馬鹿にしてるかもしれないけど、本当にすごいんだから」
初古は『本当』と『すごい』以外の言葉を失ってしまったのか。
語彙が貧弱。『繁栄派』語彙最弱。
「あんたは異能が規格外だから勝てただけなんだからね。やつりと正面切ってやり合って無事な奴なんて普通はありえないのよ」
「無事じゃねえよ」
何回頭吹っ飛んだと思ってんだ。
「結果生きてるでしょ。それだけでもレアよレア。やつりはね、『繁栄派』の最終兵器みたいなものなのよ」
「そんなにすげえの?」
憂原を見ながらそう言った。
「え、ええ?照れますけどぉ……どうなんですかね。あたしが言い出したわけじゃないから……」
もじもじと気持ち悪い動きをしながら憂原が呟いた。
言われてみれば、この根暗女子高生は変にポジティブな面もあるが、基本的には自己評価は低い。鬱屈としたジメジメ女子だ。だのに、戦闘に関しては、はっきりと自信があるようなのだ。
俺と戦った時も、あたしには誰も勝てないんだからぁとかなんとか、言っていたような気がする。
「お前もメスガキなのか?」
「メスガキではないです」
だって。俺を煽るようなことを散々。
「俺の体を執拗に破壊しながら『ざぁこ♡』って言っていたじゃないか」
「言ってないですけど……」
憂原はもじもじしながら続けた。
「未成年女性をメスガキと定義するならあたしもメスガキかもしれませんけど、外喰さんが言ってるメスガキは概念的な話ですよね?高慢で煽り癖のある女児……ついでにツインテみたいな」
「ふむ。たしかにお前は女児ではないか。女子高生だもんな」
女子高生というと、もう大人の一歩手前みたいな感じするもんな。もう、子ども産めるね……。って感じするもんな。
女子中学生までなら、メスガキって言っても差し支えない気がする。イメージとしてはもっと幼い印象だが、これはあくまでボーダーラインの話だ。そもそも俺はガキに興味がない。つまり、メスガキで抜くにはメスガキのボーダーラインを引き上げなきゃならないってわけだ。……メスガキで抜かなきゃいいんじゃないか?
俺は天啓を受けた。
「私も14歳なんだけど?メスガキでも女児でもないでしょ」
初古が意味のない抗議をしてくる。メスガキの汚名を払拭したいようだ。そもそもメスガキを汚名と捉えている時点でメスガキ側の意見なのでは?いや、メスガキがメスガキという呼称を好いているか嫌っているか知らんけど。年齢を重ねるとほら、ガキ扱いされて喜ぶ層もいるから。近いほど嫌って、離れるほど好む……みたいな。そういう論です。
今度、覇嶺さんをメスガキ扱いしてみよう。大分無理があるな。気合い入れないと。
「うーん……中学生相当は範囲内かな。ギリメスガキって感じ」
「字面散らかり過ぎじゃない?メガバンギラスみたい」
「お前メガバンギラスだったの?」
「メガバンギラスじゃないわよ」
ギリメスガキ。メガバンギラス。似てるか?
「でもほら、お前は精神性がメスガキ寄りっていうか。分かるだろ?なあ、自分でもメスガってんなあって思うだろ?」
「思わないわよ。というかメスガるって何よ」
「すぐ調子に乗るし、煽ってくるし、そのくせ挫かれるのも早い。典型的なメスガキアピールじゃないか」
「アピールしてないし!挫かれてもないし!」
俺に負けて泣いちゃったじゃん。2回も。
2回戦って2回とも裸に剥いて泣かせたな。俺はひょっとして悪いことをしたのでは?いやいやまさか、1回目はこいつが襲ってきたんだし、命の危機だったし。そもそも服はこいつが自分の変身で破ったのだし。2回目はやむを得ない状況だったし、なんならその時もこいつから挑んできた。しかも負けるつもりで。じゃあもうビジネスショーじゃん。ビジネスメスガキじゃん。メスガキってプロレスラーなの?
しかしその観点でいうと、この暫定メスガキの隣に座っている小枝女も、パフォーマンスでいえば中々のものだった。
「憂原も俺を散々煽ったくせに負けそうになったら泣いてたな」
「いや、だって、殺されるというか……食べられるかと思ったから……」
『繁栄派』アジトでの戦闘の際、完全変態した俺は憂原をいたぶって戦闘不能に追いやった後に、たぶんおそらく、捕食しようとしていた。
まあそりゃ、恐怖も感じるだろう。
でもね?そうじゃあないんだよ。
強い異能、実績を持ち、自分の実力を理解したうえで。自分が強者であることを理解したうえでお前は俺を煽ってきたのだ。自分自身の勝利を微塵も疑うことなく、確信していたのだ。元来自分の容姿や性格、社会的地位、あらゆる日常的な人間性に自信を持たないであろうこの憂原やつりが、唯一誇れる異能の力ーー『繁栄派』上位ランカー序列第3位という明確な組織内での地位、他者からの有用な評価、圧倒的な強さを依り代として築いた、唯一にして至大なる自信。それがいざ戦闘において敗北した途端に泣き喚いて謝罪し、許しを請い、挙句の果てに母親に助けまで求めた。これほど良くできたわからせがあるだろうか。いいや、ない(反語)。
メスガキをメスガキたらしめる所以といいますか、要因として、わからせ甲斐というのも作用すると思う。ここまで美しいわからせを見せてくれた憂原に、年齢制限があるからといって問答無用でお引き取り願うというのは、少々酷だ。あまりにも事務的で冷徹過ぎる評価だ。とはいえ、参加前提条件である年齢制限的にはまあ、ギリギリアウトくらいだと思うので、参加賞……いや名誉賞を贈呈したいと思う。
「おめでとう、憂原」
「何……?何を祝われたんですか……?あたしは……」
「特別名誉賞だ。資格もないのに大健闘だったな」
「本当に何……?」
ありがとう。よろしくな。
と、脳内で礼を言ってからよくよく考えたが、先ほどの例は、屈強な中年男性でも通用するんじゃないか?
例えば元軍人で体は筋骨隆々、戦闘力も高いが、過去の大きな失態により逃げ出すように辞職。誹謗中傷により立場も家族も失い自信喪失。途方に暮れ酒浸りの日々を送るマックレー。彼の前に突如極秘エージェントを名乗る美女が現れる。
彼女は言った。「私と来てほしい。あなたの能力だけは本物よ」……マックレーは悩んだ。
この女、何者だ?俺の何を知っている?
しかし、マックレーには彼女に協力する理由もなければ、断る大きな理由も持ち合わせていない。
この世で誰一人として俺に期待していない。この女を除いて。
マックレーは半信半疑で協力を申し出た。聞いてみれば話は簡単。この国を……いや、世界を脅かす軍事作戦を阻止してほしいとのことだ。
そして、成功率は0.01%……なるほど、使い捨ての兵士が欲しかったのか。上等だ。マックレーは不思議とやる気に満ち溢れていた。期待されていない……そんな不名誉な事実がこうも体を軽くさせてくれるとは。
マックレーの能力は本物だ。失敗した彼を退役へ追い込んだ上層部もまた、彼の反逆を大きく恐れていたからこそなのだ。あらゆるしがらみから解放されたマックレーはおよそ現役当時以上のパフォーマンスを発揮した。立ちはだかる敵部隊をたった一人で蹴散らし、潜入、破壊、恐ろしい程の成果をあげた。
作戦も終盤。エージェントの美女は言った。
「ありがとう、マックレー。あなたのおかげでここまで来れた。……正直ね、最初は捨て駒の一人だと思っていたわ、ごめんなさい」
「気にするな。俺もそのつもりだった」
「……最終目標は惑星破壊砲の起爆。……マックレー、この任務は断ってもいいのよ。あなたが行かなくても、高機動AIソルジャーが数体用意できてる」
「おいおい、俺の評価はおもちゃ以下だってのか?……本拠地の最深部に辿り着いて確実に起爆しなくてはならないんだ。俺がこの目で見届けなきゃな」
「そしたらあなたも……」
「もともとこの世に価値のなかった男さ。気にするな」
マックレーは最終作戦において失敗した。
惑星破壊砲を守る護衛に敗れたのだ。いつものように奇襲を仕掛けようとしたが、返り討ちにあい、両足を失った。まさか、そんな、こんなところで。マックレーは恐怖していた。敗北に、ではない。目前の死、にでもない。失敗にだ。
自分に価値を生み出してくれた最終作戦。あと一歩、あと一歩のところだったのに。俺はまた駄目なのか。また失敗するのか。すまない、みんな、すまない。いや……まだだ。這ってでも破壊してやる。俺にはもう進むしかない。
マックレーの目に再び闘志が宿った時には、彼の両腕もなかった。
マックレーが呑気に絶望と奮起パートをしている間に、護衛兵は彼の両腕を切り落としていた。
終わった。今度こそどうしようもない。マックレーは再び絶望に落とされた。するとだんだんと、痛みが湧いてくる。痛みによって忘れていた生への執着が、死への恐怖が蘇る。
待ってくれ。俺にはやることがある。
やめてくれ。俺はもう何もできない。見逃してくれ。
すまなかった。無謀だった。浅はかだったんだ。許してくれ。
違うんだ。俺はあいつらに唆されてやっただけだ。結果どうなるかなんて知らなかった。
助けてくれ。助けてくれ。お願いだ。助けてくれ。
マックレーはエージェントを恨み、失った家族に助けを求めながら死んだ。
彼からの通信が途絶えたことにより即時投入された高機動AIソルジャーにより、作戦は完遂された。
エージェント達はマックレーのことを、誰も褒めたたえはしなかった。英雄譚など、そこにはなかった。
「外喰さん……難しい顔してますけど、どうしたんですか?機嫌悪い……?」
「こういう顔の時はたいしたこと考えてないから大丈夫よ」
これはただの中年男性の尊厳破壊だな。
メスガキわからせは尊厳破壊。高飛車お嬢様即堕ちも尊厳破壊だし、くっころ女騎士も尊厳破壊だ。屈強な成人男性無様敗北も尊厳破壊。
この世はありとあらゆる尊厳破壊の性癖で満ちているのだ。
俺は、ゆっくりと口開いた。
「尊厳ないし人権、権利や規則はもちろん、子ども、立場や体が弱い者。守られるべきものが破壊される様に人は興奮するというのなら、これらを守ろうとする建前を持った者達はもともとはマイノリティだったのでは?しかしそれらが大きな力を持った残虐なマジョリティを打ち倒し、今の平和が成り立っているのなら……空白の歴史を秘匿とする世界政府のやり方は間違っていないんじゃないか?」
初古が俺の顔をしばらく見つめた後、口開いたの10秒ほど経ってからだった。
「ほらね?」
「外喰さんキモイです」
うん。まあ。たしかに。
電車は止まった。




